ホーエイト山脈訪問②
「どうする?彼は首をはね飛ばされても死なないから寿命でも死なないとなるとさっきあなたが言った事を心配する必要は無いと思うけど」
自分の天秤で確かめた以上信じるしか無かったがスイリーシュもリファロが条件つきとはいえ不老という事実を知り動揺していた。
しかし竜と違いリファロと本気で衝突した事が無い自分たちの方が竜よりは優位なはずだと自分に言い聞かせながらスイリーシュはトリダルネを挑発し、一方のトリダルネは不老という強さとは方向性が違う切り札を隠し持っていたリファロにある確認をした。
「リファロ様は不死身なのですか?」
強力な攻撃ができるだけの相手なら不意打ちで一撃で殺せば勝機はあるとトリダルネは考えていた。
そしてこうした考えはリファロの死を望んでいた多くの者が持っていたが、同時にリファロが『回答者』という諜報方面では無敵と言える能力まで持っている以上、リファロに不意打ちなどできるはずが無いともトリダルネを含む多くの者が考えていた。
しかしリファロの耐久力が常人と変わらないならまだ希望は持てるとトリダルネを含む多くの竜は考えていたので、リファロが不老な上に不死身と一度に聞かされた竜たちの絶望はリファロや天使たちの想像以上だった。
そして『回答者』を使うまでもなく竜たちの落ち込み様を察したリファロはトリダルネにある提案をした。
「歳を取らない事は今すぐは証明できませんけど不死身の方なら今ここで実演できます。もしよかったら一回僕の事殺してみますか?もちろんこれで文句を言ったりはしません」
リファロも好き好んで痛い思いをしたくはなかったが攻撃以外の方法で竜たちを威圧できれば今後様々な面で楽になるはずだと考えてこの提案をし、リファロの提案を受け入れたトリダルネは一度確認をしてからリファロを右前脚で踏み潰した。
トリダルネが全力で振り下ろした前脚はリファロを周囲の地面ごと踏み潰し、轟音と共に地響きが起きた直後周囲には血の匂いが広がった。
前脚から伝わる感触からリファロが転移魔法で逃げるなどの小細工をしていない事を把握していたトリダルネは念のために原型を留めていなかったリファロを数度踏みにじり、これで生きていたらどうしようもないと考えながらトリダルネは前脚を動かした。
そして周囲の者全員が視線を向ける先ではリファロが身につけていた剣、腕輪、服を巻き込みながら血が動き始め、二秒とかからずに体を復元したリファロは微妙にずれた服を整えながらトリダルネに話しかけた。
「後、二、三回殺してもらってもいいんですけどあんまり天使のみなさんを待たせるのも悪いので今日はこれで終わりって事で」
こう言ってリファロが再び退がった後、スイリーシュはトリダルネに話しかけた。
「少し調子に乗り過ぎた。別に人間たちに謝る必要は無い」
元々スイリーシュに部下たちの時間を割いてまで竜たちがクララス王国に謝る場を用意するつもりなど無く、先程の発言は竜たちへの皮肉だったのだがこの結果リファロが隠していた能力の一つが明らかになりスイリーシュは慌てた。
四人の幹部を含む天使たちの一部が恐怖の表情を浮かべていたからで、リファロの手の内を知れた事は思わぬ成果だったがこれ以上この場を長引かせると自分はともかく部下たちが恥を晒しかねないと考えたスイリーシュは竜たちに賠償金代わりの二つの要求を伝えた。
「私たちからの要求は二つ。一つ目はホーエイト山脈の近くに二つの村を作る事。具体的な場所はここ」
こう言ったスイリーシュが視線を向けると天使の一人がホーエイト山脈周辺の地図をトリダルネに示し、村の建設予定地の一つがホーエイト山脈から近過ぎる事にトリダルネは難色を示した。
「山から離れた場所に村を作るぐらいは構わないがこの西側の村は山から近過ぎる。片方の村と同じぐらい離してくれ」
トリダルネが難色を示した村からホーエイト山脈までは人間の足でも日帰りができる程近く、いくら何でも足下を見過ぎだとトリダルネはスイリーシュに怒りの形相を向けたがスイリーシュの話はまだ終わっていなかった。
「この村に住む人間たちはホーエイト山脈で採掘を行う予定だからあまり遠くても困る」
「私たちが住む山で採掘だと!」
村の場所をホーエイト山脈から離すどころか宣戦布告としか思えない提案をまるで決定事項の様に伝えてきたスイリーシュに即座に襲い掛からなかった自分をトリダルネは褒めてやりたくなった。
そして何とか怒りを抑えたトリダルネの後ろでは他の竜たちが臨戦態勢に入ろうとしており、気持ちは分かるがリファロがいる状況で実力行使はまずいと考えたトリダルネは他の竜たちをなだめようと後ろを振り向いた。
しかしつい一瞬前までいたはずの竜たちは一体残らず姿を消しており、三十体以上の竜を一瞬で転移できる存在など一人しか知らなかったトリダルネはリファロに視線を向けた。
「仲間たちをどこに転移させた!」
口調を取り繕う事も忘れてトリダルネはリファロをにらみつけたが、トリダルネに殺意を向けられても動じる事無くリファロは『裏世界』に送り込んだ竜たちを全て呼び戻した。
他の竜たちが戻ってきた事に気づいたトリダルネの視線の先では全ての竜が上下の感覚を失った様に転び回っており、自分の問いかけにも反応しない部下たちを前にトリダルネは思わず声を荒げてしまった。
「おい!何をしている!何をされた!」
自分たちが元の場所に戻ってきた事にも気づかずにもがき続けている竜たちの影響で周囲には地響きが伝わり、慌てて地上を離れたマナリュースや天使たちは地響きの影響こそ受けなかった。
しかしリファロに高揚した表情を向けるマナリュースをよそに天使たちは三十体以上の竜を殺す事無く一瞬で無力化したリファロへの恐怖を深め、一分程経ち竜たちが落ち着いてからリファロはトリダルネに自分がした事を嘘を交えて説明した。
「みなさんを海まで転移させただけです。少し水を飲んだかも知れませんけど死にはしないと思います」
竜たちが溺れていた場所は『裏世界』に創られた海だったので元の世界に呼び戻された竜たちの体は全く濡れていなかった。
しかし突然足下の地面が消えて混乱し、空へと飛び上がろうと思ったら地面に転がっていたという他の竜たちの発言を受けてトリダルネはリファロの転移魔法の規模と発動の速さに言葉を失った。
そして予想していたとはいえあまりに見当違いな発言をしたトリダルネにリファロは自分の考えを伝えた。
「僕、ブノワームさんを殺してから今日まで竜は全員殺した方がいいって何度思ったか分かりません」
リファロは特に声を荒げたわけではなかったがこのリファロの発言を受けて竜たちはもちろん天使たちも静まり返り、ここで竜の一部が逆上したら穏便に済ませるつもりは無かったのでリファロは竜たちの反応に安堵しながら話を続けた。
「一体で街どころか国を軽く滅ぼす力を持ってて仲間が人間を襲ってても止めようとしない。こんな種族、控えめに言っても人間にとって有害以外の何物でもないですよね?……何か反論があるなら聞きますけど?」
こう言ってリファロが視線を向けてもトリダルネを始めとする竜たちは誰も口を開けず、リファロから視線を逸らす竜すらいる中、リファロは先程のトリダルネの発言に言及した。
「仲間が人間百人以上殺したっていうのに謝る気はあるかって聞かれて誇りがどうとか言い出した上に僕がいなくなったら黙ってないぞって脅し始める。……じゃあ、僕も脅しますけど、そっちがそういう態度ならクララス王国の人からギルドに竜の討伐依頼が入ったら僕断りませんよ?」
「……もしお前たちの条件を私たちがのまなかったらすぐに攻め込んでくるのか?」
完全に言葉を取り繕う気を無くしたらしいトリダルネの質問にむしろこの態度の方がやりやすいと考えながらリファロは答えた。
「いえ、今回の条件をあなたたちがのまなくても今すぐ何かするつもりはありませんし、僕の方からいつでも竜を討伐できるとクララス王国の人に売り込むつもりも無いです。ただ今回の条件をあなたたちがのまなかった場合、今後どんな理由でもホーエイト山脈の竜が人を殺したらホーエイト山脈の竜は僕が全員殺します」
「止めろ!」
ホーエイト山脈の竜を全員殺すというリファロの発言を受けて十体以上の竜がリファロに攻撃を仕掛けようとし、一族全滅の一歩を踏み出そうとした愚かな同族をトリダルネは炎を吐き出してまで止めてからリファロに質問をした。
「お前たちの条件をのんだ後で私たちの一族の竜が人間を殺したらどうなる?」
「その場合は人間を殺した竜だけ殺します。その竜が人間を襲うって知ってて止めなかった場合は止めなかった竜も殺しますけど。ああ、言うの忘れてました。さっきから人間を殺しちゃ駄目って言ってますけど、正確に言うと人間と天使、そして魔族を殺したら駄目です」
「天使もだと?もし天使が俺たちを襲ってきた無抵抗に殺されろと言うのか?」
ホーエイト山脈周辺で見かけない魔族などどうでもよかったが天使まで殺してはいけない対象に入っていると聞きトリダルネは不満を口にし、まるで自分たちが被害者と言わんばかりの態度のトリダルネに怒りを覚えながらリファロは口を開いた。
「用意してきた書類にちゃんと書いてありますけど襲われた場合は二回警告して下さい。それで攻撃を止めないような人は殺されてもしかたないと思いますし、……いないと思いますけど一回だけ攻撃して逃げる、なんて事を繰り返す人がいたら僕の方で捕まえてあなたたちに差し出しますから」
「……俺たちが約束を守ったかどうかは『回答者』とやらで確認するのか?」
「はい。僕があなたたちに不利な判断をしないか不安かも知れないですけど、こればっかりは、……信じて下さいとは言いません。諦めて下さい」
「……もう一つの条件は何だ?」
「おい!トリダルネ!」
「こいつらに屈するつもりか?」
トリダルネはブノワームの死後に急遽長に選ばれたのでまだ気安く話しかける竜も多く、自分の決定に不満を露わにした竜たちにトリダルネは力の無い声で返事を返した。
「ブノワーム様を殺せる力を持っていて、お前たち全員を一度に転移させられるこいつに子どもたちを巻き込んでまで逆らいたいと言うなら好きにしろ。……天使や人間たちなんてどうでもいい。俺たちはもちろん天使たちだって今後どうなるかはこいつの機嫌次第なんだぞ」
リファロに屈するのはしかたないが天使たちに屈したわけではないという意味を込めてトリダルネが天使たちに視線を向けると図星を指されたと感じた天使たちは眉をひそめた。
そして周囲に気まずい空気が漂う中、リファロに促されたスイリーシュはここまで話したのなら最後まで話せとリファロに不満を持ちながら二つ目の条件を竜たちに伝えた。
「週に一回、この山で採れた物をクララス王国のラディバインという街まで運んで。あなたたちなら片道二時間ぐらいで行けるはず」
自分たちを人間たちの荷物運びに使おうとするスイリーシュの発言を受けて一部の竜が我慢の限界を迎え、何度止めても愚かな行為を繰り返す同族たちを止める気力をトリダルネは既に失っていた。
そして五体の竜がリファロや天使たち目掛けて撃ち出した炎は強化された『転移』で攻撃した竜たちの顔へと転移させられた。
「……今の攻撃までは見逃します。次に誰かが攻撃する振りでもしたらその時点で交渉決裂って事で」
自らの攻撃で眼や顔を焼かれて悲鳴をあげる同族の姿を間近で見てなおリファロに敵意を向けられる竜はこの場におらず、リファロたちが帰った後で長の座を奪われるか殺される可能性すら考えながらトリダルネはリファロに話しかけた。
「お前たちの条件は全部のむ。それでいいだろう?」
「はい。クララス王国の人たちがここに引っ越してくるのは早くても半年後ぐらいになるのでそのつもりでいて下さい」
「……お前が死んだら全部ご破算だ。精々気をつけろ」
「はい。ありがとうございます」
トリダルネの皮肉を真顔で受け流した後、天使が竜に今回の交渉の内容が記載された書類や魔導通信機を渡すのを見届けてからリファロはマナリュースと共にニードベルへと転移した。
竜との交渉を終えてレウグ聖峰に帰ったスイリーシュは休む事無く自室に幹部四人を集めて交渉の途中から考えていた事を四人に伝えた。
「レオエフェールを開放する」
レオエフェールというのは地下牢に閉じ込められている天使の名前で、レオエフェールは天使の中に時折現れるある危険思想の持主だった。
「スイリーシュ様、何をお考えで!あいつは天使の面汚しですよ!」
スイリーシュの発言に最初に反応したのはフォルネーズで、他の三人も言い方はともかくフォルネーズの意見自体を否定する気は無かったがスイリーシュの意志は固かった。
「しゃくだけどあの竜の長の言っていた事は正しい。これから先この世界がどうなるかはあの人間次第」
現時点で規格外な上に他にどんな手札を隠し持っているか分からないリファロを警戒するスイリーシュの気持ちは理解できたが、今すぐ手を打とうとするのは過剰な反応ではないかとノルニックは考えた。
「リファロ殿は確かに強いです。しかし私たちから仕掛けない限り積極的に暴れるような性格ではないと思います。別に彼女を開放する必要は無いのでは?」
「甘い」
ノルニックの考えを即座に切り捨てたスイリーシュは自分の考えを理解できていない部下たちの前で話を続けた。
「確かにあの人間は無暗に暴れるような人間には見えなかった。だから数十年で死ぬなら適当に距離を保ってつき合っていればよかった。でもあの人間が不老だというなら話は別。あの人間を放置しておくとカリオルクァ以外の国で魔族が受け入れられるようになってしまう」
魔王の一族を含む魔王との戦争から二百年以上経った今、全ての天使が魔族に強い敵意を持っているわけではなかったので、ここまで言われてもノルニックたちはスイリーシュが何を警戒しているのか分からなかったが続くスイリーシュの説明でようやく危機感を抱いた。
「あの人間が善人なのが問題。あの人間が私たちより強い能力で人間たちのために動いて、魔族まで巻き込んで他の国にまで影響を与え始めたら人間たちの技術や生活の質は一気に上がるはず。そうなったらカリオルクァの人間が我慢できると思う?」
カリオルクァ神聖国は他の国と国交があるが天使の影響で魔族への忌避感が他の国より強く、今はよかったがリファロの影響を受けて他の国々で魔族の存在を前提とした暮らしが定着するとカリオルクァ神聖国の国民の生活水準だけが低くなってしまう可能性があった。
もちろんこうした将来がくるまでには何十年もかかり主導者が普通の人間なら志半ばで死ぬ可能性もあったが、リファロが不老となると今スイリーシュが予想している未来はほぼ確実に訪れた。
「数十年後にはカリオルクァでも魔族を受け入れる流れになるかも知れないし、有料とはいえ治癒をいつでも行ってくれるとなると私たちよりあの人間を選ぶ人間がカリオルクァからも出てくるかも知れない」
別にスイリーシュは人間の技術や生活水準が上がる事を忌避しているわけではなく、自分たちより優れた存在がカリオルクァ神聖国を含めた国々をより良い方向に導くというなら複雑ではあったが受け入れるつもりだった。
そして他の天使たちも同じ考えを持っていたが、自分たちを取り巻く環境がわずか数十年で変わるという事実に恐怖や焦燥が入り混じった感情も抱いていた。
「カリオルクァの人間が私たちよりあの人間を選ぶと言うならしかたがないし、私たちも変わるしかない。でも私たちの能力を安売りするのは嫌でしょう?」
先程のトリダルネの誇り云々という発言に嫌悪感と呆れを露わにしていたリファロの表情を思い出しながらスイリーシュは話を続けた。
「当分の間はレオエフェールを通してあの人間との関係を続ける。……あの人間は馬鹿にするだろうけど私たちは誇り高い天使。私たちの誇りを守れるかはこれから先の私たちにかかってる。あの人間から緩やかな侵略を受けてると思って常に警戒して動いて。いい?」
このスイリーシュの発言を受けて幹部四人全員が大声で返事を返し、その後二週間程後にクララス王国で予定されているリファロと天使共同の魔獣狩りの際にリファロとレオエフェールを会わせる方向でスイリーシュたちは今後の方針を話し合い始めた。




