シルフィアの葛藤
「あら、お姉様」
「ティアンカ、ここでなにをしていますの?」
「何って、前王妃様のお見舞いですよ。お姉様もそうでしょう? その割には手土産の一つも無いようですけどね」
「そう」
「それにしても、来るのが遅いんじゃないですか? 私なんて知らせを受けて真っ先に来ましたよ」
「貴女は王宮内で暮らしているでしょう。物理的な距離を考えなさいまし」
「ふん」
鼻を鳴らしてわたくしの横を通り過ぎていくティアンカとわたくしの間にさりげなくメイドが立ちます。
今のティアンカがわたくしに何をしてくるかわからない状態だから仕方がないとはいえ、過保護な事ですわね。
ティアンカの姿が見えなくなってから、わたくしはメイドにお婆様の部屋の扉をノックさせました。
中から声がしてわたくしの名前を告げると扉が開けられます。
応接部屋を通り抜けてそのまま寝室の扉をノックしますと入室の許可を頂けましたので中に入れば、ベッドから起き上がったお婆様がいらっしゃいました。
「御機嫌よう、お婆様。具合はいかがですか?」
「ちょっと眩暈を起こしただけなのに周囲が大騒ぎしただけじゃ、大事ない」
「ならよかったですわ。お土産にお婆様のお好きな菓子店のゼリーを持ってきましたので、後でお召し上がりになってくださいな」
「おお、それは嬉しいのう」
ミリアが最近売り出したゼリーは最近のお婆様のお気に入りで、冷やして食べるのが気に入っているとの事なので、今は厨房で冷やさせております。
「それにしても、こうして床に臥せるのも何年振りであろうの」
「少なくともわたくしが知っている記憶にはありませんわね」
「まあ、気丈に振舞っておかねばならぬ立場であるからの、妾は見栄っ張りなのじゃ」
「まあ、ふふふ」
お婆様の言葉に思わず笑ってしまいますと、お婆様が手を伸ばしてわたくしの頬に触れてきました。
されるがままにしておりますと、お婆様は満足なさったのか手を元に戻して優しく微笑んでくださいます。
「はようひ孫の顔が見たいものじゃ」
「わたくしも早くお見せしたいのですが、こればかりは仕方がありませんわね」
「そうじゃな。とにかくシシリアは体を大事にすることじゃ。サフィールから聞いておるぞ、最近モストロム侯爵家の使用人で病が流行っているのじゃろう?」
「ああ、まあそうですわね」
苦笑してしまうわたくしに、お婆様は何を思ったのか一瞬だけわたくしの下腹部に視線を向けた後にすぐにわたくしの顔を見ました。
「そなたの体は、そなたの産む子供はこの国の宝となるのじゃ。体を大事にするのじゃぞ」
「もちろんですわ」
頷いたわたくしにお婆様は満足そうに微笑むと掛け布団の上で手を組んでその手に視線を向けました。
「妾は、物心がつく頃からこの国の為に尽くすのだと教えられてきて育っておった。妾よりも自由に育っていた弟と妹を羨ましいと思ったことが無いといえば嘘になるが、それでも妾は妾にしか出来ぬことがあるのだという事が誇りであった。前国王に寵姫がすでにいるとわかっていても、そんなものはどうでもよかったのじゃ。妾はこの国の為に婚姻をするのじゃから、愛などはなから不要じゃった、女としての幸せなど望んではおらなんだからの」
独り言のように呟かれる言葉を、わたくしはただ黙って聞いております。
「当たり前のように、子供達にも同じ教育を施した。己の感情の前にこの国の為に生きるようにと、そう教え込んで育てたのじゃ。二人は優秀で、妾の望む以上の成果を出してくれておる。国の為に嫁ぎ、国の為に国王になった。そこに迷いなどなかったであろう。妾がそう育てたのじゃからの。じゃが、シシリアが幸せになりたいと言ったとき、妾はとても驚いたのじゃ」
「そうだったのですか?」
「うむ。シシリアも当然この国の為に己の感情を殺して生きていくと、そう思っておったから、子供とはいえはっきりと幸せになりたいと主張したシシリアに、妾は驚いたのじゃ。そしてその時初めて、妾は子供の教育を間違ったのかもしれぬと、そう思った。妾の時は、妾が心を殺して為すべき事をなさねば国が崩れてしまうから、当たり前のようにそうして生きていた。しかし、子供達にまでそれを押し付けるのは間違いであったかもしれぬと、あの時初めて思ったのじゃ」
「お母様も叔父様も、お婆様を恨むという事は絶対にないと思いますわ」
「そうじゃな、わかっておる。あの子らは出来た子供じゃから、自分の置かれている状況をよく理解しておるのじゃろう。じゃが、妾がもっと努力をして居れば、すくなくとも前国王があのような最期を迎える事は無かったのではないかと、今でも思えてならぬのじゃ」
「お爺様の件は、お母様から聞いたことがありますが、お婆様のせいではございませんでしょう? どうしようもなかった、そう聞いておりますわ」
「ああ、そうじゃとも。どうしようもなかった。妾は出来る限りの最善の策を取ったのじゃ。なれど、他にも方法があったのではないか、もっと良い方法があったのではないか、そう思えてならぬ」
「きっと、体調が優れずにお心が弱っておいでなのですわ」
「……そうかもしれぬな。すまぬ、婆のつまらぬ愚痴を聞かせてしもうたの」
弱弱しく微笑んだシルフィアにシシリアは優しく微笑み、少し寝た方がいいと言う。
「散々寝たから眠くないのじゃがな」
「では薬師に眠り薬を用意させましょうか?」
「あれは起きた時に頭がぼぅっとするから好きではないのう」
「では無理にでもお眠りあそばせ、お婆様」
わたくしの言葉にお婆様は諦めたのかベッドに横になると目を閉じたので、わたくしは掛布団を肩まで掛けて差し上げると、そっと寝室を出ました。
「シシリア姫様」
「なんでしょうか?」
「シルフィア様は本当にシシリア姫様を大切になさっておいでです」
「わかっておりますわよ」
お婆様付きの馴染み深いメイドに言われてわたくしは苦笑交じりに笑うと、そのままお婆様の部屋を後にしました。




