威圧
「お待たせして申し訳ありません」
開口一番謝罪してきたノルニックは見た目は二十代半ばの人間の女と大差無く、翼を収納していたので人間にしか見えなかったノルニックを前にしてリファロも立ち上がり突然の訪問を謝罪し、ノルニックがリファロに断り天秤を出してから二人の会話が始まった。
「私たちはクララス王国のギルド支部からの報告であなたが独断でホーエイト山脈に向かい周辺で暴れていた竜を殺したと聞いています。この竜はブノワーム様とは別の竜ですよね?」
今生きている竜の名前すら把握していなかったクララス王国のギルドはリファロが二体目の竜と戦った事も現時点で知らず、天使たちがブノワームの死を知っていたのはホーエイト山脈の竜から転移装置で書面が送られてきたからだった。
グチャルーツがリファロに殺されるまでの経緯を天使たちはギルドからの報告で知っていたが、グチャルーツがリファロに殺された時はホーエイト山脈の竜たちは天使に何の報告もしなかった。
グチャルーツが竜の中で特別な存在でなかった上にグチャルーツが天使たちの署名が入った書類を持った人間を殺したという事実が天使たちを刺激すると竜たちが考えたからだ。
転移装置は双方の装置が操作されなくては使えなかったので竜側が拒否すればグチャルーツの行動に怒りを覚えた天使たちがホーエイト山脈に直接攻め込む事はできなかった。
しかし天使たちがクララス王国内の別の転移装置を使い転移してくる可能性は高く、天使との総力戦になれば自分たちが勝つと竜たちは考えていたが自分たちも半分近くが死にかねない天使との戦闘はできれば避けたいとも考えていた。
こういったホーエイト山脈の竜たちの思惑はブノワームが死んだ際の報告でグチャルーツについて一切触れられていなかった事で天使たちに筒抜けで、自分たちの名前が軽視されたと感じた天使たちの怒りは大きかった。
しかし正面衝突を避けたいのは天使側も同じだったので天使たちはホーエイト山脈の竜にグチャルーツの行動を指摘すると同時に次は無いと告げるだけに留めていたので、ブノワームの死を知っているというだけで目の前の人間がただ者ではない事をノルニックは理解していた。
ブノワームの死を伝えられた際、竜たち程ではなかったが天使たちの受けた衝撃も大きく、ブノワームを殺した者の狙いが分からなかったので竜からの報告を受けてから一週間はレウグ聖峰周辺は厳戒態勢が敷かれていた。
そして厳戒態勢が解かれて数日の内にブノワームを殺した張本人が現れたのだからノルニックは表情にこそ出していなかったがリファロに恐怖を感じており、近くに待機している部下百人にいつでも突撃の合図を出せる心構えを持ちながらリファロとの会話を続けた。
「はい。グチャルーツさんっていう比較的若い竜でした。一度警告したんですけどまた街を襲いそうだったので殺して、それに怒ったブノワームさんまで街に行こうとしてたんで殺しました」
ブノワームを含む竜二体を殺した事を特に誇るでもなく伝えてきたリファロを前にしてノルニックの恐怖は深まるばかりで、交渉は他の幹部に任せればよかったと後悔しながら口を開いた。
「……『回答者』でしたか?これと転移魔法をあなたは使えると部下から聞いていますがこれでどうやってブノワーム様たちを殺したのですか?」
距離に関係無く他者の考えを知る能力と身一つでの転移魔法はどちらもこの世界の基準で破格の能力だったが殺傷能力は皆無だったので、ノルニックを含む天使たちはリファロがまだ手の内を隠していると警戒していた。
そして自分の手の内を探ろうとするノルニックの行動をリファロは当然だと考え、元々伝えるつもりだった『奉身者』と『創造者』の内容をノルニックに伝えた。
「……会った事のある種族の能力を使う事ができるですか?」
リファロは具体的な代償こそ明かさなかったが『奉身者』については強化された部分まで含めて能力は全てノルニックに伝えた。
しかしリファロは切り札だと考えている『裏世界』については隠し、『創造者』については他者の能力を再現できるとしか伝えなかった。
そして転移魔法で奇襲して人間の技術で強化した竜の炎で眼と脳を焼かれるというブノワームの殺され方を聞き、痛みを想像したのかノルニックはわずかに顔をしかめながら天秤に視線を向けた。
「あなたが嘘をついていない事は分かっていますが言葉だけでは信じられないというのが正直なところです。実際に何かやってみせてもらえませんか?」
「はい。構いません。でも他の人の能力を使うのってすごく疲れるのでできれば一回で済ませたいです。だからそっちから使って欲しい能力を言ってもらえませんか?」
「……では二千体の天使を召還して下さい」
天使は召還魔法で天使に近い存在を創り出す事ができ、この便宜上天使と呼ばれている存在の召還可能数と消えるまでの時間は召還魔法の使い手の練度に比例した。
そして今回ノルニックが口にした二千体という数は天使の長、スイリーシュが一回の魔法で召還できる天使の数で、フォルネーズとノルニックは五百体しか天使を召還できなかった。
このためノルニックはさすがに無理だろうと考えながらリファロに二千体の天使の召還を要求し、暴力以外で自分の強さを示す必要があると理解していたリファロはノルニックの要求を聞き入れた。
建物から出たリファロはノルニックに視線を向けられながら『創造者』でスイリーシュの能力を再現し、リファロの背中から八枚の翼が生えると同時にリファロの全身を白い光が覆った。
リファロの全身を覆った光は天使が魔法を使う際に発生するもので人間のはずのリファロが天使の羽を生やして光まで放った事にノルニックは絶句し、目の前の存在は本当に人間なのかと思い始めていたノルニックの前でリファロは召還魔法を発動した。
リファロが召還魔法を発動した瞬間、リファロとノルニックの頭上を二千体の天使が埋め尽くし、簡易な鎧を纏い右手に剣を持っている天使の軍勢を見て言葉を失っていたノルニックにリファロは話しかけた。
「どうしますか?今の僕、スイリーシュさんにできる事なら何でもできますから障壁を創ってもいいですし、許可さえもらえれば氷結波使ってもいいですけど」
天使は生まれつき火、水、土、風の四属性全ての魔法が使えたが得意な属性はそれぞれ異なりスイリーシュは水属性の魔法を得意としていた。
竜程ではないが人間をはるかに上回る魔力量に加えて数百年の経験から繰り出される天使の魔法は人間や魔族が使うものとは一線を画し、単に威力が高いだけではなく上位の天使は氷や金属の生成まで行う事ができた。
そして今回リファロが口にした氷結波とはスイリーシュを含めて数える程しか使える天使がいない水属性の魔法の奥義の一つだった。
このためリファロの能力を天使の生まれ持つ基本技術を使える程度だろうと考えていたノルニックは氷結波を使えるというリファロの発言に驚きを通り越して恐怖を覚え、探りを入れている事を悟らせないという今回の会話の前提も忘れて思わず質問を口にしてしまった。
「先程疲労が大きいと言っていましたが他の種族の能力を同時にいくつも使えるのですか?」
今回初めて召還魔法を発動したリファロは視界を埋め尽くす程の数の天使を見てこれらの天使に荷物の運搬などをさせれば各種仕事が捗るだろうなと考えていた。
しかし『回答者』によると召還した天使に戦闘以外の仕事をさせると天使たちの心証が悪くなるらしく、これだけの数の戦力を率いてどこかに攻め込む機会などそうそう無いので召還魔法は使い道が無さそうだと考えながらリファロはノルニックの質問に答えた。
「僕の能力についてはこれまで説明した以上の説明をする気はありません。前に住んでた国で弱点を突かれて殺されそうになった事があるので」
「……その国の名前を聞いてもいいですか?」
別に隠す事でも無かったのでリファロは生まれ育った国の名前をノルニックに伝えたが、別の世界にある国の名前など知るはずも無かったのでノルニックはわずかに眉をひそめただけだった。
「もう転移魔法でも帰れないぐらい遠くの国ですから知らなくて当然です。……まあ、それはとにかく、さっきも言いましたけど僕自分の能力をこれ以上説明するつもりは無いです」
頭上の天使を消しながらリファロは正面からノルニックに視線を向け、これ以上食い下がりこの規格外の存在を怒らせるのは得策ではないと考えたノルニックはこの場は引く事にしてリファロに待合所に戻るように促した。
「あなたは今回各国の冒険者ギルドの不正を教えてくれましたが、追放処分を取り消して欲しいという事でいいですか?」
「……そうしてもらえると助かりますけど用件は別にあります」
実際の確認は各国の冒険者ギルド支部に行ってからになるが、各国の冒険者ギルドの支部の不正についてここ五年に渡りまとめられていたリファロの手土産は天使たちを怒らせこそしたが字が汚い程度の問題には目をつぶれる程有意義だった。
このためリファロの密告の内容が事実ならギルドへの復帰ぐらいは自分の権限だけで行えるとノルニックは考えていたのだがリファロの要求を聞き愕然とした。
「僕は今アルベール魔王国で活動してて今日はアルベール魔王国でギルドを始める許可をもらいに来ました」
「アルベール魔王国で!……」
全く予想していなかった国の名前を聞きここまで冷静に話を続けていたノルニックが驚きを露わにし、もし竜や天使の能力を自在に使えるこの人間が魔族に加担していたら天使としては見過ごせないと考えながらノルニックは口を開いた。
「魔族たちはアッキム王国という国と戦争をしていると聞いています。もしかしてあなたはこの戦争に参加したのですか?」
「はい。クララス王国でギルドを追放されてすぐにアルベール魔王国のみなさんと交渉して、アッキムの兵士を全員追い払ったら街を一つもらうって条件でアルベール魔王国に協力しました」
冒険者ギルドに無関係の世俗の情報には疎い天使たちもさすがにアッキム王国がアルベール魔王国相手に戦争を始めた事は知っており、魔族、特に魔王の一族に嫌悪感すら持っていた天使たちは自分たちが何もしなくても魔族の数が減る状況を歓迎すらしていた。
このため予想外の情報を聞き呆然としていたノルニックにリファロはアッキム王国とアルベール魔王国の近況を教えた。
「一週間ぐらい前に僕がアッキム王国に乗り込んで戦争はアルベール魔王国の勝ちで終わりました。今アッキムの人たちはアルベール魔王国から撤退しているところです」
横の天秤を見てリファロの発言に嘘が無い事を確認したノルニックは混乱した。
目の前の人間は数万の命を奪う事にためらいが無い気質なのか。
数百年前の事とはいえ大陸の中央にいた魔王の一族を人間と共に弾圧した自分たちは今でも恨まれているのか。
魔族が冒険者ギルドに参加するなどあり得ない。
近くに控えている天使たちと共にこの場でこの人間を殺すべきか。
この化け物相手に受け身に回っては負ける。
瞬く間にノルニックの考えはリファロと敵対する方向へと流れ、近くの天使たちに合図を出そうとしていたノルニックにリファロは話しかけた。
「『回答者』で個人の考えを知らないようにしてるのは本当です。でも敵意まで感じないようにすると不意打ち食らっちゃうんで誰かが僕に殺意持ったり攻め込む準備してる時は分かるようにしてます」
自分が敵意を持っている事を指摘されてノルニックはリファロ相手にどう出るべきか迷い、自分に恐怖を抱いている様子のノルニックにリファロは安心するように伝えた。
「別に戦いに来たわけじゃないので安心して下さい。ここで交渉が決裂しても僕はアルベールに帰ってギルドを始めるだけです」
冒険者ギルド用の水晶無しでどうやってギルドを始めるつもりかと尋ねかけたノルニックは目の前の人間が先程天使の魔法を使った事を思い出して口を開けず、完全に自分に気圧されているノルニックを前にリファロは話を続けた。
「もしアルベールと他の国のどっちかを選ばないといけなくなったら僕はアルベールを選びます。でもアルベールがどこかに攻め込むとか言い出したら僕はアルベールの敵に回るつもりで、これはアルベールのみなさんに伝えてあります」
「……あなたをクララス王国の首都の支部長にすると言っても魔族を選びますか?」
「はい。ここでアルベールのみなさん裏切っちゃうと今後どこからも信用されないと思いますので」
横の天秤でリファロが天使に敵意を持っていない事はノルニックも分かっていた。
しかしブノワームを殺せる相手が魔族と手を組んでいると知った以上放置もできず、何らかの交換条件を出してリファロを自分たちの側に引き込めないかと考えていたノルニックの横で部屋の扉が勢いよく開かれた。




