第65話 参内・その後Ⅲ
※ 現在執筆の時間を余り取れない為、投稿を優先して話が短くなっております、ご了承ください。
◎和泉国・堺 楠木正顕
1560年 3月上旬
ようやく目的地の堺に到着した。ここで湊屋と落ち合う予定になっている。この堺と言う町は環濠に囲まれた所謂、城塞都市としての一面も併せ持ち、自治都市として豪商の集まりである会合衆によって運営されている。
また九州の博多や平戸、長崎と並んで南蛮貿易の拠点として栄えている。
と言う事で、ここ堺には明に朝鮮、そして南蛮の商人と思われる者たちが闊歩している。特に南蛮人は俺の領地では簡単に入国出来ない事もあって、今世では初めて目にする。そして町の中心には南蛮寺(日本風の教会)が建っており、出入りする者も後を絶たない。
「師匠、キリシタンの教会を見るのは初めてですかな?」
「ん?あぁ、そうだな。」
卜伝が物珍しそうに教会を見上げる俺を見て声を掛けて来る。
「師匠はキリシタンの教えについてどう思われますか?」
「うむ…仏教と同様、教え自体には問題は無いが、宗派によっては過激な面がある故、取り扱いには注意が必要だな。薬と同じで用法容量を守って正しくお使いくださいと言った所だ。」
「はっはっは…確かに宗教とはそのような物ですな。」
「それにキリシタン…いや、キリスト教とその背後に潜む者共には特に注意が必要だ。(現代のキリスト教はその様な事は無いのだろうが、この時代のキリスト教の布教は国家による領土拡大と一体化しており、非キリスト教徒の土地の占領や搾取が宗教的な「正義」として正当化されているからな。)」
「いやはや…キリシタンの教会の前で、公然とキリシタンの批判とは…相変わらずで御座いますな…。」
背後から見知った声が聞こえた為、振り返る。そこには待ち人来たると言うべきか、湊屋伝次郎が苦笑いを浮かべて立っていた。
「ふっ、伝次郎…久しいな。健勝そうで何よりだ。」
「はい、お蔭さまにて。丈夫に産んでくれた両親には感謝してもしきれませぬ。」
「はっはっは、それよりも…隣の御仁は何方だ?」
先程から伝次郎の隣で静かに控えている人物が気になり、伝次郎に問いかける。
「はい、ご紹介させて頂きます。こちらは京で薬屋を営まれている小西隆佐殿で、手前とは協力関係にある御方です。偶々こちらでお見掛けしたので、若殿にご紹介がてらお連れしました。」
「お初にお目に掛かります。京にて薬屋を生業としております、小西隆佐と申します。そして先程から話題に上っているキリシタンでもあり、霊名をジョウチンと申します。」
「ほぅ…では先年、京へと入ったキリスト教の司祭らの世話をし、将軍家への謁見を画策しておるのは其方らか。」
俺の言葉に驚きの表情を浮かべる。
「さっ、流石はお伊勢様の神子として名高い楠木様でございます。我らのような者らの動向にまで目を光らせておられるとは…感服仕りました。」
小西隆佐は額に汗を浮かべながら、頭を下げて来る。
「はっはっは…そのように焦る必要は無い。楠木の領内での事では無い故、其方らの動きを妨害するような事はしない。」
「はい、有難うございまする。しかし何故にそこまでデウスの教えを忌避なさるのでしょうか?」
特に意図のない純粋な疑問なのだろう。隆佐は我慢できずに己の感じた疑問をストレートにぶつけて来た。
「忌避…か?ふっ、俺はキリスト教自体を忌避している訳ではないよ。まぁそれについて話すと長くなる故、どうしても聞きたければ、キリスト教の布教の責任者でも連れて楠城を訪れると良い。そうだな…仮に俺のこの認識を変えることが叶えば、条件次第で楠木の領内での布教を許してやらないでも無いぞ?」
「それは真で御座いましょうか?!」
隆佐は前のめりで聞き返して来る。
「あぁ、真だ。武士に二言は無い。ついでに拠点となる教会も建ててやろう。」
俺の言葉に隆佐は嬉しそうに目を輝かせているが、俺のこの考えを変える事は不可能に近い。何にしてもこれで宣教師の本音を聞く機会が出来たと言える。
それから、小西隆佐と別れた我らは伝次郎の船に乗り込み、一路本拠である楠の湊へと進路を取る。
船の甲板で風にあたりながら流れる岸辺を眺めていると、伝次郎が話しかけて来る。
「若殿、先程は申し訳ありませんでした。彼の小西殿はキリシタンではありますが、悪い御方ではありません。むしろ京でも商いの傍ら、キリシタンの教義に則り、弱者救済を掲げて活動をされておるのです。」
「分かっておる、先程も申した通り、末端の信徒や真に布教に邁進する者には問題は無いのだ。あとは背後に控える上位者らが、どの程度の覚悟をもって真摯に教義に向き合っておるのか、それ次第であろうな。」
俺は何時の事になるにか分からないが、その時の対面の事を思い、ニヤリと口の端を上げて伝次郎に向き直った。




