シシリアの出産について
シシリアの陣痛が始まったのはまだ外が薄暗い朝早くの事だった。
一緒に寝ていた私が魘されるシシリアの様子に気が付いて急いで屋敷に待機させている産婆を呼び出したところ、陣痛だといわれ、もっと早い間隔で陣痛が起きなければ出産は出来ないと言われた時は、苦しむシシリアの姿を見なければいけないのかと眉をひそめてしまった。
陣痛はあるが、まだ普通に動けるようで、食事こそ控えているがベッドからソファーに移動してシシリアはのんびりと子守唄を歌っている。
母上から、男がいくら騒いだところで邪魔なだけだと言い含められている為、出来る限り平常心を保つようにしているが、やはりシシリアの様子が気になって読んでいる本から視線がシシリアに向いてしまう。
「旦那様、そのように見つめられても子供は出てきませんわよ?」
「わかってる。わかってはいるが、どうしてもね」
「ふふ、叔父様が理解のある方でよかったですわね」
「そうだな。普通なら妻の出産があるから休ませてほしいなんて理由での休暇申請なんて通るはずがないからな」
シシリアの出産に立ち会いたいと言って、私は予定日をはさんだ二週間の休みをもぎ取っている。
本当はもっと欲しかったのだが、これ以上は勘弁してくださいと部下に泣かれてしまったので仕方がない。
まあ、二週間も休みがもらえるだけでも異例なのだけれどもな。
せっかく家にいるのだからと、休みだというのに父上に仕事を山のように押し付けられたのは予定外だったが、いつもよりも夫婦の時間を多くとることが出来て、今後は定期的に休みを取るのもいいかもしれないと考えてしまう。
確かミリア様が有給制度、だとか週休制度と言うものを提案しているとも聞くし、今度詳しく話を聞いてみるのもいいかもしれない。
宮仕えは基本的に休みはないからな、定期的に休みがあるとなれば喜ぶ者も多いだろう。
まあ、仕事をしない者にまで給金を支払わなければいけないという葛藤は財務大臣補佐としてあるのだが、シシリアと過ごす時間の尊さを体感してしまっては心が揺れ動いてしまう。
しかし、ミリア様は仕事の効率を上げるためにも福利厚生なるものを整えるのもいいと言っていたとも聞く。
福利厚生というのがどういうものなのかはわからないが、本当にミリア様は色々な事を思いつくものだ。
そんな事を考えているとシシリアがお腹を押さえて眉間にしわを寄せたので慌てて腰をさすってやると、少し楽になったのか眉間のしわが薄くなる。
「はあ、必要なこととはいえこの陣痛と言うものは大変ですわね」
「代われるものなら代わってやりたいのだけれどね」
「あら、それは無理ですわよ。ミリア曰く、出産のときの痛みに男性だと耐えかねて死んでしまうかもしれないのだそうですわ」
「そ、そんなに痛いのか?」
「さあ? でもお義母様もお母様も昔の事だから思い出したくないとおっしゃっていましたわね」
思い出せないではなく、思い出したくないというあたり痛みの重さがわかると言うものだな。
シシリアは月の物の痛みもつらい方だし、この細い体でよく耐えていると本当に感心してしまう。
◇ ◇ ◇
陣痛の感覚が短くなって、破水をしたシシリアは分娩室に連れていかれて、私は部屋で待機しているように言われて、落ち着かない心を何とか落ち着けようとリラックス効果のあるハーブティーを飲んだりしている。
「若旦那様、レイバール公爵夫妻様がご到着なさいました」
「そうか、今行く」
娘の初めての出産という事で、両親であるレイバール公爵夫妻も我が家に来ることになっており、応接室でシシリアの出産が終わるまで待機する予定になっている。
一応ミレジアは応接室には近寄らないように言っているし、客人が立ち入るような場所に行かないように言っているので今頃はキッチンメイドやランドリーメイドに混じって作業をしているかもしれない。
応接室に行くと既に父上と母上、そしてレイバール公爵夫妻が揃っていたので遅れたことを詫びて空いている席に座る。
「まったく、シシリアがもう子供を産むなど、ついこの間まで幼い子供のように思っていたのに、子供の成長というのは早いものだ」
「旦那様、シシリアはもうすぐ十七歳、婚姻も疾うの昔にしているのですから何も不思議なことはございませんよ」
「そうなんだがなぁ、儂の中ではどうしてもまだ幼い子供のままなのだよ」
こうしてみていると、子供思いのいい父親に見えるが、その実はいまだにミレジアに執着しているお方だ。
この家にいる事はばれてしまったとシシリアは言っていたが、しばらくは手を出さないと宣言したと言っていたので滅多な事は起きないだろうが、念には念を入れた方がいい。
「今回の出産は母子ともに健康であればよいと思っておりますわ」
「そうですわね、それが一番ですわよね」
「シシリアさんは妊娠初期こそ体調が優れていませんでしたが、最近は体調もよさそうでしたから大丈夫だとは思いますけれどもね」
「わたくしもグリムアを産んだ時はつわりがひどかったので血筋なのかもしれませんわね」
「ルツァンドの時はつわりも軽かったですし、出産もすんなり終わりましたので楽でしたわね」
「シシリアもすんなり生まれてくれるといいのですが、こればかりはね」
「今頃、王宮では陛下達がオロオロとしているかもしれませんわね」
「ミリア様の出産の時も随分な騒ぎだったと聞きますので、その可能性はありますわね」
ありえる。
陛下はシシリアの事を寵愛しているからな。
本来ならこの場に駆けつけたいだろうが、王妃様や前王妃様に止められているであろう姿まで想像できる。
そうしてシシリアの昔話などに花を咲かせていたが、数時間経っても出産が終わったという知らせはなく、不安になってきた頃、ポン、と軽く肩を叩かれる。
「何をそんな暗い顔をしているのです。今一番大変なのはシシリアさんですよ」
「はい、母上」
そうだ、私が暗い気持ちになってどうする。
私に出来ることは母子ともに無事に出産が終える事を神に祈るぐらいだろう。
それから新しくお茶を淹れさせたり、前王妃が付けてくださる名前を予想したり、男女のどちらなのかを予想したりと話をしていてふと窓を見ると、王都には珍しく雪が降り始めていた。
「雪だ」
「まあ、本当に。珍しいですわね」
「雪は天使の贈り物とも言いますもの、このような日に生まれるのでしたらきっと神に祝福された子になるでしょうね」
母上に「そうですね」、と返そうとした時、応接室の扉がノックされ、シシリアが女児を産み、母子ともに無事だと言われ、思わず深く息を吐き出してしまった。
今は後産をしている最中なので、もう少ししたら会いに行って欲しいと言われて頷き、体の力を抜く。
「お疲れ様でしたわね、ルツァンド」
「その言葉、シシリアに掛けてあげてくださいよ、マリティア様」
「当たり前ですわ」
それにしても、最初の子供は男児がいいと言っていたが、やはりこればかりは天の采配だから仕方がないのだろう。
それにシシリアの事だ、また子供を作っても大丈夫だと医師に言われたらすぐに「次の子供を作りますわ」と言い出しそうだ。




