第59話 参内Ⅰ
※どうしてもこの設定で物語を執筆するに当たって、帝との遣り取りは避けては通れない物でした。遣り取りの中で、失礼に当たらないように物語を構成したつもりですが、捉えようによっては失礼に当たる部分があるかも知れません。ですが天皇陛下や他の皇族方を貶める意図は全くありません。以上、ご留意ください。
◎山城国・妙覚寺~御所 楠木正顕
1560年 2月下旬
藤孝と長親の仕官から数日後、楠を出立した我ら一行は、無事に京の都に到着し、山科卿の計らいにより、ここ妙覚寺を京に滞在する間の宿とする事にした。ここは様々な大名等が京に滞在する際の定宿としている場合が多く、あの織田の義兄上も以前上洛した折には宿としたらしい。
因みにこの度の上洛には、護衛の卜伝と弥四郎(雲林院光秀)と護衛兵50名、後は傍仕えの長親(河田長親)である。因みに弥四郎は卜伝の推薦で一行に加わった者で、卜伝の高弟であり、長野工藤家の所属で、雲林院城の城主でもある。
それはさて置き、初めて目にした京の都の現状には正直、驚きを隠せなかった。確かに町の規模としては長年都として栄えていただけあって、現時点でも人口が日ノ本最大級だった筈だが、街並みの殆どは崩れ落ち、焼け落ち、道には人や動物などの死体が放置され異臭を放っており、平安京と呼ばれていた当時の面影は見る影もない。特に上京よりも下京の方が荒廃度合いが酷く、スラム街のような様相を呈していた。
帝の坐この京をこのままにして置くことは、尊王の楠木としては我慢ならないことだ。しかし京を得る為にはいましばらく待つ必要がある、可能であるなら1565年までは。
いくら俺の神子としての名声が高まり、大名家としても力を持ち始めているとしても、三好家は別にして、足利家を京より追い出す…或いは滅ぼすといった事は外聞が宜しくない。軍事的な力は無きに等しいとしても、将軍家としての権威は依然として残っている為、安易に排除しようとすれば、周辺大名の反発を招く恐れがある。
よって、表立って喧嘩を売られない限りは、1565年の永禄の変を待つ事が無難であると言える。当然すべてが歴史通りに推移した場合に限られる為、なるべく三好には関与せず動向を注視して行く事にしている。
現状としてはこのような感じではあるが、明日は早々に参内の予定となっている。
通常であれば、摂家の近衛、九条、二条、一条のどこかの家には根回しをするべき所だが、敢えて様子を見る事にした。
それから次の日の朝、参内用に誂えた直垂を身に着け、山科卿の寄越した輿に乗り御所(内裏)を目指す。輿の周りは卜伝と長親と弥四郎が前方と左右を固め、50名の護衛兵が周囲を警戒する。
ハッキリ言って俺を傷つけられる存在は、現時点でいない筈なので、ここまでする必要は無いのだが、家の面子もあってこのような警備をとる必要があるのだ。
暫くすると御所と思われる場所に到着した為、促されるままに輿を降りた。
(御所も壁が所々崩れ去っている。恐らく数年から十数年以上に渡って修繕等行われていないのだろう。この時代では公家も含め、皇家であっても定期的な収益が途絶えているのだろう。)
崩れた壁を眺めて悲痛な表情を浮かべていると、先に到着されていたのであろう、山科卿が姿を現された。
「楠木殿、よう参った。準備は万端整っておるぞ?それにしてもその姿、いつも以上に麗しい事よ。これでは宮中の者どもが虜となろうぞ。」
山科卿は扇子で口元を隠して、ほっほっほ…といった感じで笑われておる。いつもはそのような笑い方はされない為、揶揄っておられるのだろう。
そうして健礼門を潜って宮中に入り、山科卿の先導にて進んでおると、至る所から熱の籠った視線を感じる。最近は皆慣れて来た事もあって、こういった視線を向けて来る者も少なくなって来ていた為、この感覚を味わうのも久しぶりだった。
そう言った視線を感じながら奥に進んで行くと、小御所と呼ばれる御簾の下がった部屋に到着した。そこには上位の公卿、俗にいう殿上人と呼ばれる、殿上の間に昇る資格を持つ者たちなのだろう数人が待ち受けていた。
山科卿と共に小御所に入ると、値踏みするような視線を感じたが無視して部屋の中心、御簾の数メートル前に腰を下ろす。
それから暫くすると帝のご入来を告げる声が発せられる。皆が頭を下げてご入来を待っておるが、俺は立場上、こう言った公の場で頭を下げる事は出来ない為、目礼をするに留める。
それを見た一部の公卿が帝が座られると同時に、俺に対して怒号を浴びせ始める。中には楠木家を見下す言動も散見され、俺の我慢も限界に達する。俺としては帝に対しては申し訳なく感じているが、公卿らに遠慮する気はない。俺は己らの立場を解らせてやる意味合いも込めて死なない程度の威圧を放ち、身体の周りに霹を漲らせ「黙れ。」と脅す。
その効果は絶大で、泡を吹いて倒れる者、粗相をする者などが後を絶たず、威圧を向けられなかった者たちも、俺の身体から発する霹と金色に輝く眼に視線が釘付けとなる。
「ここでハッキリ申して置く。我は楠木家の当主である前に、天照大御神の神子である。その立場上、公の場においてお伊勢様以外に臣下としての礼を取ることは出来ない。それは帝に対してであっても同様だ。この事は官位を辞退したことも同様だ。我が官位を拝受したり、公の場で首を垂れたりする行為は、天照大御神の格を下げる事に繋がる。しかし尊王の家門である楠木家当主としては、帝に首を垂れない訳にはいかない。故に苦渋の選択として軽く目礼するに留めた。」
公卿たちは目を見開き、畏怖の表情を向けている。帝からの言葉はない。山科卿は口元を扇子で隠しながら頷いておられる。
「その我に対して、無礼と喚き、更には我が家門を侮るが如き言動をする。貴様らは一体何様のつもりだ?我は帝に対しては礼を尽くし、お支えする気持ちを持っておるが、貴様ら取り巻きに忖度する気は更々ない。望むのであればこの場で天罰でも与えてやろうか。」
そうして掌を上に向けて霹を掌の上に集中させる。すると霹は「バチッチッチッチッチッチ…」と言った甲高い音を奏で始める。
「「「「「ひぃっ?!」」」」」」
場が混乱し、恐怖を感じた公卿が逃げ去ろうとした矢先、御簾の中から声が発せられる。
「神子殿、朕に免じてその者らを許してもらえぬか?この通りじゃ。」
御簾の中で帝が頭を下げられた。この帝の行動に流石の俺も慌てた。早々に威圧と霹を引っ込め、御簾の向こうの帝に視線を向けた。
「陛下、分かりましたから、そのような事はお止めください!」
「ふふ…そうかそれは良かった。では改めて…神子殿に失礼になるゆえ御簾を上げよ。」
帝の指示に早々に御簾が上げられた。
前世も併せて、初めて対面する帝に俺は胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。




