第66話 今川の上洛Ⅰ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております、ご了承ください。
◎伊勢国・楠城~願証寺 楠木正顕
1560年 6月上旬
幻斎から今川が上洛軍を起こし、本軍が駿府館を立った旨の知らせが舞い込んだ。
今川の上洛自体は歴史から予想していた事もあって、俺としては大きな動揺は無い。また、今川が上洛軍を起こすに当たって兵糧や武具を買い集めているとの情報も伝次郎から齎されていた事もあって、評定衆の面々にも焦りは見られない。
また、義兄上(織田信長)とも緊密に連絡を取り合っていた事で準備は万端整っていた。ただ予想外だったのは、今川の上洛軍に呼応する形で美濃の一色義龍が近江国境に向けて軍を進め始めた事だった。
「父上、これは明らかに今川と連携しておりますな。」
「そうであろうな。恐らく信長殿と我らの連携をさせまいとする策で在ろうよ。」
「そうですね、今川の上洛軍がおよそ二万五千、近江国境に迫る一色軍がおよそ八千、そして織田の軍勢が五千、我らの防備の兵を除いた動かせる兵数が三万一千です。一色が動かなければ、兵力差を生かして今川を潰してやったのですが、現時点で浅井を含め近江の兵は防衛の為うごかせない故、送れる援軍は二万一千に減ります。」
「そこは仕方あるまい、それでも僅かに我らの兵数が多い故、互角以上の戦いは出来よう。」
「と言う事で父上、義兄上への援軍は俺が行きますので、一色への対応をお願いしても宜しいでしょうか?」
「うむ分かった。しかし替わりに十兵衛(明智光秀)を副官として借り受けるぞ?」
「分かりました、十兵衛には連絡をしておきましょう。お分かりかと思いますが、防衛に徹してくださいね。態々攻め入って被害を受ける必要はありませんから。」
「分かっておるわ!まだまだ戦で若い者に負けるつもりなど無いわ。安心して今川を捻って来い!」
そう言うと父上は支度の為に部屋へと戻って行った。斯く言う俺も自身の支度の為部屋に戻ると市が支度を手伝う為に待っていた。
因みに、市の侍女を務めていた茜は先月の頭に正輝(神宮司正輝)と祝言を上げ、正輝の所領である近江の西、京との国境近くにある瀬田城へと旅立って行った。その為、現在の市の侍女は護衛の任も兼ねて月夜見の者で幻斎の娘でもある、月夜が務めている。年齢は十六で俺の一つ上となる。
また別件になるが、堺より戻ってより数日後、幻斎を長とする形で情報部を独立させ、さらに正式に北伊勢と近江の国境の地の一部の五千石を月夜見の領地として与えた。
閑話休題、市と月夜を中心に俺の身支度を始める。通常は戦ともなれば、鎧兜を身に着けて出陣するのだが、俺にはそのような物は必要ない為、戦装束として特別な物は身に着けてはいない。強いて挙げるなら、楠木の家紋である【菊水】とお伊勢様の神紋である【花菱】を左右であしらった派手目の肩衣を着る事ぐらいだ。
後は腰の物として普段使いの魔刀神殂を持てば準備はすべて完了だ。
「市、それでは行って参る。」
「旦那様、ご無事のお帰りをお待ちしております。また、実家の事…可能な限りで構いませんので宜しくお願いします。」
「ふっ、大丈夫だ。市の親兄弟は俺の家族でもある…守ってみせるよ。」
「ワン!」「ワフウ」
「はっはっはっ!大和に小雪、後の事は任せた。皆を守ってやってくれ。」
身支度を済ませた俺は皆に見送られながら楠城を立った。
ここで楠木軍の陣容を説明すると本隊は八千で俺が指揮を執り、副将に宮部継潤、護衛として卜伝(塚原卜伝)と長親(河田長親)、そして部隊長に又左(前田利家)と虎高(藤堂虎高)と与一郎(細川藤孝)として夫々《それぞれ》に兵三千を任せた。そして残りの四千は北伊勢の従属勢力の兵で盛邦(村田盛邦)義兄上に取り纏めて貰っている。これにて総勢二万一千の本軍となり、尾張に向けて進軍を続けている。
楠を出立したのが正午過ぎ(UIで確認済み)だったので、清州に着くのは明日の昼過ぎから夕刻に掛けての予定になる。これは伊勢国内の道の整備状況が良い為であり、通常はもっと時間が掛かると思われる。
この日は尾張の手前、桑名郡まで進み、願証寺にて宿の提供を受けた。やはり顕如殿との邂逅の件は文にて報せを受けていたそうで、証恵殿の対応も一段と丁寧な物になっていた。
そしてその日の深夜、願証寺の宿泊部屋で幻斎との密談に興じていた。
「それで如何であった?」
「何とか主君の説得も上手く行ったそうで、我らとの戦の際には『合図を頂ければ寝返る。』だそうです。また約定の通り、人質の救出と10万石の所領の件を良しなにとの事でした。」
「そうか!では手筈通り人質の救出を頼む。」
「畏まりました。駿府の拠点の一つを放棄する事になりますが、間違いなく成功する事でしょう。」
数年前から準備していた事でもあるので、成功して貰わねば困るのだが、どちらにしてもここからは幻斎を信用して託す外ない。
「それ以外の工作はどうだ?」
「はい、まず若殿が押されていた井伊家ですが、残念ながら一笑に付されました。それ以外の有力国衆らも流石は今川と言うべきか、同様に断られました。」
「まぁ仕方あるまい。街道一の弓取り殿が敗れる事など、考えにも及ばないのであろう。現時点で最低限の人材の確保が叶いそう故、良しとしよう。」
それから暫くの間、幻斎と細かな報告や新たな調略等の指示などの詰めを行った後、明日の出立に備えて眠りについた。




