お仕事を依頼されました
サフィール様とミリアの婚姻祝いの品を届けるという名目で、隣国の王太子がやってくるという話が持ち上がったのは急な事でございました。
王太子はそのままこの国に滞在し、年齢的な事を考え学園に通い、次代へ向けての交流をはかるということになったそうなのです。
「婚姻式の準備だけでも大変でしょうに、接待もするなんて大変ですわね」
「うむ。そこでシシリアにも協力してもらおうと思っての」
「わたくしが?」
「サフィールとミリア、マレウスとティアンカが主に接待役になる予定だが、シシリアも知っているようにサフィールは体が弱く、マレウスはいささか口が過ぎる上にティアンカは教育が行き届いていない。ミリアにばかり負担がかかってしまうだろう」
「そうですわね」
「そこで、ミリアの親友であり、儂の姪姫であるシシリアに手伝ってもらいたいのじゃ」
国王夫婦に個人的な頼みがあると言われてプライベートな用事で使われる応接室に通され、随分な大役を頼まれたと扇子の裏側でこっそり息を吐き出しました。
姪であり、国王の従兄弟の妻であるわたくしであれば、確かに接待役として不足はないという事は理解できますが、それだけではわたくしが接待役を国王陛下直々に依頼される決め手としては弱いですわね。
本来ならサフィール様達四人でどうにかすべきこと、それをさらにとなれば相手国に我が国の王子達を国王陛下が信頼していないととらえられてしまいます。
「なるほど。ねえ叔父様、いいえ、国王陛下」
「なんじゃ?」
「暁の薔薇、わたくしに似合うと思いませんこと?」
「ふむ?」
「サフィール様達の婚姻式の後に行われるパーティーのドレスの飾りに使ったら素敵だと思いませんか?」
「シシリアさん、それはっ」
「よかろう。婚姻式の朝にモストロム侯爵家に届けさせよう。そもそもあれはシシリアのものじゃ」
「……陛下がそういうのでしたら」
「ふふ」
王宮の、その時代の国王が最も寵愛する妃に与えられる部屋の庭にだけ咲く薔薇。
その薔薇を身につける者は国王から最も寵愛を受ける者のみ。
それは王妃である時代もあった、側室である時代もあった、実の娘である時代もあった。
そして今代の王妃は暁の薔薇を身につけたことが無い。
先代の娘であるお母様が身に着けたこともない。
それを持つ者は王妃であってもぞんざいに扱う事が許されない、言ってしまえば裏の王妃とも言える存在。
あの薔薇を身に着ける者であれば、隣国の王太子の接待役を任される一人として問題はない。
むしろわたくしの立場と相まって接待役に出さないほうがおかしいと判断されます。
「楽しみですわ」
今代の国王陛下の寵愛が、第一王子の婚姻式の祝いの席で披露される。
燃えるような橙から青へと色を変えるグラデーションに合わせたドレスを今から調整しなければ、とわたくしは年相応に頬を上気させてしまいます。
「そうじゃ、シシリア」
「なんでしょうか?」
「隣国の王太子は随分な美丈夫と聞く。お主に限って万が一の事はないだろうが、役目を忘れぬようにの」
「まあ、ふふふ。わたくしよりも他の令嬢が夢中になってしまうのではないでしょうか?」
「私はミリアさんはともかくティアンカさんが心配ですわ。王太子は王宮に滞在なさいますし、接することも多いでしょう」
王妃様が今から予想出来てしまっているのか、起きる可能性の高そうな問題に頭を痛めているようです。
流石に四六時中傍で見張るというわけにもいきませんので、そこは王宮の方で何とかティアンカを監視してもらうしかないとわたくしが考えていると、陛下と目が合いました。
「シシリアも王宮に」
「わたくしはモストロム侯爵家の嫁でございますの」
にっこりと笑みを浮かべて陛下の言葉を遮ります。
これを機会にわたくしを王宮に滞在させたいのでしょうけれども、それはわたくしの望むものではございません。
「家を守るのが妻の役目でございましょう?」
「シシリアさんの言う通りですわ、陛下」
「ふむ、仕方がないの」
「けれど、滞在は無理でもせめてルツァンド様が勤務している間は王宮にいてくださらないかしら? 帰宅時は二人で帰ればよろしいわ」
「あら」
王妃様の言葉にそれは随分魅力的な提案かもしれないと扇子をパチリと閉じました。
「ルツァンド様がよいというのでしたら、わたくしはそれに従いますわ」
「それであれば、あやつに否やは言わせんさ」
陛下の自信満々の笑みに、わたくしもにっこりと笑みを返しました。