第39話 尾張往訪・伊勢へ
◎尾張国・清須城~伊勢国・楠城 楠木正顕
1559年 7月中旬
城門前には義兄上を始め、義姉上や接待役の丹羽殿、森殿を筆頭に数人の重臣の方々、それから共に伊勢に入る利家一家を見送りに前田家の人々やまつを見送り来たと思われる同年代の少女、足軽の兄弟?が見える。
「寧々ちゃん…来てくれてありがとう…」
「藤吉郎、小一郎…態々《わざわざ》すまんな。」
驚いた事に足軽然とした二人は木下兄弟であり、まつと話しているのは後の秀吉の正室である寧々だった。
(まだ二人は婚姻関係は結んでいない筈だよな…。利家と藤吉郎が親友、まつと寧々が親友だったか?利家夫婦がいなくて無事二人は結ばれるのか?…まぁ、今更だな…成るように成るだろう。)
「正顕、この度は色々と世話になった。帰蝶の事についても何かあれば連絡する。」
「ええ、出来る限り力になりますので、連絡してください。それから、吉乃殿についてですが、お身体が弱い方のようですから、特に産後の様子には特に気を付けてください。」
「あぁ分かった…気を付けておく事にしよう。」
「それでは、またお会いしましょう。」
「兄様、義姉様、元気な御子を楽しみにしております。」
「於市殿?それはまだ分からないのですから…兎に角、何かあれば知らせますわ。」
多少後ろ髪を引かれる思いではあったが、これにて俺の初尾張の旅は終わり、楠への帰還の途へと就く。因みに帰りは来た時と逆道を辿り、津島湊より湊屋の船で楠湊まで戻る予定だ。
津島湊に着くと湊屋伝次郎が俺の到着を待っていた。
「待たせたかな、湊屋。」
「いえいえ、それ程待ってはおりません。それに、若殿にはいつもお世話になっておりますので、この位はお安い御用です…それでは皆様、お乗りください。それからお荷物は…とそうでしたね、若殿がお持ちですね?」
「そうだな、出立前に全員分を預かっておる。」
そうなのだ、出立前に前田家の引っ越し荷物も全てインベントリの中だ。初めてこの力を目にした又左にまつ、義兄上夫婦以外の居合わせた者たち全てが唖然としていた。
そういえば最近、特に満和などは力を見せ過ぎだと心配しておるが、俺自身、力を隠している訳でも無いし、別に見られたからと言って、この世界では対策する事も出来ない。それにこんな話を、実際に目にした者は兎も角として、そうで無い者に話したとて信じる者はいないだろう。
それから船に乗り込んだ俺たちは思い思いに過ごしていたが、言い忘れていた事を思い出し、又左を呼び出した。
「若殿、お話とは何でしょうか?」
「又左、話しておかねばならない事を思い出したので呼んだのだ。お前には侍大将待遇で先程紹介した正輝の指揮下に入って貰う。そうして楠木のやり方に慣れて行ってくれ。」
「侍大将っ!有難うございます!」
「その上で状況次第にはなるが、早々に城代になって貰う事になる。」
「えっ?!じ、城代ですか?」
「そうだ、楠木は急激に領地を広げた事で、領地を管理する人材が不足しておる。故に仕事に慣れてきたら城代を経験してもらい、働き次第にはなるが、城主、領主、国主となってくれることを期待している。」
「っ?!ご期待に応えられるよう、全身全霊で努めます!」
「あぁ、期待している。ただし、死ぬ事だけは許さん。先程も言った通り、楠木は常に人材不足なのだ…分かったな?」
「はっ!死なないように死ぬ気で頑張ります!」
少し心配ではあるが、後はまつが手綱を握って上手くやってくれるだろう。
その後は市の元へ行きゆるりと過ごしていると、思ったよりも早く楠湊へと到着した。湊には出迎えとして満和と小隊規模の赤母衣衆50名が待ち構えていた。
「おいおい満和、出迎え程度に赤母衣衆を動かすなよ。目立って仕様が無い…」
「いいえ、若殿は兎も角としても、御方様と茜殿は普通の人ですので、この位は必要です。」
「はぁ…お前…最近俺に対して遠慮が無くなって来てないか?一応お前の主人で楠木家当主なんだが?」
「であれば、拙者の諌言を少しでも聞き入れて頂き、ご当主らしくご自分の立場を弁えた上で、相応しい振る舞いを致してください。」
「ぐっ?!(くそっ…やはり満和に口で勝つのは難しい…。しかしここで引けば、当主としての威厳が…)」
「満和殿、後は私が話しておきますので、早く楠城に戻りましょう。」
満和は市の仲裁で早々に引き下がり、城に向かって先導を始めた。
「あぁそうだ満和、新たに侍大将として仕官した前田利家と奥方のまつだ。住む場所の手配を頼む。」
「分かりました、丁度正輝の近所の屋敷が空いておりますので、そこに案内致します。」
それからしばらくの後、楠城にたどり着いた俺たちは父上たちの出迎えを受けた後、一旦解散となった。
◎伊勢国・楠城下 前田利家
1559年 7月中旬
「それでは前田殿、こちらが若殿がお預かりしていたお荷物です。それでは拙者は戻りますので何かありましたら、内務部までおいでください。」
そう言って案内してくれた恩智殿は屋敷を後にして行った。
そう、屋敷なのだ。俺たち夫婦に割り当てられたのは、今まで住んでいた長屋のような住処ではなく、板壁に囲まれ小さな庭に門構えまである屋敷だった。
「なぁ、まつ…俺たち二人…いや幸も入れて三人でこの広さの屋敷…どうすればいいと思う?」
「はい、そうですね…一旦使う部屋を絞って使いましょう。全てのお部屋を使用する必要は無いかと思います。それから、禄で300貫頂けるとの事ですので、思い切って小間使いや女中も何人か雇ってしまいましょう。」
「あぁ、そうだな。以前の禄の10倍だからな。なんにしても金子の管理は、今まで通りまつに任せる。」
「はい、畏まりました。それでは御前様、遅くなりましたが、侍大将へのご就任、誠におめでとう御座います。」
「あぁ、ありがとう。これからもっと精進して、若殿を全力でお支えして行く。」
俺はまつや幸の為にも、そして何より現神様の為にも全力でお仕えして行く事をここに改めて誓うのだった。




