第71話 今川の上洛・その後Ⅱ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております。また、誤字脱字の確認も不十分です。以上、ご了承ください。
◎越後国・春日山城 長尾景虎
1560年 7月上旬
日課である毘沙門天への祈りの儀を行なった後、書斎に戻り塩をあてに伊勢から取り寄せた清酒を飲んでおると、宇駿(宇佐美定満)が段蔵(加藤段蔵)を従えて部屋にやって来た。
「段蔵が戻ったと言う事は、今川の件だな?」
「はい、今川の上洛軍およそ二万五千が京に向け行軍しておりましたが、織田・楠木連合軍と三河国小豆坂にて戦端が開かれ、今川勢は壊滅、指揮を執っていた今川義元も討死致しました。」
「仔細を申せ。」
「はっ。」
今川が上洛軍を起こし、駿河を立ったと報せを聞いた辺りから段蔵に状況を探らせ、仔細を持ち帰る様にと指示を出していた。
それから段蔵は見聞きしたことを詳細に話し、私情や予想は挟まない。完璧な報告と言えた。
「しかし、街道一の弓取りと称された今川義元が指揮する上洛軍が、半日と持たないとは…強いな。」
「そうですな。連合軍が強いと言う訳では無く、飽くまでも楠木勢が…ですな。」
「ふむ、そうだな…しかし、なぜここまで圧倒的なのだ?何が違う?段蔵、気が付いた事は無いか?」
「はい、某の私見であれば…」
「構わない。」
戦場を見ていない我ら二人の予想よりも、実際に見て感じた段蔵の意見の方が信憑性という意味では信頼出来よう。
「これは飽くまでも某が探った情報と私見による所になりますが、楠木は早くより兵農分離を推し進め、楠木の兵の殆どは常備兵、所謂専業兵です。故に士気も高く練度に至っては農民兵と比べるべくもありません。そしてさらに豊富な資金力を生かして装備開発を行い、一人一人の戦力も侮れません。」
「ふむ…しかしそれだけではこのような結果にはなるまい。」
「はい、楠木勢最大の強みは忠誠心と信仰心です。」
「忠誠心は分かるが信仰心とは?」
「ここからは某の考えになりますが、楠木様はお伊勢様の神子として楠木領内では知らぬ者はおりません。そして実際にそのお力によって民をあらゆる天災から庇護し、大いなる実りを領民へ齎し続けています。更に生まれによって民を差別する事なく、河原者相手でも対等に接しておられます。故に楠木様は民から現人神として敬われ、現在では密かに信仰の対象とされつつあります。そして常備兵の殆どは農家や商家等の次男、三男、それ以降の者であり、最底辺の河原者たちです。」
「それは分かったが、それがなぜ強いに繋がるのだ?」
「御実城様にお伺いします。一向門徒は手強いですか?」
「あぁ、恐ろしく手強いな。下手な大名家を相手にするより、余ほど恐ろしい…ん?…なるほど、そういう事か。楠木の兵は一向門徒が如き信仰心を楠木殿に対して抱いていると言う事か?」
「目に見えぬ御仏では無く、現存する現人神である分、その信仰心は一向門徒以上かもしれません。そのような者らが最新装備に身を包み、訓練を積み重ねているのです。その精強さは一向門徒以上と言えるでしょう。」
「それは、相手にしたくありませぬな…命が幾つあっても足りませぬ。」
「あぁそうよな…そのような軍勢を相手にせねばならなかったとは、義元も運がない。まぁ何にしてもこれで三国同盟の一角に亀裂が入ったと言えるだろう。宇駿、関東へ出兵をする。この好機を逃さず、氏康めを討伐する。管領様にもお伝えせよ。」
「ははあ!」
この景虎の関東侵攻により北条領の多くは乱暴取り等により荒廃し、多くの民が奴隷として攫われ、または餓死する事になる。そしてその事を知った正顕が景虎に対して激怒する事になるのだが、それはまた別の話となる。
◎甲斐国・躑躅ヶ崎館 武田信玄
1560年 7月上旬
「勘助(山本道鬼)、巨星堕つ…義元が死におった。」
儂の発言を聞いて勘助の口の端が僅かに上がる。
「そうですな、後は時機を見て駿河を奪うのみに御座います。そうすれば念願の海が手に入りまする。」
勘助の申す通り駿河を我が物に出来れば海を、そして塩を手にする事が出来る。さらに海を使って他国と交易をする事も出来よう。そうすればこの貧しく呪われた甲斐の地を僅かでも豊かに出来るやもしれぬ。
この甲斐の地は呪われておる。作物は育ち難く、実りは少ない。故に外に侵攻し、他人の富を奪わねば生きては行けぬ。更にこの地には積聚の脹満と呼ばれる腹の膨れる原因不明の病が蔓延り、農民、武将を問わず命を落とす。正に呪いの地と言えるであろう。
故に儂はあらゆる手練手管を使い、他国の領土を奪い、そこにある富や人を奪い取ってきた。そこに野心が無かったと言えば噓になるが、儂の根源にあるのは、この甲斐の地を少しでも良くしたいと言う思いだった。
「何とか氏康に邪魔されぬように動かねばならぬ。まずは北信を制し、飛騨をも手に入れよう。そうすれば、駿河を攻め取るまで、息を吐く事も出来よう。」
「しかし、北信に侵攻すれば越後の長尾が出てきましょう。」
「あぁ、間違いなくな。これまでも三度に渡って立ち塞がって来た故、出て来るであろう。しかしそれでも我らは他国への領土拡張を止める訳には行かぬ。我ら甲斐の者は他国への外征を止めた時点で、立ち行かなくなる。」
解っているのだ。儂の行動は大きな矛盾を孕んでいる事を。甲斐を良くする為にと言いながら、戦費の捻出のために多くの税を徴収し、民を苦しめている。戦の度に多くの兵を徴兵し、戦地に送り出している。
しかし儂にはこれ以外に甲斐を護る方法を知らぬ。武田を、甲斐を護るためには他者を追い落とし、喰らい尽くさねば生き残ることは出来ぬ。儂のこの思いや考え方は甲斐に産まれ、生きて来た者にしか解かり得ぬであろう。




