会議終了
「リファロ様、本当に申し訳ございません……」
ヒクリバクの退室後、ミルヒガナは改めてヒクリバクの態度をリファロに謝罪し、早く話を進めたかったリファロはミルヒガナの謝罪を素直に受け入れた。
「色んな人がいるのはどこも一緒でしょうから気にしないで下さい。それよりみなさんに見て欲しい物があります。本当はヒクリバクさんにも見て欲しかったんですけど」
こう言うとリファロは部屋にいた魔族の人数分の紙を取り出し、字が汚い事を謝罪してからミルヒガナたちに紙を配った。
今回リファロが用意した紙にはアルベール魔王国で冒険者ギルドを始めた場合に提供できる各種労働の料金の他に『転移』や『治癒』を利用する際の料金が書かれていた。
そして今回リファロが用意した料金表にはハーピィによる荷物の運搬やオーガによる力作業といった現時点で助け合いの範疇でアルベール魔王国内でやり取りされている労働に関してはギルドに気を遣わずに今まで通り行って欲しいと書かれていた。
リファロが魔族による労働の対価を決めたのは他の国で魔族に働いてもらう時のためで、実際に魔族が他の国で働く事になるとしても早くても一、二年後の事だと考えている事もリファロはミルヒガナたちに伝えた。
またアルベール魔王国外での労働を魔族に強制する気は全く無いともリファロはミルヒガナたちに伝えた。
このためミルヒガナたちが興味を持ったのは『転移』や『治癒』の料金で、代償を払うための要員を客側が用意しさえすれば強化された『奉身者』も通常のものと同じ料金で使えると料金表には書かれていた。
そして料金表を手にしながら魔族たちが言葉を交わす中、一人のリザードマンがリファロに質問した。
「先程私たちが用意している国民たちでは『奉身者』の代償を払えないとリファロ様は仰っていました。もしそれが本当なら、例えば今後リファロ様の転移魔法で大勢の国民を運んでもらうなどの依頼は事実上不可能なのでは?」
通常の『転移』や『治癒』の料金は決して安くはなかったが、復興さえ終われば各街が年に数回は払える程度の金額だった。
しかし強化された『奉身者』使用の前提となる千人の協力者が用意できないとなると今回リファロが提示した『商品』の半分近くが事実上は提供できなくなる。
こう考えたリザードマンの想定通りの質問にリファロは答えた。
「今は強くなった『奉身者』の代償を払ってくれる魔族のみなさんが六千人ぐらいいますけどこれは今が戦時中だからだと考えています。だから災害などが起きて急いで避難しないといけない様な命のかかった状況なら多分大丈夫だと思います。……もちろん別の街に行きたいみたいな理由でもお金さえ払ってもらえば受けますけど」
今回リファロが提示した『転移』の料金は通常の『転移』の料金すらアルベール魔王国の平均的な国民の年収とほぼ同じで、依頼者がニードベルに直々に来ない限りは更に『転移』一回分の料金が発生するので個人から自分への依頼はまずこないだろうなと考えながらリファロは話を続けた。
「正式にニードベルをもらったら僕はアッキムの融和派の人たちとも交流するつもりで、嫌な言い方になりますけど僕に取り入ろうとして融和派以外の人たちも接触してくると思います。それにさっきは誰もいなくても構わないって言いましたけどニードベルに来てくれる魔族が一人もいないって事は無いと思うので今すぐは無理でも何ヶ月かかければ強くなった『奉身者』に協力してくれる人は僕の方で用意できると思います」
魔族の中でも種族によって自分への信頼の強さには差があり、直接同族がリファロに救われたハーピィ、ラミア、エルフなどの中にはニードベルへの移住希望者が多い事をリファロは『回答者』で把握していた。
そして自分に感謝している魔族のほとんどが『奉身者』への協力に積極的である事もリファロは把握していたので、『回答者』の存在を知ればニードベルへの移住希望者が多少は減るかも知れないと考えながらもあまり悲観的にはなっていなかった。
しかしニードベルへの移住希望者の内、女の魔族の多くが機会があれば自分との間に子どもを作りたいと考えているのがリファロにとっての不安要素で、自分が気をつければ問題無いと考えながらもリファロはこの問題への明確な解決方法を思いついていなかった。
「まあ、強くなった『奉身者』については僕がニードベルもらってしばらく様子見ないと確かな事は言えないですし、『転移』と『治癒』の需要が僕が思ってたより多くなる可能性もあるのでその時はまた相談できればと思っています」
今回提示された料金が変わる可能性があるとリファロが伝えた直後、魔族側からリファロに定期的にリキュアナを訪問して欲しい、転移装置の調達は可能かなど様々な質問や要望が行われ、『転移』についての質疑応答が二十分程続いた後、エルフの一人、モリュピスが話題を変えた。
「『蘇生』の料金はいくら何でも高過ぎませんか?」
ミルヒガナは今後の実務に関する質疑応答は部下たちに任せるつもりらしく、ヒクリバク退室直後の謝罪以降ほとんど口を開いていなかった。
このため今日が初対面となる相手との質疑応答を何度も強いられてリファロは精神的に疲労しており、まだニードベルをもらっていない内からこれでは先が思いやられると自嘲しながらモリュピスの質問に答えた。
「今回の戦争でアッキムの被害を受けた人たちに関しては『治癒』も『蘇生』も無料で行うつもりです。でも全部が終わったら『蘇生』は軽々しく使うべきじゃないと思ってその金額にしました」
今回リファロが提示した『蘇生』の料金は比較的所得が少ないアルベール魔王国だけでなく他国でも個人で払うのはほぼ不可能な額で、リファロは『蘇生』を今後使わないつもりでこの金額を提示したがモリュピスはリファロの痛いところを突いてきた。
「ニードベルの領民が事故などで死んだとしても使わないという事ですか?」
『蘇生』を軽々しく使うべきではないという自分の考えが間違っているとはリファロは思っていなかったが、ニードベルの領民を含む目の前の人間が死んだ時に『蘇生』を使わない事が正しいのかと悩んだ事も事実だった。
そしてモリュピスを含む魔族たちの品定めする様な視線を受けながらリファロはあらかじめ用意していた『蘇生』についての自分の考えを伝えた。
「ニードベルに住んでる人がもし事故とかで死んだら無料で蘇らせるつもりです。単純に嫌なので」
リファロは殺人などの被害者にも『蘇生』を使うつもりだったがここでは言及せず、そんなリファロの考えを知る由も無かったモリュピスは眉をひそめた。
「……それはさすがに不公平では?」
事実上ニードベルの領民だけが『蘇生』の恩恵を受けられると知りモリュピスは不快感を露わにしたがそんなモリュピスをたしなめる者はおらず、リファロは重い雰囲気にため息をついてからモリュピスに返事を返した。
「昨日アッキムでは二十三件の殺人事件が起きました」
いきなり隣国、しかも敵国の治安に話題が移りモリュピスを含む魔族たちは困惑し、そんな魔族たちを前にリファロは話を続けた。
「僕がその気になれば全部は無理ですけど転移していくつかの事件は防げましたし、今なら蘇らせる事もできます。でもそのつもりはありません。この国のみなさんは助けたのにアッキムの人たちは助けないのは不公平だと思いますか?」
「私たちがアッキムという国の人間に何をされたか知っていてよくもそんな、」
「じゃあ、ゼーナマイン皇国で殺人事件や事故が起きた時、この国のみなさんより優先して助けていいですか?」
自分たちとアッキム王国の人間を天秤にかけた発言はいくら自国を救った人物だとしても許せないとモリュピスは憤っていたが、大臣にエルフがおり自国と友好的なゼーナマイン皇国の名前を出されて冷静になった。
「僕、まだみなさんに伝えてない能力もありますけどそれを全部使ってもこの世界で起こってる全ての問題を解決するのは無理なのでモリュピスさんの言う通りどうしても不公平にはなると思います」
「モリュピス殿、協力者を千人集めて週に一回『蘇生』を行うならそこまで難しい事でもないだろう。……我が国の国民が家族でもない相手のために半日犠牲にできないと言うならそれはもうリファロ殿のせいではない」
ルドディスの言う通り、『蘇生』ではなく『治癒』の料金なら街にとって大きな負担ではなかったので既に落ち着いていた事もありモリュピスはリファロに謝罪した。
「リファロ様、申し訳ありませんでした」
「いえ、僕が言うのも何ですけどいきなり大きな話持ってきたので混乱するのは無理も無いので」
リファロが領主になる以上、今後ニードベルの領民が様々な恩恵を受けられる事は事実だったので、他の国にまで対象を広げて話をする事で今後アルベール魔王国内でも扱いに不公平さが出る事をリファロは今回あえて肯定した。
そして今回会議に参加した魔族たちの多くはリファロの説明に納得してくれた様子で、事前に『回答者』による会議を行っていなければもっと手間取り禍根を残したかも知れないなと考えながらリファロは『治癒』についての考えを口にした。
「もちろんお金さえ払ってもらえれば『治癒』も『蘇生』もいつでも使います。でもいつでもお金を払えるって人ばかりじゃないと思いますし、僕もいつかは死ぬでしょうから『治癒』は最後の手段だと考えて薬草とかの研究は続けてくれればと思います」
自分があてにされ過ぎた結果、医療技術を始めとするアルベール魔王国の各種技術が衰退しては困るという考えをリファロは時間をかけて説明し、転移装置をアルベール魔王国内だけで開発できるようになると助かるという自分の希望も伝えて話を終えた。
「じゃあ、みなさんだけで話す時間も必要だと思うので僕はそろそろ失礼します。隠しておいて後で疑われても困るので一応伝えておくと僕はこれからレウグ聖峰に行って天使に会うつもりです」
レウグ聖峰と聞いてもほとんどの魔族が表情を変えなかったが唯一ミルヒガナだけは表情を硬くし、予想通りの反応をしたミルヒガナにリファロは安心するように伝えた。
「安心して下さい。この国が別の国に攻め込みでもしない限りは僕はこの国を優先するつもりですから」
「……レウグ聖峰に行く目的を聞いてもいいでしょうか?」
「はい。一応ギルドを始める許可を取っておこうと思って」
冒険者ギルドを始めるためには冒険者に渡す登録票を創り出すための水晶が必要で、リファロがその気になれば天使や竜の能力を使いこの水晶を創り出せたので既存の冒険者ギルドの許可を取らなくても独自に冒険者ギルドを始める事は可能だった。
しかしアルベール魔王国内だけならともかく将来的に他の国でも活動する事を考えたら余計な火種を作るべきではないとリファロは考えた。
また『回答者』によるとクララス王国内でのギルドの腐敗を知らせれば天使たちはマッカランを処罰するために動くらしかったので、できるだけ早くレウグ聖峰を訪ねるべきだとリファロは考えていた。
しかしある事情からミルヒガナたち魔王の一族は天使に悪感情を持っており、リファロが天使と接触すると聞きミルヒガナは動揺を抑えられなかった。
「……お妃様、お気持ちは分かりますがもう三百年以上前の事です。ここはリファロ殿を信じましょう」
「ええ、……そうですね。失礼しました」
アルベール魔王国で政務を担当しているハーピィ、アンシューカになだめられてミルヒガナは多少落ち着きを取り戻し、そんなミルヒガナに断りリファロは部屋を後にした。
「リファロ殿!」
部屋を出た自分を一人追ってきたルドディスを前にしてリファロはおそらくレウグ聖峰訪問の件だろうと考えながら口を開いた。
「お妃様が僕が天使たちと会う事を嫌がる気持ちは分かりますけど僕にもやりたい事があるのでこればかりは信じてもらうしか無いです……」
さすがに口には出さなかったがアルベール魔王国を救ったのはリファロにとってギルドを始めるための前準備だったので、アルベール魔王国に気を遣い天使と会えないとなると本末転倒だった。
そしてこの問題はアルベール魔王国の魔族たちが自分を信じられるかどうかが全てだと考えていたのでリファロは今回も信じて欲しいと伝えるしかなく、そんなリファロにルドディスが伝えたのはレウグ聖峰訪問とは無関係の用件だった。
「はい。リファロ殿の事は信用しています。……リファロ殿がその気になれば天使などと手を組まなくても私たちなどどうにでもできるでしょうから。お呼び止めしたのはその件ではなく先程仰っていた犯罪の発生を知る事ができるという話です」
「……はあ」
先程の会話の中の全く予想していなかった部分に食いつかれてリファロは戸惑い、『回答者』を使うべきか一瞬迷ったリファロを前にルドディスは話を続けた。
「先程あてにしないで欲しいと言われたばかりでお恥ずかしい話ですが現在我が国では巡回や監視のための人手が足りず、街から少し離れた場所では犯罪が多発している状況です」
「なるほど、……僕にして欲しい事は何となく分かりましたけどいいんですか?あんまり僕の手を借り過ぎるとまずいんじゃ……」
先程のヒクリバク程面と向かってリファロに反発する者は少なかったが、人間のリファロがアルベール魔王国の首脳陣に取り入っていると感じて不快に思っている魔族は少なくなかった。
このためリファロはこれ以上自分がアルベール魔王国の統治に口を出さない方がいいと考えていたのだが、軽く『回答者』を使いアルベール魔王国の現状を知り表情を硬くした。
「先程仰っていた『回答者』という能力でご覧になった通りです。報告に上がってくる事件だけでも正直手に負えない状況でして……」
国の派遣した魔族が統率を取っている街の中はともかく、ルドディスの言った通り国の監視が届かない場所では魔族間での暴力が横行しており、これはルドディスが自分の手を借りたがるわけだと納得しながらリファロは筆と紙を取り出した。
とりあえずリファロはリキュアナ及び、リキュアナから魔導通信機で指示を出せる街の周囲で昨日行われた犯罪の内、死者や重傷者が出ているものを書き出し、二十数件の事件について加害者や被害者の名前に加えて場所や発生時刻まで詳細に書かれている紙を手渡されてルドディスは驚きの表情を浮かべていた。
「これは、……すごいですね」
「魔導通信機が行き渡って人手も用意できればまた違うんでしょうけどとりあえずはこんなところだと思います。……ギルドを本格的に始められればトリュゼッハさんたちの仕事を委託してもらうって形もありですけど」
アルベール魔王国の治安維持を司る組織の長を務めるリザードマンの名前をリファロが口にするとルドディスは少し考え込んでから口を開いた。
「そうですね。この件はトリュゼッハ殿と話し合ってみます。……申し訳ありませんが明日以降時間を作ってもらえませんか?」
「……今日と明日は天使のみなさんと色々やる事になると思うのであさっての昼二時にここの会議室でどうでしょうか?」
「……分かりました。そのつもりで準備をしておきます」
リファロが自分たちより天使との用件を優先した事にルドディスが何も思わなかったと言えば嘘になった。
しかし想像以上に速く詳しく情報を提供してくれた相手に不満を漏らすわけにもいかず、これだけの貢献を今後も行ってもらうとなると無償というわけにはいかないなと考えていたルドディスの前でリファロは話を続けた。
「明日もどこでどんな犯罪が起きたかは知らせるつもりなのでよろしくお願いします」
「分かりました。では私は部下たちに指示を出すのでこれで」
こう言って走り去ったルドディスを見送りながらリファロはさすがにこれ以上の仕事は冒険者も含めたギルドの用意を終えてからでないと無理だなと考え、トリュゼッハたちへの協力の対価はどの程度が相場なのか『回答者』による会議で調べながら『転移』を発動した。




