主役は忙しいものです
「シシリア、こちらは隣国の王太子、オベロン=クロナック様だ。オベロン様、こちらが先ほど話した僕の従姉妹姫のシシリア=モストロム侯爵夫人ですよ」
「初めまして、シシリアと申します。オベロン王太子殿下が我が国に滞在中、第一王子妃共々お相手を務めさせていただきますわ」
「初めまして。ミリア様といい、この国の女性は婚姻が早いのですね」
「ふふ、わたくしは六歳の時に婚姻しておりますのよ」
「は……?」
「まあ、わたくしが特別に婚姻が早いのですけれどもね」
驚いたように目を見開いたオベロン様にわたくしは悠然とした笑みを浮かべます。
オベロン様は夜空のような藍色の髪に、宝石のようなアイスブルーの瞳を持つ、確かに美丈夫と言って差し支えのない青年です。
年頃の令嬢だけでなく、少なくない数の貴婦人もオベロン様を見て頬を染めているのが確認できますので、思わず小さく肩を竦めてしまいました。
「……麗しいご夫人方にお相手いただけるとは、これだけでもこの国に来てよかったと思えますよ」
「まあ、それはようございましたわ」
「弟とその婚約者も紹介したいのだけれど、こう言っては角が立つかもしれないが、彼女は少し苦手でね……シシリアも一緒にどうかな」
「そうですわねえ、わたくしのほうは挨拶もほとんどすみましたから構いませんけれど、サフィール様とミリアはまだ他に挨拶があるのではなくて? よろしければわたくしがお二人の所におつれ……しなくてもいいみたいですわね」
わたくしの言葉と動いた視線にサフィール様達が振り返ると、身なりだけは整えられたティアンカとそれをエスコートするマレウス様がこちらに向かってきています。
「シシリア、任せてもいいかな。僕は彼女とは合わない」
「ええ、承りましたわ。ミリアもサフィール様と一緒に行って大丈夫ですわよ」
「ありがとう、そうさせてもらうわ」
「ありがとうシシリア。……ああ、そうだ」
お礼を言って足早に次の挨拶に向かおうとしたサフィール様がふとわたくしの腰に飾られた薔薇を見て笑みを浮かべました。
「なんでしょう?」
「その暁の薔薇、よく似合っているよ」
「ありがとうございます」
どこか憧憬のこもった目で見てくるサフィール様に、わたくしは妖艶な笑みを浮かべて頷きます。
ミリアを連れて他の貴族への挨拶へ向かったサフィール様を見送って、オベロン様がわたくしに視線を向けていらっしゃいました。
「その腰につけている薔薇の花は、何か意味があるのですか?」
「今代の国王陛下の寵愛を最も受けている証ですのよ。隣国にもそう言うものがございますでしょう?」
「ええ、その代の国王の紋章が刻まれた指輪が寵姫に贈られます。貴女は」
「やあ、御機嫌ようオベロン様。王宮にいらしたときに軽く挨拶しただけでしたので、改めてご挨拶をさせていただいてもよろしいか? 俺の婚約者も紹介したい」
何かを言いかけたオベロン様の言葉を遮るようなマレウス様の言葉に、わたくしはスッと目を細めて不快感を表しましたが、急に話しかけられたオベロン様は流石と言うか、嫌な顔一つせずにマレウス様達を見ました。
マレウス様は一瞬だけわたくしの腰を見て眉を寄せましたが、すぐに笑顔を作ってオベロン様に向き直ります。
「もちろんですよ。確かマレウス様でしたよね」
「はい。こっちが俺の婚約者のティアンカ=レイバールです」
「はじめまして、オベロン様。ティアンカです、よろしくお願いします。オベロン様って聞いていた通り素敵な方ですね」
オベロン様の美貌にうっとりとしてティアンカは頬を染めております。
「ティアンカ様もお可愛らしいですよ」
「え、やだっ。どうしよう、そんな……恥ずかしいです」
両手を頬に添えて恥ずかしいと言いながらももじもじと体を動かし、うっとりとそれでいて嬉しそうに声を弾ませるティアンカにわたくしは冷たい視線を向けると、オベロン様に顔を向けてにっこりと笑みを作って口を開きます。
「オベロン様、学園ではわたくし達とミリアは同じ学年になりますのよ」
「そうなのですか、それは心強い」
そのまま学園の話に移ろうとしたところで、わたくしの斜め向かい、オベロン様の正面から不快を隠そうともしない声がかけられました。
「お姉様、何なんですかいきなり」
「姉?」
「ええ、異母姉妹ですの」
「なるほど、通りで」
あからさまに眉間にしわを寄せ、口をとがらせて不機嫌を現すティアンカと、悠然と笑みを浮かべるわたくしを見比べて頷くと、オベロン様の体はマレウス様の方を向いておりますけれども、顔はわたくしの方に向けております。
「学園生活でもお世話になると思いますが、よろしくお願いします」
「ええ、もちろ」
「もちろんです! まかせてください!」
わたくしの言葉を遮ったティアンカの言葉に、わたくしは扇子を口元にあてて疲れたように眉を下げました。
「オベロン様、喉が渇きませんか?」
「そうですね」
「なら飲み物を取って来ます! マレウス様、いきましょう!」
そう言ってマレウス様の腕を引いて給仕の方へ歩いていくティアンカの姿にわたくしは思わず視線を伏せてしまいます。
自分で取りに行くという発想になった挙句、なぜマレウス様を付き合わせるのかわたくしには全く理解が出来ません。
「個性的な令嬢ですね」
「ええ、本当に。至らぬせいでご不快な思いをさせてしまいましたら申し訳ありません」
「構いませんよ。それを補って余りあるほどの魅力的な女性がいらっしゃいますので」
「まあ、ふふふ」
お世辞なのか本音なのか、微妙な言葉に意味深な笑みを浮かべ、視線を配って二人分の飲み物を持ってきた給仕からグラスを受け取りました。




