第41話 観音寺騒動Ⅰ
◎伊勢国・楠城 楠木正顕
1559年 7月下旬
「時間が掛かり申し訳御座いません。何とか色良いお返事を引き出そうと東奔西走しておりましたので…。」
待ちに待った幻斎からの報告を書斎にて受けている。
「いや、それについては気にしなくて良い。それで、如何であった?」
「はい、まず色よいお返事を頂けたのは、京の東福寺の瑶甫恵瓊(安国寺恵瓊)殿、近江石田村の石田正継殿、近江犬上郡の藤堂虎高殿、近江宮部村の宮部継潤殿になります。」
順番にご説明致しますと、まずは恵瓊殿ですが、毛利家との繋がりもあり、迷われておりましたが、師である竺雲恵心殿を真心にて味方に引き入れ、熱心にご説得頂きました所、快くお引き受け下さりました。」
「外堀から埋めて行った訳だな…よくやった、幻斎。」
「有難うございます。続いて石田正継殿、藤堂虎高殿のお二方ですが、お二方とも日々の暮らしにもご苦労されていましたので、交渉する必要すら御座いませんでした。お二人とも準備が整い次第、ご家族を引き連れお出でになるとの事でした。」
「それは良かったと言うべきか、あまり素直には喜べんな…」
「最後に宮部継潤殿ですが、北近江の浅井家からも仕官の誘いがあったようでしたが、二つ返事でご了承頂きました。継潤殿曰く、『楠木家の将来性と当主の徳の高さで圧勝だった。』と仰られておりました。」
「ふむ、徳の高さはどうか分からんが、楠木の将来性はかなりの物だと思うぞ。」
俺としては全滅覚悟で当たって砕けろの精神での文だったのだが、思った以上に大収穫だった。
「いやぁ、良くやってくれた。思った以上に大収穫だ。それで、島殿と竹中殿は駄目だったか?」
「そちらも説明させて頂きます。まずは島殿ですが、『かの楠木様より高く評価して頂き、光栄の至りではありますが、現在お仕えしている筒井家が三好の松永からの圧迫を受けている。故にここで筒井家を離れては信義に反する上に、主家を見捨てて逃げた臆病者と謗られるであろう。』と仰られておりました。」
「成程な…島殿の人柄が表れておるな。であれば、筒井家の事に決着が着けば可能性があるかな…。」
「そのように思われますが、早急なる引き抜きは逆効果でしょう。そして最後に竹中殿ですが…」
「どうした、何か問題か?」
「いいえ、問題と言いますか…相当の切れ者ではある事は間違いないと思われるのですが、何をお考えなのか全く読めないお方で…『時機を見て一度お邪魔させて頂きますので、その時のお返事とさせて下さい』との事でした。」
「ハハハ…まさに曲者だな。それに他人に考えを悟らせないと言う事は、軍師としても優れている可能性が大いにある。まぁ焦らずゆっくりと待つ事にしよう…。」
これで少しは人材不足にも歯止めが効く事を期待するとして、四人をどのポジションに配置するかを思案していると、突然の幻斎の声で現実に引き戻される。
「若殿、外が騒がしゅう御座います。何かございましたかな?」
それから少し様子を伺っていると、小姓の一人が駆け込んできた。
「若殿、先ほど千種家当主、忠基殿が蒲生賢秀殿を伴われて御出でになりました。」
「ふむ、蒲生賢秀…日野城城主、当代の蒲生家当主だな。であれば、何かあったな…会おう、謁見場に通してくれ。」
小姓に指示を出し、幻斎にも情報を集めるように指示を出すと、謁見場に向かった。謁見場には二人が頭を下げて俺を待っていた。
「面を上げてくれ。俺が楠木正顕だ、それで如何した。」
頭を上げた二人のうち、細身の男の方が話し始める。
「先日の長野戦の折、御意を得ました、千種忠基と申します。そしてこちらが日野城城主、蒲生賢秀殿です。」
「蒲生賢秀と申します。此度は突然の…」
「前置きは良い、仔細を申せ。何かあったのであろう?」
「はい、実は…」
蒲生殿の語った事はある程度は予想していた内容であったが、それ以上の事柄も含まれていた。
まず、伊勢での戦の後、快幹軒宗智は約定を守る為、主君義治を観音寺城の部屋に押し込めた後、承禎公に仔細を報告した。
宗智からの報告を聞いた承禎公は義治の振る舞いに激怒し、約定通り義治に隠居の上、家督を弟の義定に譲り、出家する事を迫った。
それを逆恨みした義治が隙を見て部屋を脱し、取り巻きどもを引き連れて父である承禎公と居合わせた宗智を襲撃の後に殺害。更に騒ぎを聞きつけてやって来た弟の義定をも惨殺し、観音寺城を掌握したらしい。
その後、義治は領内各所に檄文を送り、自身の正当性と観音寺城へ参集するように要請してきたそうだ。
「それで…一部の跳ね返り共は観音寺へ参集したようですが、殆どの重臣は宿老を筆頭に義治へ従う様子は見せず、沈黙を貫いております。」
「やはりこうなったか…父上には悪いが、ここは俺自身の手で決着を付けねばなるまい。賢秀殿、義治を庇っていた宗智殿には悪いが、義治は俺の手でこの世から消し去り六角家は滅ぼす。それが宗智殿との約定だったからな。」
「はい、それで構いませぬ。我が父は義治の傅役であった事で、義治の行動に責任を感じていたようで、登城する前に自分に何かあれば楠木家に降るよう言い残しておりました。よって父の言い付けを守り、蒲生家は楠木家に臣従致します。恐らく他の様子見をしている者たちも、楠木様が進軍なされば、挙ってはせ参じましょう。」
「よかろう、蒲生家の臣従を許す。所領については分国法に則って決定するが、此度の働きも加味する故、蒲生家の活躍を期待する。」
「はっ!有難き幸せ。我ら蒲生家の働き、ご期待下さりませ。」
そう言って賢秀は頭を下げた。
「それから忠基、遅くとも葉月の上旬、十日までには侵攻を開始する。急ぎ戻り六角領への侵攻準備を致せ。また、兄の後藤賢豊殿を味方に引き入れよ。」
「はっ!畏まりまして御座います!」
二人は素早い動きでその場を去っていく。
「誰かある!!」
部屋の外に待機していた先程の小姓が顔を出した。
「関係各所に伝達。葉月の五日までに準備を整え、国境の防衛を担う者以外で手柄を立てたい者は千種城まで参集せよ。ただし長野領以南の者たちは参集に及ばず。此度は領内の慰撫に努めよ。また、光秀には領内の掌握を行いつつ、国境の警備を厳にするように通達せよ。以上、早馬を走らせよ!」
「はっ!」
小姓が足早に立ち去って行く。入れ替わるようにして父上とお爺様、そして正輝が顔を出した。
「正顕、この騒ぎは如何したのだ?」
「父上、六角が崩れました。義治が父である承禎公と弟の義定、傅役の宗智殿を殺害し、観音寺城を掌握致しました。」
「なんだと?!」「なんと!」「そのような事が…」
「先程、千種の忠基が蒲生賢秀殿を伴って来ておりました。蒲生家は楠木へ臣従し、六角征討に協力するそうです。そして我らは葉月の十日までに六角領への侵攻を開始致します。」
「っ!そうか…事ここに至っては致し方あるまいな…。」
父上は苦虫を嚙み潰したような顔をされ、拳を血が滴るほどに強く握りしめておられた。




