第60話 参内Ⅱ
※どうしてもこの設定で物語を執筆するに当たって、帝との遣り取りは避けては通れない物でした。遣り取りの中で、失礼に当たらないように物語を構成したつもりですが、捉えようによっては失礼に当たる部分があるかも知れません。ですが天皇陛下や他の皇族方を貶める意図は全くありません。以上、ご留意ください。
◎山城国・御所 楠木正顕
1560年 2月下旬
初めて対面した正親町天皇は優しい御顔立ちで、何処と無く現代の昭和天皇を思い起こさせる。そんな帝は笑顔のまま会話を続けられる。通常、公の場で帝と直答で話す事は無いため、山科卿以外の公卿たちは慌てているのだが、帝自身はどこ吹く風状態である。
「聞きたい事が山ほどあるのじゃが、聞いても良いかの?」
「はい、構いませぬ。私でお答えできる事でしたら何なりと。」
それから帝からの質問が矢継ぎ早に飛んできた。帝は第一印象とは違って随分と好奇心旺盛な御方のようだ。「天照大御神にお会いした事があるのか?」とか、「朕でもそのような力を使えるのか?」とか、「他の神仏にもお会いした事があるのか?」とか、それ以外にも俺の事を知ろうと様々な質問が投げ掛けられる。
そして最後に最も核心を突いた「朕の身体には真に天照大御神の血が流れておるのか?」であった。さすがにこの問いにはおいそれと答えることは出来ない。故に最強の手札を切る事にした。
「陛下、この問いに私が答える訳には参りません。故に別の御方にお答え頂こうと思うのですが、宜しいでしょうか?」
「うむ、構わぬが何方が答えてくれるのか?」
「それにお答えする前に、あちらのお庭をお借りしても?」
小御所から見える手入れされた立派な中庭を差し、帝に問いかける。そして帝からお許しを頂き、庭にある池の一番大きな島に向かう。そしてインベントリから神代桜を取り出すと島の中央に設置する。すると神代桜は10㍍程の高さまで成長し、淡い桜色の光を放つ花を満開に咲かせた。
その光景は幻想的であり、ある種の神々しささえ感じさせた。そして神代桜全体が強く光り輝くと、呼んでもいないのに、女神アマテラスと女神アルテナが神々しい光を放ちながら、降臨し空中に浮いている。
二人は決まった!とばかりにドヤ顔で俺を見ているが、帝や公卿たち、そして傍にいた官吏たちは驚きの余り呆然自失であった。そんな二人を連れて小御所に戻ると固まっていた帝が恐る恐る問い掛けられる。
「神子殿…その方々はまさか…」
「はい、こちらの黒髪の女性が天照大御神で、こちらの金髪の女性が女神アルテナで、天照大御神のご友人です。」
俺の答えにやはりと言った面持ちで立ち上がられた帝は、自身が今まで座っていた場所を二柱の女神へお譲りになり、俺の横にお座りになった。
『正顕、これにて京の都を含む周辺100㌖…およそ25里が聖域となりました。ご苦労様でした。』
「はい、無事に顕現なされたと言う事は、問題なく性能を発揮しているようですね。そして無事のご降臨、祝着至極に御座います。」
そう言って首を垂れる。その様子に帝や公卿たちも慌てたように頭を下げる。
『アハハハハ!正顕、急にそんな言葉遣いをして、ハァハァ…似合わないわよ…ククク。』
俺の畏まった態度が壺に嵌ったのか、アルテナは腹を抱えて笑っている。その様子を見てアマテラスも口元を抑えて肩を震わせている。
「(クソッ、あいつ等…せっかく丁寧に対応してやろうと思っているのに、…もう止めだ!後の事は知らん!)はぁぁぁ…あのなぁ、俺が馴れ馴れしい態度を取ったら、二人の権威が損なわれるんじゃないかと思って、丁重な態度を心がけてんのに、どういうつもりだ?」
『いやだってさ、いつも不遜な態度のアンタが、神妙な顔をしてこちらを立てるような言動でさ…余りに可笑しくて…くふっ。』
『確かにその通りですが、そんなに笑っては…うふふ…失礼ですよ?』
「よぉぉぉぉく分かった、これからはいつも通り、駄女神だと思って対応する事にしよう。後悔するなよ?…っと、それよりもアマテラス、先程の陛下の質問に答えて貰えるか?」
突然の軌道修正に驚きの表情を浮かべていた帝も、居住まいを正してアマテラスの方を見つめる。
『えぇそうですね。其方の質問に答える事は簡単ですが、後悔はしませんね?』
帝の方を見つめながらアマテラスが念を押す。
「はい、構いません。大方の予想はついておりますが、皇祖神様のお口からお聞き出来るのであれば、この上ない事にございます。」
『そうですか…ならば申しましょう。其方は紛れもなく人です。そしてその父も、そしてそのまた父も人です。それは初代、其方らが神武と呼ぶ者も同様です…。』
「やはりそうですか…。であれば、皇祖様を含め、我ら皇家は代々嘘を重ねて来たと言う事ですな…。」
予想していたであろう事とは申せ、帝のお顔は暗く沈む。
『うぅぅうん…確かに見方によってはそうかも知れませんが、これはそう単純な話では無いのです。私が彼の者にそうする様にと神託を出し、私の血筋の者として皇家の権威を高めさせました。そうする事でこの日ノ本を一つに纏めようとしたのです。そうでもしなければ、日ノ本は早々に外敵により滅ぼされていた事でしょう。そしてそのような事は日ノ本所縁の神として、私には容認できませんでした。
それから時間を掛けて周辺国を纏め、天皇と言う地位が確立してきた時点で、皇家に世の安寧を祈り、住まう者らの幸福を祈るといった祭祀を行う役割を与えました。この祭祀には即効性はありませんが、日々の積み重ねにより邪気を払う力となります。
兎も角、こういった積み重ねにより、天皇の神秘性は増し、不可侵の地位へと昇華しました。その事の重要性は他国の興亡を見れば一目瞭然でしょう。』
アマテラスの口から語られる内容は帝を始め、この場に居合わせた公卿らに大きな衝撃をもたらした。
「はい、分かりました。我ら皇家がこれまで行ってきた祈りという行為自体が、無駄では無かったという事が分かっただけでも、朕には救いとなります。」
帝のお言葉に重苦しい場の空気が少し回復する。しかし、その雰囲気をぶち壊す出来事が起こる。その存在には気が付いていたのだが、襖一つを隔てた場所で様子を伺っていた者が誤って襖を倒し、部屋に倒れ込んで来た。
「殿下?!」
「春!何をしておるか!!」
山科卿の驚きの言葉と、陛下の叱責が響き渡る。
「ハハハ…失敗してしまいました。」
倒れ込んで来たのは市よりも少し幼い感じの少女だった。少女はやっちゃった感を出しながら起き上がり、俺の近くまで歩いて来ると腰を下ろす。
「初めまして…ですね。春齢と申します、気軽に春とお呼びください…転生者様。」
春こと春齢女王殿下の言葉に鼓動が大きく脈打った。




