第31話 大河内城の戦い・その後Ⅱ
◎伊勢国・大河内城 楠木正顕
1559年 6月上旬
評定の間の至る所で此度の特別な報酬についての話で盛り上がっている。
「そろそろ次の話に移ろう。俺からの上位三名の表彰はここまでとなる。因みにこの度だけでなく、これ以降も楠木の命運を左右するような戦で活躍をすれば…いや、戦に限らず様々な事でこの俺に認められるような功を上げた者には、このような秘蔵の品を与える事を約束しよう。」
この宣言に場の盛り上がりは最高潮に達した。少し煽りすぎた感はあるが、皆のヤル気を起こさせる一手としては上々だろう。
「さて…最後になるが、もう一つ皆に知らせておく事がある…入られよ。」
俺の声に促されるように、北畠晴具殿、具教殿、具房殿、長野具藤殿が入来してくる。四人が場の中心、俺の正面に腰を下ろしたのを確認すると口を開く。
「こちらは北畠晴具殿、具教殿、具房殿、長野具藤殿だ。北畠家は此度の戦以降、楠木に従属する事で合意した。従属の条件は
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一つ、北畠具教は隠居の上、出家すること。
一つ、家督継承は嫡男である北畠具房とし、北畠晴具を後見とする。
一つ、北畠家は霧山御所を含め近隣の五万石を所領とし、それ以外の領地は楠木へと譲渡する。
一つ、北畠家は楠木家分国法を遵守すること。
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となっている。あとはこの合意書に具教殿か具房殿の記名血判がされれば正式に合意した事となる。因みにこの合意書も例の書類と同様の効果を持つ。」
そう言って合意書を傍に控えている小姓に手渡すと、具教殿の前に机と筆と硯、そして合意書への記名血判の準備を始めた。その最中、長野稙藤が挙手をし言葉を発する。
「若殿、北畠の従属をお認めになられたのは何故でございましょうや。」
「不満か?」
「正直に申せば。」
「そうか…稙藤は我ら楠木が朝敵となって以降、どうやって命脈を繋いで来たか存じておるか?」
「っ?!……あぁ…なるほど、得心がいき申した。そう言った事情であれば、何も申す事は御座いませぬ。不躾な事を申しました。」
状況の呑み込めぬ者、あらましを理解し納得した者、反応は様々であるが、場は落ち着きを取り戻した。
「我からも宜しいか?…師に勝利し、弟子入りを懇願されたとは、誠の事だろうか?」
「あぁ、剣聖殿のことか?そうだな…事実だが、どうかしたのか?」
具教殿は少し言い難そうにしていたが、意を決して言葉を紡ぐ。
「隠居も、出家も了承はした。その上で頼みがある…図々しい願いだとは思うが、武芸者として武者修行の旅に出てみたいのだが、聞き入れて貰えるだろうか…」
「うん?なんだ、そんな事か…特に問題はない、居場所さえハッキリしておれば、好きにして良いぞ。」
「おぉ、そうか!であれば、我には何の不満もない!」
具教殿は満面の笑みを浮かべて合意書に記名血判をした。そして合意書を受け取り、皆に向けて話しかける。
「これにて正式に北畠家の従属は成った。晴具殿、最後に一つ頼まれてほしいのだが、北畠の身代が縮小した事もあって、全ての家臣を今まで通り養う事は不可能であろう。よって、現家臣団からそのまま仕える者と、独立して楠木に臣従または従属する者を取り纏めて欲しい。また志摩国の国衆に対しても根回しをお願いしたい…こちらは当然報酬を出させて貰う。」
「分かり申した。家臣団の身の振り方は当然として、志摩国については最初の仕事として頑張らせて頂く。」
これで戦の後処理については概ね解決出来るだろう。
「これにて俺の参加する論功行賞は終わりとなるが、一月後の文月の1日、大評定を開催する。代理の者でも構わないが重要な報せもあるので逼迫した要件の無い者は必ず参加するように…以上。」
俺は光秀に一声かけてその場を立つと、その場を下がり奥の間へと向かった。
◎伊勢国・大河内城 北畠晴具
1559年 6月上旬
北畠の従属が正式に成った事で肩の荷が下りた。
論功行賞の場を後にした我らは、一時的に割り当てられた客間にて具教は庭先で剣を振り、儂と二人の孫は膝を突き合わせて話をしていた。
「お爺様、お爺様!あの方が新しい御屋形様なのですか?」
具藤が人懐っこい笑顔で訪ねてきた。
「うむ、御屋形様ではなく、若殿様じゃ。我らのお仕えする御方じゃな。」
「分かりました、お爺様!」
「それよりもお爺様、具藤は如何なるのですか?一緒に居られるのでしょうか?」
次に具房が訪ねてくる。
「おぉ、一緒に居れるぞ。若殿のご配慮にて具藤の長野工藤への養子の件は白紙に戻された。名も北畠具藤じゃ。」
「わぁぁあっ!兄上と一緒だぁ!」
具藤は具房に抱き着くと喜びを露にする。
「お爺様、もう一つお聞きしたいのですが、臣従と従属にはどのような違いがあるですか?」
具房からの唐突な質問であったが、当主教育も兼ねて教えておくとしよう。
「一般的に臣従とは、家臣として主君に仕え、従うことを意味する。要するに主従関係を結ぶと言う事じゃ。対して従属は、自分より強い力を持つものに依存し、その支配や影響を受け、付き従うことを言う。こちらは主従関係は結んでおらん。」
「お爺様、よく解りません…。」
「そうじゃな…楠木家の場合、少し他家と違うのじゃが、例えば…
●領内整備費[従属:半額負担、臣従:負担なし]
●常備兵維持費[従属:半額負担、臣従:負担なし]
●戦費[従属:北畠家負担、臣従:楠木家負担]
●領地替え[従属:選択可能、臣従:選択不可]
となる。大きな違いはこの辺りで、それ以外…例えば石高に対しての常備兵の兵数や収める年貢の配分、分国法を順守する事などは変わりは無い。」
「これだけ聞くと臣従の方がいいような気がするのですが…」
「うむ、通常の従属であれば自分たちの裁量で他家へ戦を仕掛ける事も出来るのだが、楠木の場合は分国法でそれも禁止されておる。ゆえに楠木家に限って言えば臣従の方が得となる。」
「ではなぜ、我らは従属なのですか?」
具房の疑問は最もな事じゃ。単純な損得で言えば従属の方が損じゃからの。
「それはの…大名家として、北畠としての矜持…誇りの問題じゃな。どれほど膝を屈しようとも、勢力としての規模が縮小しようとも、自らの足で立ち、いつか必ず…と言う事じゃ。そのよい例が我らが従う事になった楠木家じゃ。百数十年の昔、戦に敗れ、更には朝敵との汚名を受けて尚、堪え難きを耐え、忍び難きを忍んだ先に今の楠木家がある。…とは言え、これからの北畠の行方は当主である具房、其方が決める事じゃ。故に臣下の礼を取りたければ取っても構わん。しかし、北畠の者としての誇りだけは失ってはいかん…良いな?」
「分かりました、お爺様!」
「うむ、良い子じゃ。」
儂は具房と具藤二人の頭を撫でながら、この仲の良い兄弟二人が協力し、支え合う未来に思いを馳せていた。




