出産後の一コマ
一カ月前にも放たれた祝砲が再び一発鳴らされたのを聞いて、わたくしは深く息を吐き出しました。
初めは男児がよいとは思っていましたが、生まれてしまえば女児でも構わないと思えるから不思議なものですわね。
先ほど顔を見せていただきましたが、まだくしゃくしゃの顔で、赤子らしい可愛らしさはまだありませんでしたけれども、お腹を痛めて産んだからなのか、それでもかわいいと思えてなりません。
「若奥様、何か召し上がりますか?」
「そうね、スープでも頂けるかしら?」
「すぐにご用意いたします」
出産は体力勝負とは聞いていたのですが、陣痛のせいもありどうにも昨日から食欲がなく、ほぼ何も食べていないので胃が空っぽ状態ですので、胃に優しいスープを持ってきて欲しいと言外に言えば、わかっていると言うように頷いたメイドが一度部屋を出て行き、一分も経たないうちに戻って来ました。
いくらなんでも早すぎるのでは?
「いつ召し上がっていただいてもいいように準備しておりました。熱く保つようにしておりましたのでぬるくなっても居ませんよ」
「そう」
我が家の使用人は優秀ですわね。
スープは具沢山のクラムチャウダーで、スプーンですくって息を吹きかけて冷まして口に運ぶと、胃に染みていくように熱が広がっていきます。
「シシリア。ああ、食べながらで構わないよ」
「そうですか? では失礼いたします」
子供の顔を見た後なのでしょう、嬉しそうな顔をした旦那様が部屋に入っていらっしゃいました。
今わたくしが居るのは分娩室の隣にある部屋のベッドの上で、旦那様はベッドサイドにある椅子に腰かけました。
「お疲れ様。私の子供を産んでくれてありがとう」
「ええ、わたくし頑張りましたわ」
「うん、何時間も頑張ってすごいよ」
「女の子でしたが、可愛いですわね」
「ああ、見て来たけど、まだ私とシシリアのどちらに似るかはわからないね。マリティア様はシシリアの生まれた時にそっくりだなんて言っていたけど」
「まあ、そうなのですか」
目も開かないうちからそのような事を言うなんて、お母様ったら既に初孫にメロメロと言うものなのではないのでしょうか?
「そう言えば雪が降っているそうですわね」
「ああ、お皿に集めて持ってきてあげようか?」
「いいえ、結構ですわ。……ふふ、寒い時期に生まれる子供ですので、もしかしたら雪が降るかもしれないと思っておりましたが、本当に雪が降るとは、流石わたくしですわね」
「ああ、まったくだね」
話している最中もわたくしはスープを食べておりまして、二杯目をお代わりいたしました。
「美味しそうだね」
「美味しいですわよ。旦那様も召し上がりますか?」
「後でいただくよ」
「そうですか」
しばらく無言が続き、わたくしは黙々とスープを食べて、二杯目を食べ終わったところでやっと一息ついて器をメイドに渡しました。
「ねえ、旦那様。わたくし本当に頑張りましたわよね」
「うん、すごく頑張ったよ」
「ちゃんと褒めてくださいますか?」
「ん? 偉いね、ご苦労様」
旦那様はそう言って頭を撫でてくださいますが違いますわ。
わたくしはため息を吐き出して旦那様の手を頭から離しました。
「わたくし、がんばりましたのよ?」
「うん、だから偉いねって……ああ、そうか」
旦那様は気が付いたように椅子から立ち上がってベッドに座るとわたくしを抱きしめてキスをしてくださいます。
「愛してるよ、シシリア」
「ふふ、わたくしも愛しておりますわ、ルツァンド様」
そうして抱き合っていると、部屋の扉の方から声がかけられました。
「あら、出直したほうがよろしいかしら?」
「問題ありませんわよ、お母様」
わたくしとルツァンド様は体を離すと、ルツァンド様は椅子に座りなおしました。
「出産お疲れ様でしたね、シシリア。長い時間頑張った甲斐があって可愛らしい子供が生まれて何よりですわ」
「ええ、わたくしの子供ですもの。可愛くないわけがありませんわ」
「全員が来てあなたの負担になるのもどうかという話になって、今日中に屋敷に戻るわたくしが先に挨拶に来ましたのよ」
「お父様は?」
「初孫に夢中になっておりますわ」
「まあ」
あのお父様でもやはり初孫はかわいいのでしょうか。
「もっとも、心のどこかではこの屋敷のどこかにいる蝶の面影を追っているようですけれどもね」
「あらまあ、懲りないお方ですわね」
「まったくですわ」
お父様がいらっしゃると知らせを受けてから、お父様が帰るまではミレジアはシリアと共にキッチンメイドの手伝いをするように言いつけておりますので、遭遇する確率は低いと思いますけれども、お父様の執念というか嗅覚は侮れませんものね。




