売り込み
リファロがメルシーナたちとクララス王国に乗り込んだ翌日の午前十時頃、ベインジアの中央にある他国からの使者の宿泊用に建てられた建物にリファロとマナリュース、そしてメルシーナ率いる天使たちがいた。
本来なら他国からの使者との交渉は王城の一室で行われるのだが、人間のリファロとメルシーナたち天使だけならともかく魔族のマナリュースを城内に入れる事にクララス王国側が難色を示した。
そしてこうなる可能性が高い事を『回答者』で知っていたリファロはあらかじめメルシーナたちにマナリュースが同席できないなら自分もクララス王国との交渉に同席しない事と宿泊用の施設ならクララス王国もマナリュースの出入りを認めるはずだという事を伝えていた。
メルシーナたち天使はリファロに市民の前では目立たないで欲しいと考えていた。
しかしマッカランたちの不正を知った経緯やアッキム王国の敗北を伝える際にリファロの存在を隠す事はまず不可能だったので、天使たちはリファロを自分たちの協力者という形でクララス王国に紹介するために今回の交渉にリファロを参加させたかった。
このため冒険者ギルドの必要性を考えると可能性は低かったが、魔族の同席を嫌ったクララス王国が交渉を断る可能性があると知りながらも天使たちはクララス王国にマナリュースの同席が交渉の大前提だと伝えるしかなかった。
結局クララス王国は交渉の場にマナリュースが同席する事に同意して今回の交渉の場が設けられたのだが、実際に交渉が始まったらリファロとマナリュースはメルシーナたちの後ろに控えているだけだった。
これはメルシーナたち天使がリファロたちを冷遇しているわけでは無く、今後も含めたクララス王国との交渉など面倒というリファロの考えと天使たちの思惑が一致した結果だった。
今後のギルド運営に関しての交渉の際、『転移』や『治癒』といったリファロしか提供できない作業や魔導通信機や魔導装甲の実物などの売り込みもする事でリファロと天使たちの間で話はついており、この代わりリファロはギルドの幹部の入れ替わりの直後に生じると予想されているクララス王国内での冒険者不足を補う事になっていた。
「それでは仮にギルドを離れた冒険者たちがギルドに戻ろうとした場合、特に何の処罰も無いと?」
クララス王国側の交渉役の一人の質問にメルシーナは即座に答えを返した。
「ええ、この国では私たち天使の事はあまり知られていないし、いきなり大勢の幹部が入れ替わって怖くなるのも無理は無いから。さっき渡した一覧に名前が載ってる人間以外はもしギルドを辞めてもいつでも受け入れるわ」
天使たちも今回の摘発で周辺国家全ての冒険者ギルドで予想される人員不足を自分たちで埋めるつもりは無かったので、既にクララス王国側にも渡した一覧表に名前が載っている違反者以外のギルド関係者が自分たちに多少警戒心を示す程度の事は許容するつもりだった。
冒険者は専門技術や知識が無い者でも安定して稼げる職業だったので、自分たちへの恐怖や反感で一時的にギルドを離れても冒険者たちの大半は一ヶ月も持たずにギルドに戻ってくるだろうと天使たちは考えていた。
「辞めてから三ヶ月以内に復帰すれば元の階級から始められるし、私たち天使は一ヶ月に何度か不定期で調査に来るけど新しい幹部はそっちで決めて構わない」
天使たちによる調査の際、転移装置での受け入れを断った支部の支部長及び転移装置の管理役は冒険者ギルドから永久に追放するとメルシーナが交渉役に伝え、まだ捕まっていないギルド幹部の処遇や新しい幹部の選定についての交渉が行われた後、話題は『奉身者』に移った。
「この『治癒』という能力を頼んだ場合、治した人数に関わらず料金は一律という事で構いませんか?」
「ええ、そうみたい。私たちも魔法で似た様な事はできるけど彼と違って病気までは治せないし、そもそもカリオルクァ以外で治癒魔法を使うつもりは無いからこの事は周知を徹底して」
一部の例外を除き誇り高い天使たちに自分の能力を安売りするつもりは無く、他の国の国民にカリオルクァ神聖国の国民並の信仰心を求める事が無理な事も理解していた。
このため天使たちは余計な衝突を避けるためにカリオルクァ神聖国外での活動は極力控えるつもりで、こうした天使たちの考えをメルシーナから聞いた交渉役はリファロに視線を向けた。
「リファロ様の能力についてですが、……他の能力も聞いただけでは信じられないものばかりなのですが、『蘇生』という能力は、…本当に金貨二千枚で死んだ人間を蘇らせる事ができるのですか?」
一度メルシーナに視線を向けて発言の許可を取ってからリファロは交渉役の質問に答えた。
「はい。厳密には金貨はいりませんけど。死んだ人を蘇らせるっていうのはそう簡単にやっちゃいけない事だと思ってかなり高めの料金にさせてもらいました」
メルシーナたちの魔導装甲や魔導通信機についての説明を興味深そうに聞いていたクララス王国の交渉役たちも使者の蘇生と聞かされては好奇心よりも畏怖が上回った様子で、驚きから黙り込んでしまった交渉役たちを前にリファロは『蘇生』の説明を続けた。
「それと、さすがに寿命は無理だと思いますけど怪我とか病気で死んだ人なら大丈夫だと思います。あ、でも死体の損傷が酷過ぎると無理です。……多分死体の半分以上は残ってないと無理だと思います」
『蘇生』の料金の金貨二千枚はアルベール魔王国を除く周辺の国々なら月数回払える額だったが、自国内でのリファロの求心力の上昇を避けたい各国の王や貴族が軽々しく『蘇生』を依頼してこない事をリファロは『回答者』で知っていた。
このため疫病や災害でも起きない限り、自分から『蘇生』を売り込むつもりの無かったリファロは『蘇生』についての質問に気楽に答え、『呪歌』や『血の乙女』の実演依頼を有料で引き受けてから『回答者』の使用制限について交渉役に伝えた。
『回答者』の使用は戦闘の際を除き個人を対象には使わず、不特定多数の人間の考えや噂を知る程度に留めるというのがリファロが今回天使を通してクララス王国以外の国にも伝えた方針だった。
アルベール魔王国では犯罪の摘発と防止に『回答者』を使用している事もリファロは天使を通して各国に伝えたが、この形での『回答者』の利用がアルベール魔王国以外の国で断られる事は『回答者』を使うまでもなくリファロにも予想できた。
後で揉めないようにまだ捕まっていないギルドの元幹部たちの居場所は『回答者』で調べるとリファロが伝えると交渉役たちは全員が表情を硬くし、半信半疑ながら『回答者』を恐れている彼らの反応に気づかない振りをしながらリファロはメルシーナに交渉の続きを促した。
交渉終了後、クララス王国が用意した精鋭三百人をリファロは通常の『呪歌』や『血の乙女』で蹴散らし、実演が終わると酷くても重傷止まりだった彼らに『治癒』を使用した。
『血の乙女』の強さや『血の乙女』発動中のリファロの不死身振りに兵士たちが驚く中、離れた場所からリファロの実演を見ていたマナリュースとメルシーナが近づいてきた。
「ずいぶん控え目だったわね」
今回クララス王国の交渉役たちはリファロに他の種族の能力の使用も求め、事ある毎に力を示すのが面倒だったのでリファロは今回兵士たち相手の『奉身者』の実演は了承した。
しかし『血の乙女』以上の力を持つ種族となると竜か天使となり、一人や二人ならともかく百人以上に竜か天使の能力を使うと手加減を誤り相手を殺してしまう可能性があったのでリファロは交渉役の頼みを断った。
「怖がられ過ぎても困りますから」
「……一つの国に勝っといて今更な気がするけど」
「噂と実際に見るのじゃ違いますから」
『回答者』を使わなかったリファロにメルシーナの発言に含まれた気持ちは分からなかったが、必要以上の力を示す必要は無いという自分の考えは間違っていないはずだと考えながらリファロは明日以降の予定をメルシーナに確認した。
「とりあえず明後日まではアルベールにいるつもりです。特に危険な魔獣もいないみたいですし」
冒険者ギルドの支部から離れて活動していた冒険者たちはまだ今回の騒ぎを知らずに魔獣退治等の依頼を行っていたので、仮に天使たちへの反感等から冒険者の辞職が増えても影響が出るのは数日先だった。
このため明後日に予定されていたグチャルーツが天使の許可状を無視して人間に危害を加えた事についての竜と天使の話し合いまでリファロに予定は無く、明日予定されているルドディスとの話し合い等のアルベール魔王国内での仕事を行うつもりだった。
「ええ、冒険者が足りなくなった時に何度か魔獣退治を頼むかも知れないけどここ何日かは大丈夫だと思うからゆっくりしていて」
「面倒な交渉とか丸投げしちゃって、……すみませんけどよろしくお願いします」
今回リファロは全員は無理でも逃走中のギルドの元幹部数人は自分で捕まえようと考えていた。
しかし不正を働いていたギルドの元幹部たちの名前から居場所まで教えてもらった上に逮捕にまでリファロに加わられると自分たちの立場が無いと考えた天使たちはリファロのこれ以上の協力を断り、あまり出しゃばるのもまずいと考えてリファロは素直に引き下がった。
「……空いた時間に何するかは自由だけど魔獣退治は『転移』を含めて力になってもらうつもりだからちゃんと休む時は休んでおきなさいよ?」
「はい。大丈夫です」
ここでいざとなれば腕輪があると考える程働き者では無かったのでリファロはメルシーナの助言に素直にうなずき、荷物を預けていた宿に戻ると転移装置を創り出してマナリュースと共にニードベルへと転移した。
今回はミルヒガナへの土産等が多かったのでリファロは『創造者』で創り出した転移装置で数日前に修繕が終わったばかりのニードベルの屋敷に帰り、リファロの私物を除いた荷物は大人が両腕で何とか持ち上げられる大きさと重さの木箱三つだった。
この世界に来たばかりのリファロなら木箱三つを自分で倉庫まで運んだが、ニードベルの領主への就任が内定している今のリファロの屋敷にはラミア、エルフ、ハーピィ、ドワーフなどの使用人がマナリュース以外に十人程いた。
ニードベルへの移住希望者とは別にアルベール魔王国が用意した使用人たちをリファロは最初断ろうとしたのだが、『回答者』によると領主が使用人を雇っていないなどあり得ないらしく強さ以外で権威を示せるならと何とか納得して彼らを受け入れた。
使用人たちへの土産も買ってきたリファロに対して使用人たち全員が仰々しいまでに感謝し、放っておくと土下座までしかねなかった彼らに明日リキュアナに持っていく物を伝えてからリファロはマナリュースと共に裏庭に出た。
「さてと、昨日から動きっぱなしだったんで夕方までゆっくりしようと思いますけどその前に一個だけ実験させて下さい」
「はい!任せて下さい!」
仮にリファロが『蘇生』を使えなくてもリファロのためなら迷わず命を捨てるつもりだったマナリュースはリファロの発言に力強い声で即答し、全く物怖じしていないマナリュースに逆に不安を覚えながらリファロは『創造者』を発動した。
ニードベルに帰った翌日の午後二時前、リファロはマナリュースと使用人のラミア二人と共に転移装置でリキュアナへと向かった。
今日のリキュアナ訪問の目的はアルベール魔王国で多発している犯罪への対策についてルドディスと話し合う事で、リファロたちが転移装置でリキュアナに着くとルドディスを含むアルベール魔王国の幹部数人と共にディルシュナの姿もあった。
今回自分を出迎える魔族たちの中にディルシュナがいる事をリファロは『回答者』で事前に知っていたので、ディルシュナを見て多少面倒だと考えても表情には出さなかった。
しかし今回ミルヒガナに用意した土産がアルベール魔王国側の妙な勘違いを引き起こす可能性にリファロは転移直後にようやく気づき、動揺しながらもまだ説明次第では取り返しがつくはずだと考えながらルドディスに話しかけた。
来週から投稿は木曜日と土曜日になります




