第80話 入京Ⅰ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております。また、誤字脱字の確認も不十分です。以上、ご了承ください。
◎山城国・京近郊 楠木正顕
1563年 1月中旬
昨年末、足利と一色の件について仔細を帝へ報告し、報復としての朝敵指定について上奏した件では、娘の門出を利用する形で楠木への侵攻を画策し、実行した二家に対して、強い憤りを覚える帝自身の強い希望もあって、征夷大将軍の官位剥奪も含め即日決定、発布され、全国の関係各所、一般の民を含む津々浦々にまで伝達された。
これにより足利家は南北朝時代に南朝から足利尊氏が朝敵とされて以来、二度目の朝敵指定とされた。更に朝敵の家門に将軍位は相応しくないとして、征夷大将軍の位を始め、足利家が任命されていた全ての官位の剥奪が同様に発布され、ここに室町幕府は終焉を迎える事となった。尊氏の頃は敵対していた南朝からの朝敵指定であった為、北朝が勝利した際に朝敵指定は無き物となったが、将軍位を含むすべての官位を剥奪され、朝廷も一つである此度はそうはいかないだろう。
この足利家が朝敵指定された事と、征夷大将軍の位を含むすべての官位の剥奪は、全国各地に波紋を呼んだ。特に足利元将軍家以外の他の足利家は完全に寝耳に水の出来事であり、真偽の確認に奔走した。そしてそれが事実である事が分かると、要らぬ事をして帝の怒りを買った義輝に対して、罵詈雑言の書かれた絶縁状を送り付けた。
因みに一色家も足利家同様、朝敵指定された上で、全ての官位が剥奪されている。
そして現在、俺は織田の義兄上とこの発布を待った上で連携して侵攻軍を起こし、それぞれ京のある山城国と美濃国へ進軍を開始した。因みに楠木は将軍家への報復と、帝より賜った安天下の詔を大義名分としている。
この京の近郊にまで進軍して来た我が軍は総勢三万五千に上り、詔をもつ正に皇軍と言うべき状況である事も相まって、士気は最高潮に達している。更に大和国では一益(滝川一益)が筒井家の楠木家への従属を機に三好の松永を大和国より駆逐する勢いで進軍している。
また別の戦場では具房(北畠具房)が初陣の具藤(北畠具藤)を連れて晴具殿(北畠晴具)が補佐する形で、具政(木造具政)の軍と共に、志摩国を統一した九鬼水軍の支援を受けて紀伊国へ侵入し、徐々に紀伊国の奥地へと進軍をしている。
更に攻め込んでいる訳では無いが、特殊な状況下にある伊賀国に関しては諜報を生業とする小勢力が乱立する状況になっており、諜報部主導で各地の勢力の取り込みに力を入れている。
このように月夜見を含む諜報部に所属する者達から、各地の情報が各地の諜報責任者を経由して精度の高い情報が上がって来ているが、現時点ではどの現場も順調に状況が推移しているようだ。
それから京の都の状況を見に走らせた物見の報告では、元公方の義輝は取り巻きと共に京を逃げ出し、大坂の方に向かったようだ。身柄を押さえられなかった事は残念だが、仮に逃げ果せたとして朝敵の元将軍を受け入れてくれる勢力はあるのかな?
また、京を支配していた三好勢だが、京の都より撤収し、今は長慶(三好長慶)が居城としている飯盛山城まで引いているらしい。
「よし、全軍に通達。これより京の都へと進軍を開始するが、兵は私の率いる本隊の五千のみで良い。残りの三万は都を抜け山城国各地の主要拠点を確保し、山城国を完全に支配下に置け。指揮は十兵衛に任せる。半兵衛を副将に付ける故、三好に睨みを利かせつつ、各将と協力し早急に山城国を平定せよ。」
こうして我らは軍を二手に分け、俺は本隊五千と共に京の都へ入場する事になった。
◎河内国・飯盛山城 三好長慶
1563年 1月中旬
「申し上げます、楠木軍は京の都を支配下に置いた後、五千の兵を残し残りの兵三万を山城国各地に派遣し、山城の完全平定に向けて動いておる由。現時点では我らが飯盛山城に向け進軍して来る兆しは御座いません。」
「報告ご苦労、下がれ。」
「実休、どう見る?」
「そうですな、現在は山城国を押さえる事に注力しておるようですが、いずれは攻め寄せて来る物と思われますな。」
「そうであろうな…しかし手強いな、この御仁は…まだ十八になったばかりとは到底信じられん。お伊勢様の神子と言う肩書と民を慈しむその姿からは想像出来んほど、用意周到に裏の手口をも使って来る。恐らく昨今流れていた将軍家に対する様々な噂も出所は…。」
「ええ、まず間違いなく。月夜見と言う者らを中心に、直属の暗部を抱えておるようですからな。裏と表を巧みに使い分け、清濁併せ呑む人物とは…あまり敵対したくはないですな。」
そう言って実休は肩を窄めてお道化て見せる。
「かと言って畿内から完全に撤退するのか?大和では久秀も押されておるようだし、我らは四国が本領故、それも可能ではあるが…。」
そうして実休と意見交換しておると、小姓が部屋の前で跪き、頭を下げて言葉を発する。
「報告します。たった今城門前に公方様…失礼しました、足利義輝公が供回りの方々と共にいらっしゃいました。」
「はぁ…そうか。面倒な事になったものよ。実休如何する?義輝公を抱え込むのは大きな危険を孕む事になるぞ?楠木と足利は南北朝の時代よりの不倶戴天の敵ゆえにな。」
「そうですな。本音を申せば我らに彼の御仁を匿う謂れはありませんな。我らと足利は楠木ほどではありませんが、敵対関係にありましたから。」
「良かろう、義輝公にはその旨を話し、立ち去って頂こう。」
そして我ら二人は城門前で待つ義輝公の元を訪れ、朝敵となり将軍位も剥奪された御方を匿うことは出来ない旨をお伝えした。そうして幾らかの路銀をお渡しして立ち去って頂いた。
しかしこの時の我らはこの元将軍の事を甘く見ていた事を、後になって思い知る事になる。




