第79話 天王丸
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております。また、誤字脱字の確認も不十分です。以上、ご了承ください。
◎近江国・近江八幡城 楠木正顕
1562年 12月中旬
年の瀬も押し迫り、来月に京への侵攻を控えたこの日、半兵衛(竹中重治)に十兵衛(明智光秀)の両兵衛を呼んで侵攻作戦について打ち合わせをしていた時、市が産気づいたと報せを受けた。
当然の事ながらこの日の予定は全てキャンセルし、自室にて待機する事にした。
そして俺の部屋にはいつの間にか、父上に母上、お爺に八重、春に月夜、アマテラスまで集まり、嫡男の誕生を今か今かと待ち侘びている。
「正顕殿、少し落ち着いたらどうですか?」
『千の言う通りです。私も付いているのですから、問題が起こるはずがありませんよ?』
母上の言われる事も、アマテラスの言う事も分かる。更にスキルのお陰もあり、母子ともに問題ないのは判ってはいるのだが、その事と落ち着けるかどうかは別問題なのだ。前世も含めて今世で初めて妻を持ち、此度が当然、初めての子供を設ける。初めて尽くしであり、市自身も初産である事もあって、気持ちでは分かっていても、逸る気持ちを抑える事が出来ない。
「御前が生まれる時の親父と同じだな。親父もお前が生まれる迄、ずっと俺の目の前を行ったり来たりしてたぞ。」
茶を啜りながら父上がお爺様を横目で見てニヤケている。
「煩いわい。儂はお前のように薄情ではないからの。正顕も儂のように心根が優しい故、落ち着かないのであろう。」
お爺様が顎に手を当てながら頷いている。そしてその様子を見ながら、父上が呆れたように顔を左右に振っている。
「そう言えば正顕様、子供の名前は決めているの?」
「あぁ、俺の幼名と同じ【天王丸】と名付ける。」
春の問い掛けに即答する。
「うむうむ、それは良い考えじゃ。孫のお前のように立派な男に育つであろう。」
そんな感じで時が過ぎ15時を回った辺りで隣の市の部屋の方から元気な赤子の声が響いて来た。その瞬間、俺は部屋を飛び出し、市の元へ駆ける。すると部屋の前で女房衆が俺の入室を拒む。
「殿、血で穢れますので、これ以上はなりません。」
「む?!(そうか、この時代はこれがあった。死や流血、出産などに関わるものを忌み嫌い、不浄とする日本古来の宗教観(神道や仏教の混淆)だ。人を殺傷する武士自身が血や死に常に塗れている癖に、同時にそれらを強い「穢れ」として恐れ、遠ざけるという矛盾した価値観…、穢れなど無いと否定するのは簡単だが、さて…)」
『大丈夫です。私がいる限り、穢れなど存在しません。それに、命が産まれると言うこの瞬間は聖なる事ではあっても、穢れである事など断じてありえません。』
俺の気持ちを代弁するように、アマテラスが俺以外の者に対して言い聞かせる。因みにアマテラスやアルテナは度々この城に顕現している為、城に勤める者らは彼女らが真の女神であると認識している。
アマテラスの執り成しにより女房衆の壁を突破し、俺とアマテラスの二人で部屋の中に入り、市の傍に座る。
「市!」
「旦那様…このような場所に来られては…穢れが…。」
「お伊勢様と一緒故、大丈夫だ。穢れなど無い。」
「そう…なのですね…良かった…。」
そんな市の傍らでは産まれたばかりの赤子である天王丸が産湯で洗われ、そして絹の衣に包まれて寝かされた。その顔は皺くちゃで、傍目に見れば猿のようで可愛いとは言えないが、前世も含めて初めての子供と言う事もあり、愛おしさが込み上げて来る。
「市、良くやった。この子には俺の幼名である天王丸の名を与える。今は天王丸と共にゆっくりと休んで体を癒せ。」
そして後ろを振り向くと、いつの間にか皆部屋へと入って来ており、天王丸の事をのぞき込んでいる。俺が部屋を出るように促すが中々離れようとしない。
「皆、さっさと部屋を出るぞ!今は市と天王丸を休ませるんだ!」
少し強めに言葉を発し、言葉の中に僅かに威圧を込めると、皆は体をビクリと震わせ、スゴスゴとその場を離れる。俺も皆に続くように部屋を後にし、織田家への文を認める為に自室の書斎部屋へと向かった。
◎尾張国・ 織田信長
1562年 12月下旬
二年前、義元の上洛軍を正顕と共に打ち破り、逆に三河の地を奪い取った俺は、後方の憂いが無くなった事で尾張の完全統一を決意。朝廷から尾張守の官職を頂いていた事もあり、昨年の田植えが終わった時期を見て犬山城の信清(織田信清)へ降伏の使者を遣わした。しかし信清はこれを拒否をしてきた為、兵を差し向け犬山城を攻め落とした。しかし信清の身柄を押さえる事が叶わず、逃亡を許してしまった。
しかし嫁いでいた姉の猫と娘は城内に置き去りにされており、保護する事が出来たのは不幸中の幸いであった。信清めを取り逃がした事は痛恨の極みではあるが、これにて完全に尾張の統一を成すことが叶った。
これで織田弾正忠家は尾張と三河の二ヶ国を有する事となり、名目上の石高は80万石を超えた。次は義父である道三殿の仇である一色家の治める美濃が標的となる訳だが、どのようにして美濃を切り取るかが問題となる。
美濃は尾張と同様、平野が多く米も多く取れ豊かな国である。そしてそれは多くの兵を養える事と同義であり、そのような美濃を治める一色は、油断して良い相手では決してない。
そんな事を考えながら帰蝶の部屋で共に火鉢にあたっておると、正顕からの文が届いた。市からの文は頻繁に届くため珍しくないが、正顕は文を数えるほどしか寄越さないので、何事かと思い文を読み進める。
「帰蝶、市が男を産んだそうだ。そして名を天王丸としたそうだ。」
「そうですか?!それは良うございました。それで於市さんのご様子はどうなのですか?」
「市の方も産後の肥立ちも良く、日々良うなっておるとの事で心配はない様だぞ?何にしてもこれにて織田と楠木の結び付きもより強くなった。」
嬉しき報せに自然と頬も緩む。続けて文の内容に目を通していくと、一昨年の義元の上洛の件と春先に一色が近江へと攻め寄せた件の顛末ついて裏の事情も含め綴られていた。
「成程…そのような裏があったとは、公方様も良くやられる事よ。しかし、事情が分かったからには、黙っている訳にも…ふふふふ。」
「殿?」
「ふははははは!成程、成程…正顕め、恐ろしい事を考え付くものよ!」
「如何されましたか?!」
「春先に楠木へ春齢女王の降嫁があったであろう?」
「はい。大変驚いたのでよく覚えております。」
「その降嫁の儀の折に龍興が近江へと攻め寄せ、降嫁の儀を汚し、朝廷の…延いては帝の顔に泥を塗った。」
「そうですね、馬鹿な事をする物だと呆れた物です。」
「その背後には公方が暗躍しておったそうだ。先の今川上洛の件も含めてな。」
「え?!」
帰蝶の顔が驚愕に染まり、美濃丸をあやしていた手が止まる。
「ここからが彼奴の恐ろしい所だ。正顕が言うにはその報復として、側室の春殿を通じて帝へ事の詳細を報告、その上でこのまま放置しては帝の威光が失墜するとして、将軍家を含む足利家と実行役の一色家を朝敵へと指定するよう上奏したそうだ。」
「朝…敵…ですか?」
「そうだ、そしてそれは十中八九、認められるだろう。帝も真相を知ったからには、父として報復せざるを得まい。そして正顕曰く「これで美濃の国人、豪族、直臣を含め調略し放題ですよ?」との事だ。」
確かに朝敵指定された場合、そんな家に仕えるなど余ほどの忠臣でもない限り、あり得ない事だろう。そしてその事を利用すれば、美濃の切り崩しは容易に行える事を意味する。全く、そんな義弟を進んで敵に回し、勝てると思っているとは、公方も龍興も愚かなものよ。




