不穏因子
ルドディスにミルヒガナたちとの会談を打診するとすぐに許可が下り、リファロは翌日の昼にリキュアナの王城を訪れた。
リファロがハーピィの従者に案内されて王城の一室に入るとミルヒガナやルドディスといった見覚えがある魔族の他に初対面となる魔族も含めて二十人近い魔族が既に席に着いており、全員に頭を下げてからリファロは空いていた席に座った。
「今日はお忙しい中時間を作っていただきありがとうございます」
「ルドディスさんから話は聞いていますが何か大事な話があるそうですね」
「はい。僕の能力について一つ隠していた事をお伝えしたいと思います。アッキムの人たちにはもう伝えたので順番が逆になってすみません」
今のアルベール魔王国ではリファロの能力について詮索はもちろん話題に挙げる事すら避けられる傾向にあった。
このためリファロの方から能力の説明をしたいと言い出した事に室内の魔族たちは驚きや警戒の表情を浮かべ、そんな魔族たちを前にリファロは『回答者』の説明を始めた。
「僕は能力を『奉身者』以外にもう一つ持っていて僕はその能力で相手の考えている事を知る事ができます」
このリファロの告白の直後、室内は一瞬静まり返ったがすぐにリファロの告白の意味を理解した一部魔族たちの声で騒然となり、室内の魔族の半分以上がリファロに鋭い視線を向ける中、ミルヒガナがリファロに話しかけた。
「それは転移魔法の応用で私たちの話を聞いているという事ですか?」
リファロが規格外の転移魔法を使える事と魔導通信機の存在が知られるにつれ、魔族の間ではリファロが転移魔法による諜報行為を行っている可能性がささやかれるようになっていた。
しかし誇張抜きで自国の命運を握っている相手に隠れて諜報行為を行っているのではないかと聞くわけにもいかず、強化された『奉身者』の使用を通して『転移』を含む『奉身者』が無制限に使えるわけではないと魔族に知られるにつれてこの疑惑は薄れていった。
こういった事情からミルヒガナを含む一部の魔族は先程のリファロの告白にあまり驚かず、リファロもミルヒガナたち一部の魔族が自分の告白に驚かなかった理由を『回答者』で把握していた。
「いえ、僕は転移魔法で魔導通信機の真似をする事はできません。魔導通信機を使っての盗み聞きはアッキムでもまだ研究段階みたいですから」
「ではどうやって私たちの考えている事を?」
「実際にやってみるのでお妃様以外のみなさんも一から百までの好きな数字を思い浮かべて下さい」
リファロはミルヒガナの質問に直接答えずに『回答者』の実演をする事にし、戸惑いながらも室内の魔族全員がそれぞれ数字を思い浮かべた事を確認してから順番に魔族たちの思い浮かべた数字を当て始めた。
ミルヒガナたちに他の魔族の思い浮かべた数字を知る術は無かったがそれぞれの表情からリファロの告白に嘘が無かった事を悟り、室内の魔族の自分への警戒が強まる事を『回答者』を使うまでもなく悟りながらリファロは話を続けた。
「僕はこの『回答者』でどれだけ離れていても相手の考えている事が分かります。本当は隠しておくつもりだったんですけどアッキムの人たちがまだ僕の事を侮ってるみたいだったので今回ばらしました」
「……俺たちの考えも常に把握しているのか?」
『回答者』についての告白を受ける前からリファロの事を警戒していたオーガ、ヒクリバクが鋭い視線と共にこの質問を口にし、当然されると予想していたこの質問を受けてリファロは前もって考えていた例えで返した。
「僕が寝ている時は当然『回答者』は発動してません。で、アルベールのみなさんの考えを常に把握しているのかって事ですけどこれは無理です。『回答者』は僕一人で使ってるので。考えてみて下さい。目の前に何千枚も書類があるとしてそれに一度に目を通せますか?」
このリファロの説明を受けてほとんどの魔族が納得していない様子だったが、自分が今回の魔族たちの立場でも同じ反応を取るだろうと考えてリファロは気にせずに話を続けた。
「もちろん空いた時間を使ってここにいるみなさんの考えを知る事は可能です。……他の魔法と違って使ってるかどうかが見て分からないのでこればかりは信用してもらうしかありません。今回少しばらしましたけど『回答者』についてまだ全部は伝えていませんし、他の人の能力を使える理由も今のところ隠しておくつもりです。隠し事をしてるのに信用して欲しいというのはむしがいいと思うのでニードベルをもらう以外の条件は全部白紙に戻してもらって構いません」
「……今聞いた事をニードベルへの移住を希望している国民たちに伝えてもいいですか?」
「はい。アッキムの人たちにも言ったんですけどむしろ広めて欲しいぐらいですから。極端な話、誰も住んでないニードベルをもらっても文句は言いません」
追放されそうになった際、強気に出るための拠点さえあればリファロに文句は無く自分を警戒している魔族が数だけいても面倒なだけとすら考えていた。
そして自分だけが話してもしかたがないので魔族たちの反応を待とうと考えていたリファロに再びヒクリバクが鋭い視線を向けてきた。
「おい、今俺が何を言いたいのかも分かるのか?」
仮にも同盟相手に失礼な口調での会話を続けるヒクリバクをミルヒガナやルドディスがたしなめようとしたが、当のリファロに手で制されてミルヒガナたちは引き下がった。
「調べようと思えば調べられます。でも今の僕はアッキムの人たち以外は目の前の相手が僕に敵意を持ってるかどうか以上の事は調べないようにしてるので何か言いたい事があるならちゃんと話して下さい」
仮にも自分たちの王が人間に手だけで制止された上に自分まで人間の指示に従わされてヒクリバクは不快感を露わにしたが、ここで黙り込んでもしかたがなかったので渋々口を開いた。
「ニードベルを差し出すだけでいいという事はお前の能力の燃料代わりにお妃様たちが用意してる魔族は差し出さなくていいって事か?」
「はい。『回答者』の件とは関係無く今用意してもらってる三千人の魔族の件は断るつもりだったので」
強化された『奉身者』の使用への協力はアルベール魔王国が現状リファロに協力できる唯一の手段で、アッキム王国の兵士たちがアルベール魔王国から完全に撤退した後のリファロとの関わり方もミルヒガナたちは強化された『奉身者』の使用を前提に考えていた。
このためリファロから三千人の魔族の協力を断られてミルヒガナを始めとする多くの魔族たちが驚き、そんな魔族たちにリファロは三千人の魔族の用意を断った理由を説明した。
「いつでも『奉身者』に協力してくれる人たちがいるってすごく助かるんですけど、何日か前に確かめたら今用意してもらってる魔族のみなさんって全員が僕に協力したいわけじゃないみたいで……」
「……どういう意味でしょうか?」
「『奉身者』に協力するためには自分の意志で僕に協力したいと思ってないといけないんですけど今集まってるみなさん、必ずしも僕に協力したいと思ってるわけじゃないみたいで……。まあ、自主的に集まったわけじゃないからしょうがないんですけど」
アルベール魔王国の魔族の大半がリファロに感謝していたが全員が血や十二時間もの時間をいつでも捧げて構わないとまでは思っておらず、ミルヒガナたちが『奉身者』への協力にアルベール魔王国の全種族を参加させようとしている事も協力者の士気の低さの一因だった。
「……リファロ様がおっしゃるなら事実なのでしょう。……申し訳ありません。私はもちろん国民みながリファロ様に感謝はしているとは思うのですが……」
「はい。そこは疑ってませんので大丈夫です」
表情を硬くして立ち上がったミルヒガナに深々と頭を下げられ、あまりミルヒガナに頭を下げられても気まずかったのでリファロも慌てて立ち上がり気にしないように伝えたのだがこの二人のやり取りがヒクリバクには気に入らなかった。
「お妃様、俺たちのまとめ役がいつまで人間相手にぺこぺこするつもりだ!これじゃアッキムとかいう国に支配されるのと大差無いじゃないか!」
このヒクリバクの発言を受けて有力者なのは知っているがどうしてこのオーガを今回の会議に参加させたのかとリファロは表情にこそ出さなかったが呆れ、そんなリファロの見ている前でルドディスがヒクリバクに怒号を飛ばした。
「ヒクリバク、いい加減にしろ!我が国を救って下さったリファロ殿の前で何だ、その態度は!」
「その代わりにニードベルを差し出したんだから下手に出る必要は無いだろう!それに聞いたぞ?この男はその気になればもっと早く来れたのに他の場所でうまくいかなかったからこの国に来たんだろう?どこまで信用していいか……」
「ずいぶんとリファロ殿を信用しているんだな?そこまで言ってリファロ殿が我々を見限らないと思っているんだから!」
ルドディスとヒクリバクの口論は次第に激しさを増していき、一分程二人の口論が続いた後リファロは『裏世界』を創り出して二人だけを『裏世界』に送った。
『裏世界』の存在を知らない魔族たちはルドディスとヒクリバクだけがリファロの手でどこかで転移させられてた誤解し、『裏世界』に送られた二人も自分たち以外の出席者が突然姿を消した事を受けて黙り込んだ。
そして五秒程経ってからリファロは二人をこちらの世界に戻し、表情を硬くしていたルドディスに話しかけた。
「ルドディスさん、僕別にヒクリバクさんの言った事を気にしていないのでそんなに怒らないで下さい」
「しかし……」
「アッキムに攻め込まれてる時に何もできなかった人が威張れるようになったのはこの国が平和になったって事なので悪い事ではないと思うので」
「貴様……」
さすがに今回のヒクリバクの態度は失礼の域を超えていると考えてリファロはヒクリバクにあえて皮肉を言ったので、ヒクリバクに怒りの形相を向けられても特に動じず話を続けた。
「お妃様にも僕にも失礼な態度取っておいて何に怒ってるんですか?」
今のアルベール魔王国はミルヒガナたち魔王の一族が統治しているが、数が少ない魔王の一族が頂点にいる事に不満を持っている魔族が国民の二割程いる。
魔王の一族への不満が今回のアッキム王国の侵攻を防げなかった事で強くなっており、比較的アッキム王国の被害を受けていないアルベール魔王国南部ではこの傾向が強い。
ヒクリバクはアルベール魔王国南部に大きな影響力を持っている。
こうした事情を『回答者』で把握していたリファロはここで自分がヒクリバク相手に引くとミルヒガナたちの今後の統治に支障が出ると考え、そんなリファロに冷めた視線を向けられてヒクリバクは声を荒げながら席を立った。
「後は勝手にすればいい!精々人間相手に媚を売っていろ!」
こう言ってヒクリバクは部屋を後にしようとしたが、リファロはヒクリバクに伝えておきたい事があったのでヒクリバクを再び『裏世界』に送った。
「何のつもりだ?」
再び『裏世界』で数秒放置された後、こちらの世界に戻されたヒクリバクは今にも襲い掛かりそうな表情をリファロに向け、そんなヒクリバクにリファロは自分の考えを伝えた。
「余計なお世話かと思ったんですけど実際に会ったらあなたが思ったより血の気が多い人だったんで一つ言っておきます。一年もしない内にこの国中に魔導装甲が普及すると思います。使えばエルフの子どもでもあなたたちオーガに力で勝てる道具が、です。……言ってる意味分かりますよね?」
戦争終結前にリファロに敗れて撤退したベイガンとオーバスが率いていた部隊は食料や普通の武器の他に魔導通信機と魔導装甲も残して撤退し、この内の一部はリファロが譲り受けたが大半はアルベール魔王国の物となった。
魔族の中にはアッキム王国の侵略の象徴の一つ、魔導装甲の利用に難色を示す者が今でもいたが各地の復興作業でその有用性は徐々に知られ始め、高い技術を持つドワーフなどによるハーピィやラミア用の改造も始められていた。
そして魔導装甲が普及する事で相対的に種族としての有用性が下がる種族が腕力が特長のオーガで、各地のオーガたちが戦争中に魔導装甲に負けた以上、ヒクリバクも魔導装甲の名前を出されて虚勢を張る事もできなかった。
しかし各種族の代表が多く集まっている場所で人間に言い負かされたままで帰っては同族に合わせる顔が無いとヒクリバクは考えて何とかリファロに反論した。
「……俺たちを力だけが取り柄の種族だと言いたいわけだな?」
「いえ、そんな事は一言も言ってません。アルベール魔王国全体が変わっていく時に自分たちは協調性が無いってわざわざ知らせるのは止めた方がいいって言ってるだけです」
ヒクリバクが所属するアルベール魔王国南部の勢力は魔王の一族に反感を持っている勢力の中でも過激派で、今回の戦争とその終結を好機と捉えて独立の声すら内部で上がっていた。
もし再びアッキム王国との戦争が起きてもどうせ矢面に立つのは北部の魔族という身勝手な考えがヒクリバクが所属する勢力の考えの前提で、こうした事情を『回答者』で把握していたリファロは今回ヒクリバクに釘を指す事を事前に決めていた。
そしてリファロがヒクリバクに強気に出た今を好機と捉えてミルヒガナも口を開いた。
「ヒクリバクさん、私たちとしても事を荒立てたくはありませんが独立が自分たちだけの特権だとは思わないで下さい」
このミルヒガナの発言を受けてヒクリバクは戦争前は夫の陰に隠れていただけの女が調子に乗りやがってと歯噛みしたが、自分たちがアルベール魔王国から排除される可能性に言及されては何も言い返せずミルヒガナとリファロを一度ずつにらみつけてから部屋を後にした。




