出発直前
「ノルニック、ネルモン、メルシーナ!手を貸せ!こいつは今殺しておかないとまずい!あんな再生を何度もできるはずが無い!今俺たちで一斉にかかれば殺せる!」
このフォルネーズの発言を受けて助けを求められた幹部三人は誰も動かず、幹部三人が険しい表情や呆れた様な表情を浮かべる中、周囲の天使たちには動揺が走った。
そして大勢の部下が見ている前で約束を破ったフォルネーズを前にしてリファロも呆れてしまったが、ここは余裕を見せておいた方がいいと考えてノルニックたちに話しかけた。
「どうします?僕別に四対一でも構いませんよ?勝った時にもらえる物は追加してもらいますけど。……一人につき金貨百枚でどうですか?」
リファロがこの提案をした時には既にフォルネーズの召還した天使の数は五十体を下回っており、これ以上試合を続けてもフォルネーズが恥を晒すだけだと判断したノルニックは試合を止める事にした。
「……フォルネーズさん、あなたの負けです」
試合の前に本人に伝えた通り、ノルニックはフォルネーズがリファロに勝てるとは思っていなかったが今回の様な醜態を晒すとまでは思っておらず、これなら自分が試合をした方がましだったと考えながらフォルネーズの説得を続けた。
「私たちに助けを求めるという事はあなたもリファロ殿に勝てない事はもう分かっているはずです。……翼を全部失うまで戦うと言うなら止めはしませんけど私たちは手伝いませんよ?」
こう言ったノルニックに視線を向けられてネルモンは黙ってうなずき、メルシーナは呆れた様な表情でため息をついた。
そして同僚三人に見捨てられたと感じて動揺したフォルネーズの隙を突き『血の乙女』がフォルネーズを床に押し倒し、この直後、リファロの声が訓練場に響いた。
「どうします?続けるって言うなら四枚目も引き千切りますけど」
「なめるな!」
自分たちに守られるべき弱小種族、人間に情けをかけられてフォルネーズは自分を押さえつける『血の乙女』の腹部に激高しながら火球を叩きつけ、この直後フォルネーズは腹部に傷一つ無い『血の乙女』に四枚目の翼を引き千切られた。
「どうぞ。一気に決めるは悪いので五枚目の翼を引き千切る前に一回だけ攻撃してもらって構いません」
こう言うとリファロは『血の乙女』を横に移動させ、再び自分の前で棒立ちになったリファロを前にして動けなくなったフォルネーズにネルモンが声をかけた。
「フォルネーズ、お前の負けだ。これ以上恥を晒すな」
「そもそも転移魔法何度も使える相手を袋叩きとかできるわけ無いし」
「くっ……」
ノルニックに続きネルモンとメルシーナにまで助力を断られてフォルネーズは悔しそうな表情を浮かべながらリファロをにらみつけてきた。
しかし召還できる天使を使い果たしてしまった状況で切り札、『熾炎』が通用しなかった相手に攻撃を仕掛ける程の勇気や愚かさはフォルネーズにも無く、リファロとノルニックたち三人をにらみつけた後、ノルニックの制止を聞かずにフォルネーズは訓練場を飛び出した。
「申し訳ありません……」
「いえ、気にしないで下さい。戦うって言った時点でこれぐらいは予想してましたから」
今訓練場にいる天使たちが自分に向けている感情が恐怖か警戒のどちらかだとリファロは『回答者』で把握しており、試合開始時に向けられていた天使たちからの侮蔑が消えている時点で大成功だと考えていた。
試合後、水晶を用意するので待っていて欲しいと言われたリファロは再び待合所に向かい、ノルニックを待っていたリファロの前にはメルシーナとその部下二人がおり、ちなみに天使たちに弱みを見せないようにリファロは『血の乙女』で失った血を既に腕輪で回復していた。
メルシーナは今日リファロが見た天使の中では比較的若い十代後半の見た目をしており、自分の見張りとして一般の天使はともかくどうして幹部のメルシーナまでいるのかと疑問を抱いていたリファロにメルシーナが話しかけてきた。
「ねぇ、あなた相手が何考えてるか分かるんでしょ?」
「はい」
待合所に着いてから二分程無言が続いていたのでまさかメルシーナの方から話しかけてくるとはリファロは思っておらず、多少警戒しながらも返事をしたリファロを前にメルシーナは楽しそうに笑った。
「そんな警戒しないで。『熾炎』防ぐ相手と戦うつもり無いから。ただどこまで相手の考えてる事が分かるのか気になっただけ。例えば今私がどうしてここにいるかとかも分かるの?」
後の面倒事を避けるためにリファロはレウグ聖峰に来てから個人を対象にした『回答者』の使用を控えていた。
このためリファロはメルシーナが自分の見張りに参加している理由を知らなかったのだがメルシーナの方から話題にしてくるとは思わず、警戒心を抱き始めていたリファロにメルシーナは『回答者』の使用を促してきた。
「『回答者』だったっけ?を使ってみれば?どうせノルニックが来たら話す事だから調べても怒られないと思うし」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
メルシーナの狙いは分からないが相手から提案してきたのだからこれで文句を言われたらこっちも黙っていないと考えながらリファロは『回答者』を発動した。
「あなたとフォルネーズさんがクララス王国の担当で、僕が同意したらこれから一緒にベインジアのギルド支部に行くつもりだからですか」
「おお、すごい。本当に私たちが考えてる事分かるんだ」
スイリーシュを含む天使の幹部五人は周辺国家のギルド支部から送られてきた報告書の精査を国毎に担当を決めて行っており、リファロの言う通り、クララス王国の担当はフォルネーズとメルシーナだった。
幹部たちがどの国を担当しているかは特に隠してはいないが一般の天使の中には知らない者もいたのでリファロの即答を受けてメルシーナは素直に称賛の言葉を送り、演技の可能性はあったがあまり自分に敵意を持っていないように見えるメルシーナにリファロはある事を確認した。
「あなたがここにいる理由調べる時に一緒に知っちゃいましたけど本当に魔族って嫌われてるんですね」
「……人間がどう思ってるかは分からないけど私たちは何代か前に魔王の一族とかなり殺し合ったらしいから。……まあ、そういう難しい話はノルニックとして」
メルシーナは同族が大昔に争ったからといって知識でしか知らない種族の事などよくも悪くも何とも思っておらず、こうした考えを持っている天使は少なくなかった。
しかしへたに歴代の天使の言動に否定的な考えを示すと投獄も含めた罰を課される可能性があるので、メルシーナを含む多くの天使は表面上は魔王の一族を含む魔族に敵意を向けていた。
魔族にも冒険者ギルドに参加して欲しいと考えていたリファロにとってこうした天使の現状は朗報で、思ったより円滑に魔族のギルドへの参加が行えそうだと思いながらリファロはノルニックの到着を待った。
メルシーナとの会話が終わり二十分程待った頃、部下二人を従えて待合所に現れたノルニックは約束していた水晶三つが入った箱を机の上に置いた。
「これの運搬はあなたに任せて大丈夫ですか?転移装置が無いのでアルベールまでは運べないのですが……」
「はい。大丈夫です」
リファロの体重の半分以下の物なら通常の『転移』で運べたので片手で持ち上げられる水晶三つ程度の運搬なら問題無く、リファロに水晶を差し出したノルニックは今後のギルド関連の話をする前にリファロにある報告をしてきた。
「今部下に金貨百枚分の金銭を用意させています。金貨だけでは使いにくいので銀貨と銅貨も混ぜるつもりなので一時間程待っていただく必要がありますが」
先程フォルネーズが醜態を晒した際の発言からリファロが経済的に困っているとノルニックは察し、いきなり金銭を送ろうとしてきたノルニックをリファロは慌てて止めようとした。
「あ、いや、さっきのはみなさんが約束破ったりはしないだろうと思っての冗談みたいなもので、本当にお金をもらう気は……」
現在のリファロの所持金は銅貨数枚だったが、戦争終了後のリファロは衣食住の面倒をアルベール魔王国に見てもらっていたので別に今すぐ金が必要というわけではなかった。
このためリファロはノルニックからの金銭授与を断ろうとしたのだが、リファロの事情は知らなくてもリファロが自分たちの提案を断る事自体は容易に予想できたのでノルニックは慌てる事無く話を続けた。
「今回の金銭は先程のフォルネーズの非礼のお詫びと口止め料です。水晶を手に入れてアルベール魔王国でギルドを始めたとしてもギルドの経営が軌道に乗るまでは隣国とのやり取りなどで出費がかさむと思います」
ギルドの支部を新たに開設した場合、多額の経費がかかる事はリファロも『回答者』で知っており、多額の臨時収入に揺らぐリファロを相手にノルニックは畳みかけた。
「私たちが魔族にいい感情を持っていないのは事実ですがあなたが間に入って下さるなら争わない事はできると思います。今後の私たちの関係のために今回の慰謝料をどうか受け取ってもらえないでしょうか?」
ノルニックはリファロの顔を潰さないように今回金銭を援助ではなく慰謝料という建前で用意し、ノルニックの狙い通りリファロは戸惑いながらも慰謝料を受け取る事にした。
「お金はありがたくもらうとして、さっきギルドの経営が軌道に乗るまでって言ってましたけどアルベールでギルドをする事を認めてもらえるんですか?」
ここでアルベール魔王国内での冒険者ギルドの活動を認めないと言われたら慰謝料を突き返してやろうとリファロは考えていたが、幸いその必要は無くノルニックは天使側の決定を伝えてきた。
「私たちはカリオルクァ神聖国内で活動を行わないという条件さえ受け入れてもらえれば魔王の一族と魔族のギルドへの参加を認める事にしました。用意に二時間程かかりますが後でスイリーシュ様の署名が入った許可状をお渡しします」
このノルニックの発言の真偽を『回答者』で調べるかリファロは一瞬迷ったが許可状をもらってからでも遅くはないと考えてこれからの予定に話題を移した。
「これからベインジアに行くって話ですけど僕は具体的に何をすればいいんでしょうか?」
リファロにまだ伝えていなかった予定に言及されてノルニックは驚き、『回答者』を使われたのかとリファロを疑っていたノルニックにメルシーナが話しかけた。
「さっき本当に私たちの考えてる事が分かるかどうか試してみたの」
「……そういう事ですか。便利な能力ですね」
「そうですね。何度も助けられました」
このノルニックの発言に皮肉が含まれている事に気づかない程リファロも鈍くはなかったが、ここで黙り込むとお互い気まずくなると考えて話を進めた。
「その気になればノルニックさんたちが僕に何をして欲しいかも調べる事はできますけど、あんまり『回答者』頼りで相手とやり取りしてると余計な疑いをもたれると思うのでできれば直接説明して欲しいです」
天使も他者と会話する際に毎回天秤魔法を使うわけではないので真偽はともかくリファロの発言内容自体はノルニックにも受け入れやすく、そもそも言われるまでも無く口頭で説明するつもりだったのでノルニックはリファロに何をして欲しいかを伝えた。
「私たちはこの二百年程の間、カリオルクァの人間以外と関わってきませんでした。ですからこれからベインジアに行き支部長たちの不正を問い詰めても相手が素直に答えるかは分かりません」
長年自分たちの直接の調査が入らないからと嘘の報告書を提出してくる人間が相手だったので、ノルニックたちはベインジアのギルド支部が転移装置による受け入れを断る可能性すら考慮していた。
「もしベインジアのギルド支部が転移装置による受け入れを拒否してきたらあなたの強化された転移魔法でメルシーナとその部下五十人をベインジアまで転移させて欲しいのです。もちろんこの場合、報酬は別に払います。あなたの『回答者』と私たちの天秤魔法があれば私たちが多少交渉に不慣れでも何とかなると思うのですがどうでしょうか?」
仮にクララス王国を含む周辺の国々で不正を働いていたギルド幹部の一掃が円滑に進んでも、この後天使たちには各国の国王や有力者との交渉やギルド支部への常駐などの仕事が残っていた。
カリオルクァ神聖国と違い天使を受け入れる土壌が無い国々でのこれらの仕事が大変な事は『回答者』を使うまでも無くリファロにも想像でき、ここで天使にギルドの正常化を丸投げして魔族の受け入れだけを頼むのはさすがにむしが良すぎるとリファロは考えた。
「こっちから頼んだ事ですからできるだけの事はさせてもらいます。後、もし相手が転移装置を使ってくれなくてもメルシーナさんたちを送るのは僕一人の力で何とかなると思います」
自分と天使が行う仕事のための代償をアルベール魔王国の魔族に払わせるわけにはいかないと考えながらリファロはノルニックたちにある頼み事をした。
「クララスに行く時に僕からも一つお願いがあるんですけど……」
こう言ってリファロが口にしたお願いの内容はノルニックたちにとって予想外かつ面倒なものだった。
しかしいきなり前言撤回するわけにもいかなかったのでノルニックたちはリファロの願い事を聞き入れ、天使たちの準備が終わるのを待ってからメルシーナはベインジアのギルド支部への転移の準備を始めた。




