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戦国太平記 〜大きな楠の木の下で〜  作者: 流星群
上洛編

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第38話 尾張往訪・利家の決断

◎尾張国・清須城 前田利家

 1559年 7月中旬


「ハァハァ…殿に大事なお話がある、又左衛門が参ったとお伝えしてくれ!」


 清須城の城門前で名乗り、そして門番に対して用件を伝える。


「前田様…あなたは出仕停止処分がまだ解けていないはずです。申し訳ありませぬが、お通しする事は出来ません。どうぞお帰り下さい。」


「それは勿論分かっている、だがどうしても殿とお話せねばならんのだ!」


「いや、しかし…我らも殿のお言い付けを違える訳にはいかぬのです。」


「いや、そこを何とか…」


 そうやって門前で押し問答をしていると、背後からまさかの御方に声を掛けられた。


「あれ…其方そのほうは…おぉ前田殿ではないか?楠以来だな…息災であったかな?…ところで何をそんなに揉めておるのだ?」


 後ろを向くと楠木様と於市様が供の者と一緒にいらしていた。突然の事で緊張のあまり声が出せないでいると、門番の男が説明を始める。


「あぁ、そういう事か。であれば俺が義兄上に話を通す故、前田殿を通しては貰えぬか?」


「は…はぁ…楠木様がそう仰るのであれば、是非もありません。前田様、お通りください。」


 門番はすんなりと道を開けた。


「楠木様、有難うございます、助かり申した。」


「構いませんよ、それより義兄上に会いに行くのでしょう?話を通さねばなりませんから、共に参りましょう。」


 この申し出は大変申し訳なく思ったが、楠木様にも聞いて頂きたい事でもあったので、有難く受ける事にした。


「うむ…で…なぜお前が又左と共におるのだ?」


 お連れ頂いた殿の面前にて俺は頭を下げている。


「ハハハ、実はですね、市と城下へ出かけた帰りに、見知った顔が門前で門番と揉めていましたので、事情を聴いて連れて来たんですよ。それで何か義兄上に聞いて頂きたい事があるようですよ?」


「ほぉう…まぁ良かろう…正顕の執り成しゆえ、聞くだけ聞いてやろう。出仕停止のめいを破ってまで来たのだ…相当重要な話なのだろうな?」


 殿の脅すような口調に反射的に体がビクついたが、意を決して声を発した。


「殿っ!この度はお願いの義があり、罷り越しまして御座います。現在俺…私は出仕停止の処分を受けておりますが、改めて私にお暇を頂きたく、お願い申し上げます。」


「なんだと?暇とはどういう事だ?!俺の元を去ると言う事か?!」


 殿から戸惑いと同時に大きな憤りを感じる。しかしお許しを頂かなくてはならぬ。


「はい、殿には長年目を掛けて頂き、大変感謝申し上げております。されど私は其処に御座おわす、楠木様に心底惚れ申した。故にお仕えしたく思っております。」


「なにぃ?!」「はぁ?!」


「正顕、今の話…真か?」


「いやぁ…俺も今初めて耳にしましたよ。まぁ…仕えたいと言って下さるのは大変嬉しいのですが…俺は衆道はしませんよ?」


「そうだぞ、又左。こいつに衆道の趣味は無い。」


 なんか激しく誤解があるようなので、説明せねばなるまい。


「いやいや、そう言った下世話な感情ではなくてですね…どちらかと言えば…そうですね、信仰に近いと言いますか…楠木様の神仏の如きお力と、民に対する慈悲深さに惚れたと言いますか…」


 それから暫くの間、自分の気持ちを包み隠さず打ち明け、そして決意を語った。


「…それでまつから殿にキッチリ筋を通して、楠木様に迷惑が掛からないようにして来なさい…と言われまして…」


「そうか…又左、お前もまつの尻に敷かれておるようじゃな?それで正顕、如何するのだ?…」


「はぁ…正直に申せば、義兄上の許しさえあれば俺の方は大歓迎ですよ?義兄上なら感づいていらっしゃるかも知れませんが、楠木は今、人材不足で火の車なんで喜んで連れて帰ります。まぁ、信仰に近い気持ち…と言う所が引っ掛からないでも無いですが、そこは一旦目を瞑ります。」


「ふむ、であるか…ならば仕方あるまい…許す。」


「ま、真ですか?!」


「嘘は言わん。まぁ敵に寝返られるよりかは随分マシであろう?一応味方でもあるからな。」


「ちょっと待ってください、一応って何ですか?俺は義兄上の方から裏切らない限り、敵になる心算つもりはありませんよ?大体そんな事をしたら市が悲しむじゃないですか…」


「まぁ、そういう事だ、後は良きに計らえ…」


 そう言って殿は立ち上がると部屋を出て行かれた。


「はぁぁぁ、全く…素直じゃないですね…」


「はは…あれが殿ですから…弱みは他人には見せない…常在戦場…殿の口癖ですから。それよりも、俺の仕官の願いをお引き受け下さり、誠に有難うございます。」


 新たな主人である楠木正顕様に頭を下げた。


「構いませんよ。それよりも、お世話になった方々にはちゃんとお話をして来るように。伊勢に着いたら忙しくて簡単に戻れませんからね。出来れば5日後の出立時には一緒に来て貰いたいので、準備も併せてして来て下さい。」


「ええっ?!五日後ですか?!」


「そうですね、急ですが連れて行くご家族も一緒に五日後の朝餉の後、城門前まで来てください。」


「わっ、分かりました。」


 あぁ、俺はもしかしたら、大変な方の所に仕官してしまったのかも知れない…と思いながらも、心は晴れやかであった。


 それから世話になっている松岡家の離れに着いた俺は、まつに今日の報告をした後、明日からの挨拶回りに備えて早くから就寝した。


 次の日からの挨拶回りは大変だった。


 まずは柴田の親父のところに挨拶に行ったのだが、事情を話した途端、烈火の如く怒り出し、力いっぱいぶん殴られた後、絶縁を言い渡された。


 次に内蔵助の所に顔を出したら、腫れ上がった顔を見て笑われ、事情を話したら更に大笑いされた。


 それから五郎左、森様、そうして利久兄上、利玄としふさ兄上、安勝兄上、良之(佐脇良之)、秀継と兄弟の所に出向いた。


 五郎左からは叱咤激励しったげきれいされ、森様からは残念がられ、利久兄上には肩を叩いて激励され、それ以外の兄弟からは出世したら呼べと言われた。


 そうしてその日の最後に、親友である藤吉郎に会いに向かった。


「藤吉郎、いるか?!(この位の遅い時分であれば居るはずだが…。)」


「おぉ、又左か?入ってくれ。」


 藤吉郎の住んでいる長屋の住処に入ると丁度、小一郎と一緒に飯の時間らしかった。夕飯の時間中で悪いと思ったが、藤吉郎は忙しく彼方此方あちこち動き回っているため、こういった時を狙って行くしかなかった。


 そうして俺は訪問の目的と、織田家を離れ楠木家へ仕官する事など詳しく説明した。藤吉郎も小一郎も俺の門出だと言って大層喜んでくれ、その日は朝まで飲み明かした。


 それから数日、約束の日まで出立の準備と挨拶回りに追われ、ようやく約束の日の朝を迎えた。






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