第44話 観音寺騒動Ⅳ
※PCが急に故障した為、投稿頻度に影響が出るかも知れません。スマホでの執筆の為、打ち込み速度も遅く、話が少し短くなっています。
以上、ご了承ください。
◎近江国・後藤館〜観音正寺 楠木正顕
1559年 8月中旬
進軍速度は遅いが、順調に進軍してきた軍勢は決戦を前に後藤賢豊の居城である後藤館に立ち寄っていた。後藤館はその名の通り城というよりは館に近い造りをしており、戦には不向きな造りであった。
それでもここに立ち寄ったのは決戦前に兵を休ませる意味合いと、近江国の北西に勢力を持つ朽木家からの使者が訪れた為でもあった。
通常であればこの様な戦の最中での外交の使者など無視する所ではあるが、この朽木家は少し特殊な家である事からも会う事にしたのだ。
この朽木家の特殊性は京を追われた将軍家が度々逃れて避難している家であり、更には京の公家にも関係が深く10歳の現当主、朽木基綱の母親は権大納言、飛鳥井雅綱卿の娘であり、妹(基綱の叔母)には目々典侍が座す。将軍家との繋がりだけであれば後回しにする所だが、帝に近い家柄でもある為、尊王の家系である楠木家当主としては簡単には無視は出来ない。
よって近郊の後藤館を借りて使者と会うことにした訳だった。
「楠木様に於かれましては、戦の最中であるにも関わらずお時間を頂き、誠に忝う御座います。拙者は朽木藤綱…当主基綱の叔父という事になり申す。」
「まぁ通常であればお断りする所ではあるが、帝に近しいお家柄の朽木家の使者を無視する訳にもいかぬでな。それで、如何様な用向きであるのかな?」
我らとしても戦中でなければゆるりと話を聞いてもよいのだが、余り時間を掛けている余裕もないのだ。
実は数日前に近江国境付近に潜ませている月夜見より、かの細川藤孝が近江に入国した旨の連絡を入れて来ていた。将軍家の側近が戦中の近江に入国…いい予感はしないな。なので早々にでも六角を滅ぼしておきたいのだ。
「実は朽木は長い間、高島七頭からの圧迫を受けて参りました。近年は承禎公の庇護を受けており攻め寄せてくる事はありませんでしたが、承禎公亡き後の六角家…義治殿では心許なく、何より信用できませぬ。…と思っておったのですが、既に風前の灯火といったご様子。よって我らに楠木様の庇護を与えて頂けませんでしょうか?」
「庇護とは一体どういう事だ?楠木に従属するということかな?であれば、断る理由はないが、二つ程条件がある。」
「条件とはどのような物でしょうか?」
「一つ、我が家の分国法…最近名付けたのだが【楠木太平法度之次第】を遵守する事。これには従属の条項も含まれており、従属時に所領の半量を献上する項がある。そして二つ目は足利家との関係の断絶だ。」
「なっ?!将軍家を蔑ろにしろと申されるのですか?」
朽木藤綱殿の反応は予想通りの物だった。通常の家門であれば当然の反応と言える。しかし楠木と組むのであれば、この条件は絶対条件だ。
「別に態々喧嘩を売る必要はない。足利に対して忖度するな…という事だ。我ら楠木は足利に対して並々ならぬ想いがある。よって我らと組むのであれば、最低条件として今後、足利に対しておもねる事は禁じる。」
「…分かり申した。早々に戻り相談した上で、改めてお邪魔させて頂きます…。」
「あぁ、それで良い。それでは戦中故これにて失礼させて頂く。」
沈んだ顔をした朽木藤綱殿を評定の間に残し、賢豊と共にその場を後にした。外は既に夕餉の時刻となっており、本日はここで一泊し、明日の出立とする事にした。
次の日の朝は皆でしっかりと朝食を食した後、観音寺城に向かって進軍を開始した。途中いくつかの城に立ち寄り敵味方の確認をしつつ進軍。午後には観音寺城を目視出来る場所にまで到着した。
物見として月夜見を先行させ偵察させたが、広大な観音寺城全体を守ることを放棄して城郭の奥に兵を集中させているようだ。恐らく兵数というよりも指揮官の人数の問題であると思われる。更に支城である箕作山城が寝返っている時点で厳しいと言わざるを得ないだろう。
月夜見からの報せから急ぎ城へと至る全ての山道を封鎖させ、楠木の兵五千のみで観音寺への参道を登る。敵からの抵抗は全く無く、無事に観音正寺に到着した。
この観音正寺に本陣を置くべく指示を出していると、急ぎ兵が飛び込んでくる。
「六角方の使者として細川藤孝様が参っておられます!」
「やはり来たか…寺の本館に通せ、すぐに向かう。」
藤孝が近江に入ったとの報せを受けた時点で、このような事ではないかと思ってはいた。俺は戦の時でも鎧は着ない為(着ても意味がない為)、そのままの服装で本館へ歩を進めた。本館では細川藤孝と思われる人物が頭を下げて待っていた。
「足利家より参りました、細川藤孝と申します。」
「楠木正顕だ。それで如何様な御用向きかな?城攻めの準備で忙しいので、戦後にしてもらえると有り難いのだが?」
「足利義輝公の命により六角家との戦の仲裁に参りました。」
「ほぉ…仲裁に…な。俺にはそのような物は必要ないのでお帰り頂きたいのだが?」
「そうは参りません。何とか戦をお止め頂く事は出来ませぬか?六角家は将軍家にとっても大事な家なのです。」
(はっ…相変わらずと言うか、自分たちの都合を勝手に押し付けてくる、身勝手の極致だな。)
「あぁ、いいぞ?六角家の無条件降伏と義治の生殺与奪の権利を承諾して頂けるのならな。」
「んな?!そのような条件、承服できるはずが…」
「そもそもの話、何故此度の一件が戦に発展したのか…細川殿はご存じなのかな?」
細川殿は一言「いいえ、存じません。」と答えた。
俺は大きく溜息を吐くとこれまでの経緯、北伊勢での戦から宗智との和議の条件、それを六角が…いや、義治が承禎公、義定、宗智を殺し反故にした故に不履行の際の条件を履行する為、当主自ら出張って来ている事など、証拠の書類を交えながら説明してやった。
「細川殿ゆえ、丁寧に説明しておるのだ。本来であれば、我ら楠木は足利に従う義理すら無いのだからな。百数十年前に我ら楠木は足利によって族滅寸前にまで追い込まれ、更には朝敵とされ、長きに渡り辛酸を舐めて来た。尊王の家系であるこの楠木が…だ。…そうであろう?細川殿。」
後醍醐天皇から賜った楠木の家紋【菊水】を指し、若干の威圧を言葉に乗せて話すこの俺に、細川殿は顔を青くして唇を噛み締めている。
「…と言う訳だ。いくら足利が…いや、足利が出て来たからこそ余計にこの仲裁を受ける事は出来ない、大人しくお帰り頂こう。」
仲裁をまとめる事が無理だと悟った細川殿が挨拶を終え立ち去ろうとした時、一言添える。
「細川殿、俺は其方ら兄弟を高く評価している。足利の相手に疲れたら楠木を頼ってくれ。因みに其方の剣の師である卜伝も俺の元におるでな、お主の顔を見れば喜ぶと思うぞ?」
俺の言葉に驚く細川殿を尻目に、俺はその場を後にする。六角家を…六角義治を今度こそ確実に滅するために。




