匂いに注意
食堂に入って席について食事が運ばれて来て、食べようかとカトラリーに手を伸ばしかけて、ふとわたくしの手が止まったのを見てシャリーア様が首を傾げました。
「シシリア様、どうかなさいましたか?」
「臭いですわ」
「……すぐに窓を開けさせましょう」
「頼みました」
席を立って食堂の職員の所に向かうシャリーア様を見送ってから、わたくしは臭いの発生源をチラリと見て、扇子を手にして開くと顔の半分を隠して眉間にしわを寄せました。
「折角の食事の香りを台無しにするような下品な香りをつけて登校するなんて、今年の新入生は躾がなっていないようですわね」
「え? ……あ、ああ。なるほど、確かにちょっと香りがきついわね」
ミリアもわたくしの言いたいことがわかったのか、新入生の集団を見て苦笑しております。
その視線の先に気が付いたのか、本日一緒に食事を取ることになっている令嬢達の視線も自然とそちらに向き、わたくしが食事を始めないからか、同じように扇子を手に取り口元を隠してわざと聞こえるような声で話し始めました。
「どこの田舎から出ていらっしゃったのかしら? あのような下品な香りはこの王都にはふさわしくはないのではありませんこと? 少なくともこの学園につけてくるようなものではございませんわ」
「まったくですわね。どうせ平民でも手が出せるような安物なのではなくて?」
「いやだわ。格式あるこの学園にあのような方々が入学してくるなんて。これだから田舎者は嫌なのですわ」
流石に声が聞こえ、自分達の事を言われていると気が付いたのか、新入生の集団が顔を赤くして席を立って此方に近づいてきました。
余計に臭いが強くなって気分が悪くなってしまいます。
「私共が何か?」
「あら、聞こえておりませんでしたの? この場に不相応な臭いを纏わせて来るな、と言っておりますのよ」
「なっ」
「どうせ平民にも手が出せるような安物でしょう? そのような下劣な香水ならいっそ付けないほうがよろしいのではなくて?」
「この香水は名店のパチェ・リューラのものですわ!」
「あら、あの店は最近平民向けの安物も売り出したと聞きますわね、それをお買いになったのではなくて?」
「もしくは使い慣れない香水に分量を間違えているとか?」
クスクスと令嬢達が笑っていますが、わたくしはどんどん気分が悪くなっていきます。
「シシリア、顔色が悪いわ」
「貴女達、今すぐわたくしの目の届かないところに行っていただける?」
「は?」
「聞こえませんの? 貴女達が今この場にいると不快だと言っておりますの」
「なぜそんな事を言われなければいけないのですかっ」
「少なくとも、食事を頂く際のマナーも守れないような田舎者が、食堂で食事を頂くにはまだ勉強することが多いという事ですわ。わかったら早くお行きなさい」
「っ! なによ、偉ぶって!」
そう言って立ち去って行く令嬢達の残り香は開けられた窓から吹き込んでくる風が飛ばしてくれますが、悪くなった気分はまだ回復しそうにありません。
「シシリア、本当に具合が悪そうよ。保健室にいったほうがよいのではない?」
「そうですわね。せっかくの食事ですが食べられそうにありませんからそうさせていただきますわ」
「お供いたします」
「シャリーア様まで食事を抜く事は無いのですよ?」
「職員にバスケットを用意するよう手配しましたので問題はございません。シシリア様の分も用意させますのでもし食べられそうになりましたら召しあがってください」
「そう? わかりましたわ」
「シシリア、気を付けてね」
ミリアが心配そうに言うので手を振って答えると、シャリーア様と一緒に保健室に向かいました。
保健室に行くと柔らかい広いソファーに座るように言われたので言われたとおりに座って気を落ち着けていると、シャリーア様が氷と水の入ったコップを差し出してきてくださいました。
「ありがとうございます」
「いえ。このぐらいどうという事はありません」
「先ほどの令嬢達は」
「すぐさま素性の方を調べておきます。恐らくは地方出身の令嬢達でしょうが、どうにもまだこの学園に馴染めていないようですね」
「新学期が始まって二ヶ月近く経っているというのに嘆かわしいですわね」
コップに入った水を飲み切って、中に入っていた小さな粒の氷をガリっと音を立てて齧ると、その様子を見たシャリーア様が何かを納得したように頷いていらっしゃいます。
「どうかなさいましたの?」
「いえ、今まで以上にシシリア様にお仕えしようと心を新たにしたまででございます」
「そう?」
シャリーア様はわたくしの腹心で、わたくしの気が付かない所まで気を回してくださいますから、そう言ってくださるのはありがたい事ですわね。
それにしても、水を飲んでやっと少しだけ気分が落ち着きましたわ。
この保健室にいつも焚かれているアロマの香りも効果を発揮しているのかもしれませんわねえ。
職員がその日の天候や気温によってブレンドを変えていると聞きますが、良い香りですわ。
そうしていると保健室の扉が開けられて、食堂の職員がバスケットを持って入って来ました。
「シシリア様、何か召し上がれそうなものはありますか?」
「そうですわね、サラダをまずいただきますわ」
「かしこまりました」
職員がソファーの前に小さなテーブルを置くと、シャリーア様がバスケットの中からサラダの入った器を取り出してその上においてくださいました。
カトラリーも用意してくださいましたので、フォークを手にしてサラダを頂きます。
さっぱりしたドレッシングが使われていておいしいですわね、これなら全部食べることが出来そうですわ。