第9話 交渉材料
ルクさんは、ヒトミちゃんと別れたその足で冒険者ギルドへ向かった。ちなみに私は「冒険者ギルドには割と血の気の多い輩が多いのでここで待っていてくださいね」とギルドの入口に置いて行かれた。
「お、お嬢さん可愛いね。商人さん?」
「オーブ商会の者です」
「オーブ商会か! 大店だな。よかったらお茶でも……」
「レンゲさん、お待たせしました」
声をかけてくれた冒険者さんはルクさんの声を聞いて「なんだ、男連れかよ」と呟いてギルドの中へ入っていった。
「レンゲさん、ああいった手合いには答えなくていいんですよ」
「商人かどうか聞かれただけですよ?」
「あからさまなナンパです」
「なんぱ……?」
私のこれまでの人生に存在しなかった出来事に、思わず首を傾げてしまう。ナンパなんて生まれてこの方初めての経験だった。
「まあ、普段はワタシがいますからね。それでもかまいませんが」
「はあ……?」
ルクさんの意図がわからず首をかしげると、ルクさんはなんだか少し困ったように微笑んだ。
「では、手に入れた情報のお話をしましょうか」
そう言って、私とルクさんは、この国で利用している宿へ向かった。
「魔族も魔王もお酒が好きだそうです」
「お酒?」
宿のルクさんの部屋でルクさんが得てきた情報を共有してもらう。魔族はお酒が好きだという情報だけだが、何もないよりはいいのかもしれない。
そう考えているとルクさんは楽しそうに笑った。
「早々に出番がきましたね」
意味が分からず思わず口から「なんのことですか?」という問いが出てくる。するとルクさんはまたおかしそうに私を見て笑った。
「レンゲさんの特技は?」
「……ポーションと化粧水を作ること?」
「それ以外にもありましたよね。作れるもの」
そう言われてすぐにピンときた。
「エリクサーの失敗作!」
「はい、正解です」
ルクさんは楽しそうに笑いながらマジックバッグから例のお酒を取り出した。
「やれるだけやってみましょう」
「え……?」
まさか大量に作れと言われるのではと身構える。ルクさんは笑顔でサラマンダーの素材の残りを差し出してきた。
「頑張ってください」
「……はい」
逆らえなかった。
「つ、疲れた~……」
大鍋いっぱいのエリクサーの失敗作。ルクさんはそれを笑顔で瓶に移していた。
「これだけあれば十分です。よくがんばりましたね」
「……サラマンダーの素材ってあれで全部ですか?」
「いえ、あと少し残っています。ですが、これは非常用ですので、基本的には手を付けません」
ルクさんが言うには、サラマンダーの素材は高値が付くため、万が一、ケガなどで商品が作れなくても、それを売ればかなりの収入になるらしい。
大量のお酒を瓶に移し終えたルクさんが機嫌よく私に言う。
「ここからはワタシの番ですね」
「何がですか?」
ルクさんが何かを企んでいる時の顔をした。私はその顔を見る度に逃げ出したくなるのだが、逃げられた経験は一度もない。
「この酒を使って、魔王と交渉しましょう」
思考が停止した。
今、この人は、魔王と交渉すると言ったか。
「……なんの、交渉、ですか?」
「不戦協定です」
「……できるんですか?」
「ダメだったらその時は全力で逃げましょう」
前から見ていて気付いたことだが、ルクさんは逃げること、というか、私を逃がすことを躊躇わない。私を危険に晒すくらいなら逃げる、とすぐに判断してくれるのだ。
「……私も、行くんですか?」
「ええ、もちろんです。今のところ、エリー酒を作れるのはレンゲさんだけですから」
エリー酒、とは、なんともかわいらしい名前がついたものだ。
「あのお酒、いつの間にそんなかわいい名前になったんですか?」
「名前は大切ですよ。それっぽさを演出するためにもね」
「でもエリクサーにならなかったお酒でエリー酒は安直じゃないですか?」
「いいんですよ。名前はついていることが大切なので。それとも、レンゲさんが名付けますか?」
「いや、いいです。私、センスないので」
丁重に辞退するとルクさんは喉の奥で笑う。この人はいつもそうだ。私が何かを拒否すると、それが面白いのか不思議なのか意味深に笑う。
「近いうちに魔王城に伺いましょう。のんびりしているとクロノシアも動くかもしれませんし、何より……」
「何より?」
「また商会業務で缶詰はお断りです」
「……そうですね」
今日まで身動きが取れなかったことを考えると、またすぐに忙しく仕事を持ってこられるかもしれない。それなら急いで旅の準備をする方がいい。
「まあ、かなりの量を納品していますから。しばらくは大丈夫だと思いますが」
それもわからない。商会から渡されるお金が増えていることを考えると、売上が上がっているか定期的に購入してくれる大きな取引先ができたかのどちらかだ。ルクさんが言うには、恐らく、この国の軍に卸されているのだろうとのことだが、詳しいことはわからない。
「それでも、いつまた『2000個納品しろ』と言われるかわかりませんからね」
「2000個はもう嫌です」
さすがに2000個はきつかった。エナドリポーションを何本飲んだか覚えていない。
「ですから、急ぎましょう。明日の朝、出発しますよ」
「わかりました」
それに、魔王城へ向かうのは、私としてもやぶさかではない。
私はこの『クロノスの涙』をプレイしていた乙女ゲーマーだ。推しがいなかったわけじゃない。
(スティルテくんにも会えるかも……?)
魔王の側近、スティルテが私の最推しだった。そんな彼に会えるかもしれないのだ。素直に旅の準備を整えずにはいられない。
私の機嫌がいいのを察したルクさんが、なんだか不思議そうな顔をしていたのが、少しだけ面白かった。




