第8話 情報収集
「こちらはどうです?」
「うーん……」
「ではこちらは?」
「ルクさん、さっきから次々本出してもらってますけど、そんなに一気に読めません」
化粧水の発売から2週間ほどたったある日、私とルクさんは約束通り本屋さんに来ていた。それまではオーブ商会の工房に缶詰めになっていたが、ようやく暇ができた。
魔法の入門書の棚に来てみると、ルクさんに次々と本をお勧めされたが、どれがいいのか全く分からない。
「使いたい魔法はどんなものですか?」
「……護身用?」
「基礎から学ぶのであればこの5冊がおすすめですよ」
「でも2冊は紙じゃないですか」
そんな感じでルクさんと悩みに悩んだ結果、羊皮紙の本を1冊、紙の本を1冊、購入した。羊皮紙の本は金貨1枚、紙の本は金貨15枚だった。
「化粧水1.5本分……」
「高いと言ったでしょう?」
手持ちから支払えたが、物価の違いに頭が痛くなる。
「……稼いでも稼いでも暮らしが楽にならない」
「レンゲさんがそれを言うのは庶民の方々に怒られますよ」
「こうなったら次々、商品開発してやる……現代知識無双してやる……シャンプーにボディーソープ、乳液に化粧品……!」
「売るのはお任せくださいね」
「頼りにしてますよ、師匠」
冗談めかして言い合っていると、正面から歩いてきた少女が突然、私に駆け寄ってきた。 咄嗟にルクさんが私の前に出るが、少女はそれをすり抜けて私の手を握った。
「よかった! 無事だったんだね!」
久々に見る顔だった。ショートヘアの似合うさわやかな風のような少女。彼女はこのゲームの主人公の1人。
「ひ、ヒトミちゃん……」
「心配してたんだ、ひとりで逃げたって聞いて。もし見つからなかったらそれは、ってことだから……」
ヒトミちゃんは心底ほっとしたような声色で私の両手を握る手に力を込めた。
「……クロノシア王国の方ですか?」
ルクさんの警戒したような声。その声に反応したヒトミちゃんはルクさんを振り返って私に「……知り合い?」と尋ねた。
とりあえず頷くとヒトミちゃんはためらうことなくルクさんにも握手を求めた。
「お姉さんを助けてくれてありがとう。私はヒトミ。一応、クロノシア王国の勇者ってことになってるけど、あんまり気にしなくていいよ。王国に報告もしないから」
「ど、どうして?」
「いや、普通に考えて『17番目の妃にしてやる』なんて言われたら私でも逃げ出すよ。同情するし、私でも同じように逃げたと思う」
その言葉で私はほっと息を吐く。どうやら私の感覚が正常なようだ。
「でも、化粧水なんて現代っぽいもの出てきたら反応しちゃうよ」
「うっ……」
言葉が出なかった。確かに、ヒトミちゃんやアイちゃんが反応するのもわかる。
「目立たないほうがいいとは思うけど、私はあなたの自由を奪うつもりはないから、何かあったら頼ってね」
「あ、ありがとう、ヒトミちゃん」
その後「お姉さんって他人行儀だよね。名前は?」と尋ねられて「レンゲだよ。ヒトミちゃんでいい?」なんて会話があり、ルクさんが「立ち話もなんですから」と近くのお店に入った。
お店の中でヒトミちゃんは機嫌よく笑って言った。
「それにしても商人とは考えたよね。いい選択だと思う」
「そうなの?」
疑問符を返すとヒトミちゃんはお茶のカップを一度傾けてから頷いた。
「商人って基本は自由交易でしょ? 国同士の権力とかそういうのに縛られないから権力が効きにくいんだよ」
その言葉にうなずいたのはルクさんだった。
「言われてみればそうですね。権力で押さえつけられるなら旅に出ればいいのですから」
「あはは、ウチの王様が聞いたらブチ切れそう」
そう言ってヒトミちゃんが笑う。それにつられて、私も少しだけ笑ってしまった。
その直後、ヒトミちゃんが真剣な表情で私とルクさんを見た。
「ところでさ、魔王とか魔族とかの情報って入ってこない?」
その言葉に私とルクさんは顔を見合わせた。
ゲームの中の存在としての魔王やその側近は知っているが、こちらの世界に来てから彼らの情報を聞いたことはなかった。
「私は、どこまで行っても勇者だからさ……もし、魔王が人間を脅かすなら、戦わなきゃならない。だから、何か知ってたら教えてほしいんだ」
真剣な顔。けれど、私は少なくとも、その顔にこたえられるだけの情報を持ってはいない。
「ごめん、私は何も……」
「お力になれず申し訳ない、ワタシも聞いたことがありませんね」
「そっか。いや、大丈夫。こっちこそ急にごめん。でも、もし争わないで済むならそっちのほうがいいんだ」
困ったように笑うヒトミちゃんに私も「そうだよね」と答える。
「私も少し調べてみるよ」
「そうですね。安心して商売ができる環境は大切ですから」
ルクさんが冗談めかしてそう言うと、ヒトミちゃんの顔に笑顔が戻った。
「ありがとう、レンゲさん、ルクさん」
「こちらこそ、心配してくれてありがとう」
「あ、そうだ。レンゲさん、もしできたらシャンプーとかボディーソープとか作ってほしいな」
「あはは、わかった。挑戦してみる」
「やった! やっぱり持つべきは同郷の仲間だね!」
ヒトミちゃんはそう言うとカップの中身を飲み干した。私たちも同じようにカップを空にする。
その後、支払いで私とヒトミちゃんがもめている間にルクさんがさらっと支払いを済ませてしまって、私もヒトミちゃんも真顔になってしまった。
「レンゲさん」
「なに?」
「ルクさん、優しくてイケメンだね」
「そうなんだよ……!」
「わかる、そういう反応になるのすっごいわかる」
不思議そうな顔のルクさんに私とヒトミちゃんの心は一つになっていた。
「またね、レンゲさん!」
「ヒトミちゃんも、気を付けてね!」
「ありがとう! レンゲさんもね!」
親しい友人と別れるように手を振りあって、ヒトミちゃんと別れる。なんだか楽しい時間だった。
「さて、レンゲさん」
背後から声をかけられてびっくりする。ルクさんが笑顔だった。
「情報収集と行きましょうか」
その一言で私は、余計なことに首を突っ込んだと気づくのだった。




