第50話 観音寺騒動・その後Ⅲ
◎伊勢国・楠城・内務部 恩智満和
1559年 9月上旬
「ふぅぅぅ…ひと段落着きましたね。」
南近江の六角家を滅ぼして以降、仕官願の浪人や一旗揚げようと警ら隊や常備兵に志願する若い連中が増えて来た。
その中でも若殿が直接お声を掛けられた、瑶甫恵瓊(安国寺恵瓊)殿、石田正継殿、藤堂虎高殿、宮部継潤殿の四名は到着早々、若殿自らがお出迎えになられた。
そして夫々、瑶甫恵瓊殿を外交を担う外交課長、石田正継殿を拙者の与力とし、藤堂虎高殿を警ら隊の隊長、宮部継潤殿を国土の整備を行う国交課長へと任命された。
今までは拙者が兼務と言う形で行ってきたが、なかなか手が回らず計画の進みが悪かった部分が、今後解消されて行く事だろう。
拙者の与力として配属されて来た石田殿を見ていて思うが、若殿の人を見る目は抜きん出ている。石田殿は人当たりも良く、部下に対しても丁寧に接し、良く働きとても優秀である。
その他のお三方も評判は上々で、優秀である事は疑いようがない。このまま計画通り独立する部署に格上げされたとしても、問題なくやって行く事が出来るだろう。
また、国内の状況に目を向けると、若殿の権能のお陰もあって、他国の状況と異なり、野分や長雨等の天災の被害を受ける事も無く、毎年安定して収穫される大量の農産物などによって潤っている。更にその税収を領内の整備などの公共事業に効果的に割り当てる事によって、楠木領の武士階級の者たちは元より、商人や農民、町人や河原者に至るまで他国の者に比べて食うに困る事も無く、余裕をもって暮らせているようだ。
そう言った積み重ねと、楽市楽座の実施によって関所を廃止する事の効果と合わさり、楠の城下町や港町を始めとして各地の町や村、他の港町などの規模も大きくなり、国外より人も物も集まっている。そして巷では様々な見世物や遊び、新たな食べ物などが誕生しているらしい。更に聞く所によると若殿を信仰の対象とする新たな宗教が生まれているとか何とか…まぁ、この事は若殿には内緒ではあるのだが、特に問題が起きている訳ではないので、様子を見るに留めている。
また若殿曰く、このあと数年は防衛と織田家からの依頼以外での出兵は控え、富国強兵に専念するとの事で、戦費の出費や戦死者も抑えられる事が期待出来るとあって、財務を預かる者としても大変喜ばしい事である。
後は若殿にお世継ぎがお産まれになられれば、楠木家は安泰となるであろう。まぁこればかりは神のみぞ知る…と言った所である。
◎山城国・京(細川館) 三淵藤英
1559年 9月上旬
与一郎(細川藤孝)が上様より蟄居を命ぜられて数日が経った。私は様子を見る為に密かに館を訪れ、膝を突き合わせて与一郎と茶を飲んでおる。
因みに蟄居となった原因であるが、上様よりの主命を達成する事が出来なかったからである。それが単純なお使い程度の主命であったならば、ここまでの事にはならなかったであろうが、六角家と楠木家の戦の和睦を纏めると言う重要な内容であったのだが、予想通りと言うか、楠木殿に敢え無く断られてしまい、逆に六角家を滅ぼされてしまったのだ。
そうして戻って来た与一郎は、反省の弁を述べるどころか、上様に対して、六角義治殿の下劣なる行為を余す事無く報告し、楠木殿の正当性を訴えた。
しかしこの行為は足利将軍家に対しては、余り褒められた行為とは言えない。足利家と楠木家は相容れない関係なのだから。そんな事は与一郎であれば分り切った事であろうが、それを理解した上で行ったこの行為によって、案の定上様の怒りを買い、蟄居を命じられたのだった。
「兄上…私の行動は間違っていたのか?あの状況で六角義治に味方する事など、武士として、人としてあり得ない事だった。上様はなぜご理解頂けないのか…。」
「与一郎、そのような事を改めて聞かずとも、お前には分かっているのであろう?足利にとって楠木とは、そういった相手だと言う事だ。それ故に百年以上たった今でも朝敵のままなのだ。」
「そうだな…分かっている。楠木様も仰られていた…足利がしゃしゃり出て来た故に尚の事、和議の要請を受けることは出来ぬ…と。兄上、私はどうすれば良い?実は楠木様から仕官の誘いがあった…兄上にもだ。我ら兄弟を高く評価しておると…。」
お目通りをした与一郎は兎も角として、一度も会った事のない私の事までも、ご存じなのか…。いや…与一郎を誘う方便やもしれぬ…。
「それで…どうするのだ?」
「正直申せば、魅力的な話だと思っている。それ程の御方なのだ…楠木様はな…。だが、これまで上様には良くして頂いた…故に簡単に靡く訳にはいかぬ。そこで兄上…私はこれから出奔する事にした。」
「何を…」
何を急にと言おうとしたがやめた。こいつは意外に頑固なところがあり、こうと決めた事は必ず貫き通す。
「出奔してどうするのだ?」
「各地を巡り、自分を見つめ直す。そうしてそれでも自分の気持ちに揺らぎが無ければ、その時こそは楠木様の元へ行く。」
「(ふっ、これは言っても聞かぬな…仕方ない。)分かった…後の事は任せておけ。」
「すまぬな、兄上。」
そう言って与一郎は深々と頭を下げた。
そうして次の日、細川館から与一郎の姿は消えた。知らせを聞いた上様は私の事を責め立てたが、与一郎の行き先は言えない…と言うよりも知らないのだ。知っていれば上様に偽りを申し上げる事になる為、敢えて二人とも言わず、聞かず、その日は別れたのだ。
(さてと…これで上様からの私の覚えも、目出度くなるであろう…別の意味でな…。はぁ、与一郎が仕官した暁には責任を取って、私の面倒も見て貰わねばな…。)
将軍義輝と取り巻き連中の嫌味にウンザリしながら、藤孝の思い切りの良さを羨ましく思う藤英なのであった。




