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戦国太平記 〜大きな楠の木の下で〜  作者: 流星群
上洛編

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第49話 観音寺騒動・その後Ⅱ

◎尾張国・清須城 織田信長おだのぶなが

 1559年 9月上旬


 六角領へと侵攻した楠木勢の状況を報告させる為、物見へと出していた又助(太田牛一おおたぎゅういち)が帰還した。


 正顕の事ゆえ敗れる事など想像しておらなんだが、又助の報告から完勝であった事が伺える。


「殿っ!兎にも角にも、驚きの連続でした。楠木様は間違いなく神仏の現身うつしみ、化身、現人神あらひとがみでありましょう!本当に於市様は良き御方に嫁がれました。」


 その中でも特に印象に残ったのは、六角義治が凝りもせずに正顕の怒りを買ったこと。正顕が怒りに任せて六角勢を雷の檻に閉じ込め、最後には無数の落雷を天より雨霰あめあられと降らせ、観音寺城一帯を草木一本も残らない程に破壊し尽くしたことなど、信じがたい内容が含まれていた事だ。


「ふむ、やはり正顕に市をめあわせた俺の判断に間違いは無かったな…。正顕は市に心底惚れておるからな、織田に牙を剝き市を悲しませるような事はするまい。」


「はい、楠木様とはこのまま友好的な関係を続けて行く事が重要であると思われます。それにちまたでは楠木様を信仰の対象として、楠木様に似せて造った木彫りの神像を持ち歩き、祈りを捧げている者たちが増えて来ておるようです。」


「なに?!それは真か?」


「はい、このような物が裏路地で売られておりました。」


 又助が懐から出した木彫りの像を受け取り、じっくりと観察する。


「確かに何処と無く正顕に似ておる気がするな…。それにしても、この事を知った時の彼奴の嫌そうに顔を歪めるさまが目に浮かぶようだ…ククク…」


 その様を思い浮かべて笑っておると、帰蝶付きの侍女の一人が慌てた様子で駆け込んで来た。


「とっ、殿!…はぁっはぁっ…御方様が御倒れに!」


「なんだとっ?!」


「今は僧医を呼んで診察中です。」


「分かった。帰蝶の部屋だな?」


「はい。」


 居場所を聞くと居ても立っても居られず帰蝶の元へと急ぎ向かっていた。帰蝶の部屋では診察を終えた僧医と、既に起き上がっている帰蝶がいた。


「帰蝶!」


「あっ、殿?」


「帰蝶、倒れたと聞いたぞ?!容体はどうなのだ?!」


 帰蝶は顔を伏せて小声で呟いた。


「ん?何だ…良く聞こえんぞ?」


「…が…きました。」


 帰蝶の近くによってドカッと腰を下ろす。


「子が出来ました…。」


「……な…に?まっ、真か?」


「はい、正顕殿の言われた通り、子が出来ました…うぅ…。」


 帰蝶は自身の顔を着物の袖で隠して震えている。


 十年以上、子の出来なかった帰蝶に待望の子が出来た。正顕の申した事は真実だったのだ。これで帰蝶は肩身の狭い思いをせずに済む。本当に正顕には小さくない借りが出来た。


「帰蝶、身体をいとい大事に致せ。また落ちついた頃に来る。」


 そう言って立ち上がると、帰蝶に背を向け部屋を後にする。そうして自室に戻ると小姓を呼ぶ。


「お呼びでしょうか。」


「帰蝶に子が出来た。」


「?!おっ、おめでとう御座います!」


「うむ。それで楠木に報せの文を届けてくれ。『帰蝶に子が出来た。』とな…。」


「畏まりました、早速手配いたします。」


 小姓は素早く立ち上がると退出して行った。


「ふぅぅぅ…帰蝶に…子が…漸く…ふっ…正顕め…やりおるわ…うははは!」


 信長は溢れ出る高揚感に声を上げて笑い、同時に涙すらも流していた。


 この時の信長は帰蝶との子が出来た喜びと、正顕と言う真に心を許せる弟を得た喜びを同時に味わっていた。そしてそれは勘十郎信勝を自らの手で殺して以降、妻や妹たち以外で初めて他人を真に身内として認めた瞬間だった。 



◎伊勢国・楠城 九鬼嘉隆くきよしたか

 1559年 9月上旬


 浄隆兄きよたかにいのお供で、巷で【お伊勢様の神子、現人神、豊穣の女神?】と評判の楠木様を楠城の謁見の間で待っている。


 北畠が敗れ、更には六角をも呑み込んだ楠木家に対して、恭順の意を示し、志摩国の自領の安堵をお願いする為、浄隆兄と遥々やって来ていた。


 暫く待っておると、女神と形容するに相応しい御方が、数人の小姓を引き連れてご入来された。その美しさに見とれておると浄隆兄に頭をはたかれた。


「失礼を致しました。私は志摩国、田城城たしろじょう城主、九鬼浄隆と申します。そして後ろに控えますのが弟の嘉隆になります。楠木様にお目に掛かれて光栄の至りに御座います。」


 浄隆兄の声が幾分か震えておる。まぁ、そうであろうな…伊勢と南近江を支配する大大名だからな。


「おぉ、其方らが九鬼の者らか…晴具殿より噂は聞いておる。腕の良い海賊衆がいるとな。」


「楠木様にご認識頂いておるとは、嬉しき限りに御座います。つきましては、我ら九鬼一党を配下にお加え頂きたく、お願い申し上げます。」


「配下にとは、臣従と言う事でよいのか?」


「はい、相違ございませぬ。」


「わかった、九鬼一党の臣従を許す。…ついては浄隆に命を下す。そのまま現在の所領を任せる故、志摩国に巣食う反抗勢力を平らげよ。志摩国に限り、切り取り次第とする。」


「?!…ははぁっ!若殿に従わぬ愚か者共はこの九鬼浄隆が成敗して御覧に入れまする。」


 この殿様は太っ腹で話の分かる御方のようだ。浄隆兄も想定以上の結果に興奮が抑えられていない。


「おっと、そうだった。所領に戻る前に内務部の恩智満和を訊ねて説明を聞いておけ。」


「はい、畏まりました。」


 若殿はお忙しい御方なのであろう、足早に謁見の間を出て行かれた。


「浄隆兄ぃ…話の分かる御方で良かったな。」


「あぁ、そうだなぁ…それに…」


「それに?」


「噂以上にお美しかった…。」


「ぶふぉぁ!!…ぐははははっ!!!」


 浄隆兄の気持ちの籠った言葉を聞いて、堪え切れずに吹き出してしまった。何はともあれ、若殿に従う事と決めた浄隆兄の決断は、間違いではなかったようだった。






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