第72話 今川の上洛・その後Ⅲ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております。また、誤字脱字の確認も不十分です。以上、ご了承ください。
◎山城国・二条御所 三淵藤英
1560年 7月上旬
「それは真の話か?!」
二条御所にて最近では足利将軍家の新たなお家芸となりつつある、上様による癇癪芸が現在進行形にてにて執り行われておる。観客は上様の取り巻き甲乙丙、そして哀れな生贄こと三渕藤英、私である。
「何故そのような事になったのじゃ?!」
(そのような事、私に聞かれても困ると言うもの。)
「聞いておるのか、藤英?!」
(残念ながら聞こえておりますよ、上様。聞きたくはありませぬがね…。)
「今川の上洛軍が壊滅し、義元殿が討死とは在り得ぬわ!!」
(在り得ぬと言われても、事実でありますよ?大体上様が今川様にお願いなさったが故に、起こった事では無いのですか?)
そう、此度の今川義元公の軍を率いての上洛は、上様たっての希望で実現した事であり、昨今幅を利かせている楠木殿を討ち取る事が本来の目的であったのだ。そして楠木征討を完遂した威勢をかって、三好に対しても状況を有利に持って行こうと言う思惑があった。しかし、上様の期待を一身に受けた上洛軍は所領を出る事さえ叶わず、織田・楠木連合軍によって、完膚なきまでに潰された。
此度の上様主演の舞台の主題はその今川上洛軍壊滅についてとなっており、いつも以上に気合の入った上様迫真の演技が、観る者すべてを引き付けて已まない。
そんな魅惑的な上様の舞台を目で追いながら、頭の中では別の事を考えていた。
と言うのも、最近は秘密裏に与一郎(細川藤孝)より頻繁に文が届いており、様々な情報のやり取りを行っている。それ故に当然楠木家への仕官が叶った事、件の今川勢との戦に将として参加していた事など知らせて来ておる。更には私へ熱心な仕官の誘いなど送っても来ている。
与一郎曰く、楠木家での待遇は将軍家とは比べるべくも無く、嫌味を言われる事も無く、謂れのない誹謗中傷などは当然ながら皆無であるとの事。本当に羨ましい限りである。
更に主である楠木様の事を神の如き力をお持ちの御方であり、真に民の事を慈しんでおられる名君であると手放しで褒めちぎっており、その凄まじい内容は呆れを通り越して恐ろしい程である。
(まぁ、何にしても与一郎が満足してお仕え出来ておるのであれば良いのだが…はぁ…まったく…いつまで続くんだ?この舞台は…。)
与一郎からの手紙の内容を思い返しながら、今の自分の状況と比較してその余りの違いに、実際に頭が痛くなってきた私は、そろそろ身の振り方を考えねばな…という事を真剣に思い始めていた。
◎駿河国・駿府館 今川氏真
1560年 7月上旬
父上自身が率いた上洛軍は今川の所領を一歩も出る事無く、織田・楠木連合軍の前に壊滅し、多くの重臣、家臣らと共に父上もお討死された。当初は様々な報せが錯綜しており、僅かな希望を持ってこの数日を過ごしていた。
しかし、この僅かな希望は備中と丹波が、父上の首級を携えて帰還して来た事で脆くも崩れ去り、私の心を絶望の淵へと落とした。
父上の首級は元康の家臣によって討たれた際に持ち去られたが、丹波が織田上総ノ介と交渉し、三河国からの今川完全撤退を条件に取り戻したようだ。また、父上の玉体については腐敗が激しく、今川所縁の大聖寺の住職に託して来たとのこと。
この二つの事柄について備中も丹波も勝手に決めてしまった事、父上の玉体を駿府まで持ち帰れなかった事を詫びていたが、私は二人を責める事はせず、逆に二人の忠義に対して多大なる謝意を示した。
しかし、返す返すも許せぬのは元康めの事だ。共に雪斎禅師に学んだ同門であり、父上より関口の娘を娶せられ、親族衆として遇されていたにも拘らず、この今川を裏切り、剰え父上を討ち取ると言う大業をなした。
この所業は絶対に許すことは出来ぬ。
ただ、父上討死の報は瞬く間に国内外を駆け巡り、特に国内各所では影響が顕著に出始めている。特に三河との国境近くでは織田への寝返りが始まっており、早々に統制を取り戻さねば、今川は滅亡に向かって突き進むことになる。
まずは国内の統制を取り戻すため、また、今川家が健在である事を示す意味でも、父上の葬儀を盛大に執り行わねばならぬ。それにより国内外に向け今川の力を示す。
それでも怪しい動きをする者どもは今川の名において、見せしめの意味も込めて粛清をする事も厭わない。
「彦五郎(今川氏真)殿、これからの動き一つ一つが今川の命運を握るとお思いなされ。」
「はい、分かっております。」
お婆様(寿桂尼)のお言葉に、身の引き締まる思いがする。父上の身罷られたこの今川家において、お婆様のお言葉は決して軽い物では無い。
「まずは、父上のご葬儀を大々的に執り行い、国内外に対して今川が健在である事を示そうと思います。」
「そうですね、それで良いでしょう。更に武田家と北条家に対して、同盟継続の確認を行いましょう。北条家に対しては早川殿の書状を添え、武田家に対しては松(嶺松院)への書状を添えて協力を頼みましょう。」
「分かりましたお婆様。そのように手配いたします。」
正直なところ、不安な事は多々あるが、これからは私が今川家の当主なのだ。非才の身ではあるが、歴史あるこの今川家を私の代で途絶えさせる事はしてはならない。故に凡才は凡才らしく、一歩ずつ着実に進んで行く事にしよう。




