第7話 初任給
「困りましたね」
「……すみません」
「いえ、嬉しい悲鳴というやつです」
そう言いながらルクさんはポーションの小瓶を揺らした。
先日のサラマンダー討伐で私のポーションを使ったルーキーの冒険者たちが、私のポーションを他の冒険者に広めてくれたらしい。そしてそれを聞いた冒険者たちがオーブ商会に殺到し、オーブ商会から私とルクさん宛てに「商品を大量に用意しろ」とのご命令が下った。
おかげで私とルクさんはオーブ商会の用意してくれた工房の奥で缶詰になっている。
「ではレンゲさん、自分は薬草をかき集めますのでポーションの作成をお願いします。完成品は念のためこちらのマジックバッグにお願いします。ある程度、数が溜まったらワタシが確認して商会へ納品します」
「わかりました」
「他にも作ってみたいものがあればご自由にどうぞ。ポーション以外のものはこちらの箱に入れておいてください」
「そんな暇あります?」
「がんばってくださいね」
工房の手前の方でルクさんは薬草を集め始めた。他にもお手伝いしてくれる商会の方がいるのか、ルクさんはその人たちに指示を出しつつ、大量の薬草を持ってきた。
そうして作った大量のポーションはルクさんが確認してから商会へ持っていく。とにかく量をこなして朝から夕方まで同じ作業を繰り返していった。
ルクさんが薬草のストックを少し切らしたタイミングで、自分用の化粧水を作ってみる。自分の手持ちの薬草から作ったのでこれは私個人のものだ。少しだけポーションを入れて、あとは薬草をいくつか組み合わせて作った化粧水はかなり使いやすいものになった。
「無事に終わりましたね」
「お、終わりましたか……」
「はい。少々、上乗せして納品しました」
上乗せという言葉に苦笑する。ルクさんはやっぱり頭がいい。指定された数よりも多く納品することで商会に在庫を置くつもりらしい。
「それはそうと、何か試作品はできましたか?」
「一応、自分用の化粧水とか」
「化粧水、ですか。効能をお伺いしても?」
「自分用なので特にたいしたものじゃないです。ちょっと日焼けとか肌荒れに効くってだけで」
そう言うとルクさんは私の化粧水を少しだけ手に垂らして塗り広げた。
「おや、これはすばらしいですね」
ルクさんは私の方へ手を差し出した。触ってみろということらしい。
そっと撫でさせてもらうと少しだけささくれていた指先がきれいになっていた。自分では顔にまで使ってみたがやはりすごい。
「こちらも商品登録しましょう。発案から作成まで当面は独占という形で。そうですね、数か月後に作り方を発売でいかがです?」
「え? いや、必要なら今すぐに作り方教えますけど」
「それでは利益が出ません。金儲けをするなら独占できる情報はしばらく秘匿すべきです」
「そういうものなんですか」
「ええ。作成の手が回らなくなった時に作り方を公開して薬屋や医者に情報を売るのが一般的です」
医療従事者が確認してくれるなら安心だ。間に入って安全性を確認してもらう方がずっといい。
「これの作成に変わった材料はありますか?」
「ないです。ポーションとお水、それに薬草を何種類かなので」
「それなら問題ないでしょう。そうですね、この効能なら……金貨で10枚を最初の値段にしましょう」
「……へ?」
あまりの高額さに思わず声が出た。この世界、普通の外傷向けポーションは町や国の中なら銀貨1枚ほどだ。火傷治しに至っては銅貨7枚で買える。そのことからもあまりに高額だ。
「た、高すぎます!」
「そうでもありませんよ」
「だってこれ、薬草は何種類か使ってるけど多くないですし!」
「発案料です」
「いや、でも外傷向けポーションと作り方もほぼ同じですし!」
「配合が違いますよね?」
「誰でも思いつきますよ!」
「なら今まで存在しなかった理由は?」
言葉に詰まる。つまりこの金額の大半が発案料ということだ。
「最初は貴族の御婦人方に。ある程度、評判になって増産が必要となった時には作り方を売る。これでいいですよね?」
「……できれば、肌のことで悩んでいる人全員に届いてほしいです」
けれど、恐怖はない。
あの時のウサギには感謝しなければならないだろう。私に自作の薬を使う勇気をくれたのだから。
「優しいですね。でしたら、少し効能は落ちるけれど有効なものを作れますか?」
「やってみます」
ルクさんに言われた通り、薬草の数を減らして魔力を注ぐ。お鍋いっぱいに作った化粧水の被験者は商会のお姉さんたちだった。
「なにこれすっごい!」
「手がすべすべ!」
「これっていつから売るの? 予備も含めて買いたいわ!」
次々と好意的な反応をもらえて少し照れる。そんな私の反応を見たルクさんは商会のお姉さんたちに「試作品ですが、良ければ2本ほど贈呈させて頂きますね」と笑った。
お姉さんたちにポーション用の瓶よりも大きな瓶に入れた化粧水を渡し終えてからルクさんは私に「忙しくなりますよ」と笑顔を見せた。
「ポーションは毎日作ってください。化粧水は毎日では難しいでしょうから、3日ごとに作成してください。もちろん、適切に休憩を取ってくださいね。販売の方はワタシと商会に任せておいてください」
どんなものでも売る、という意思が垣間見えた気がして思わず苦笑する。ルクさんの商売根性に火をつけてしまったらしい。
「私の分は確保してもいいですか?」
「もちろんです。制作者特権です。高級な方を確保して構いませんよ」
飴と鞭の使い分けが上手い。そう言われたら私は何も文句が言えないだろう。
だが、私とて、ただ言われるままになるつもりはない。
「返金保証制度を要求します」
「返金保証制度ですか?」
「もし使ってみて肌に合わなかったときは返金に応じる制度です。私の化粧水は肌のことで悩んでる人に届けることが目的なので、使ってみて合わなかったときは返金できることにしてほしいです」
意見を述べるとルクさんは悩むように顎に手を当てた。
「それだと悪質な客が使い切ってから返金を要求してきますよ?」
「でもこの世界にもその人に合う薬草、合わない薬草があるんじゃないですか?」
「珍しい例ですが、確かに一理ありますね」
ルクさんは再び考えるように黙ると化粧水を入れた瓶を眺めた。そして口を開く。
「例えば、ですが……各薬草を1種類ずつ抜いて似たような効能を出すことはできますか?」
「え……ど、どう、でしょう」
「今の薬草の配合は?」
「全部1ずつです」
「それなら、合わない薬草を抜いた分、他の薬草を1足したものを作るのはどうでしょう? こちらはそこまで数を必要としません」
「同じような効果出ますかね?」
「やってみないことには何とも。ですが、解毒を抜いた分、外傷を足す、というやり方であれば大きく効能を損なわないのではと思っています」
「なるほど……」
確かに、ニキビに効くように解毒用薬草を入れて、そこに外傷用薬草でニキビを治すという考え方で作ったものだ。その考え方ならば外傷用薬草を足すことで肌荒れは軽減されるかもしれない。
「やってみます」
「そうですね。やってみて難しかった時は次の案を考えましょう」
ルクさんはそう言ってくれた。恐らく、私の考えを汲んでくれたのだろう。その期待に応えたい。
化粧水を作った時と同じように、解毒用薬草を抜いたもので作ってみる。それが完成したら次は火傷用の薬草を抜いて、そうして繰り返していく。
作り上げたすべてをルクさんは確認してくれた。完成品は先ほどの、商会のお姉さんたちに試してもらうことになった。使い心地のいい方を選んでくれと頼んだらしい。
「つ、つかれた……」
さすがに調子に乗りすぎた。魔力がかなり減ったらしく、かなり眠い。ただ、この眠気という症状も魔力が減った時に起こるだけで枯渇したときにはもっと意識を保っていられない状態になるらしい。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました。手伝っていただいて」
「いえいえ、むしろワタシも勉強になりました。女性向けの商品は盲点でしたので」
そう言って笑うルクさんは私の前に巾着のような布袋を置いた。ちゃりん、と金属のぶつかる音がして、それが硬貨であると予想できる。
「とりあえずポーション代だそうです。今回は商会への直接販売なのですべてレンゲさんのものですよ」
「初任給だ」
ちょっと嬉しくなってその袋を受け取る。結構重いのでそこそこ入っているらしい。ポーションの相場は銀貨1枚と考えると金貨に換算して10枚くらいだろうか。
うきうきして袋を覗くと大量の金貨が出てきた。言葉を失うほどの量だ。
一度、袋を閉じて深呼吸する。それからもう一度袋を開いた。
同じだけの金貨が入っている。
「……これ、合ってます?」
「ええ。無心でポーションを作っていたようでしたから数えていなかったかもしれませんが、本日の納品は外傷向けポーション700個、解毒ポーション300個、火傷治しポーション200個です」
数を聞いて眩暈がした。ひとりで1200個のポーションを作ったらしい。
「外傷向けポーションのうち200個が在庫用です。それと、現在流通しているポーションよりは少し割高です。品質が良すぎますからね。本来でしたら金貨1枚の値はつくのですが、商会から値切られました。ただ、大量納品は難しいと伝えたので、今後はこのようなことはないと思います」
ルクさんが私のポーションに通常の10倍の値を付けたらしい。それは商会から値切られもするだろう。
だが、そう考えると私のポーションは銀貨7枚か8枚くらいはするはずだ。そうでなければこれだけの金貨は入ってこない。
この世界の市場価値にそこまで明るくないが、少なくともパン1つが銅貨1枚で買える世界だ。かなりの大金になる。
「る、ルクさん……」
「はい」
「た、大金過ぎて怖い……」
「差し上げたマジックバッグに入れておいてくださいね。本当に大金なので」
ルクさんの笑顔が眩しい。私は言われた通り、すぐにお財布代わりのマジックバッグに金貨を入れた。
「このマジックバッグのおかげで少しは安心できます」
「それはよかった。ですが1つ減点です」
「何がですか?」
「数えましょう」
「数える?」
「取引相手から商品の代金を受け取ったら、ちゃんと数えましょうね」
とてもじゃないが、あの量を数えたくはなかった。
「まあ、今回はワタシが数えていたのでよかったとしますが、次回からは気を付けてくださいね」
「はい……」
「ちなみに、金貨で960枚です」
「……はい」
お財布が一気に重くなった気がした。落とさないように気を付けよう。と言っても、お金を出せるのは私だけだけれど。
「ああ、あと、先程の化粧水ですが、『セレーヌの雫』という名前で売り出しますね」
「セレーヌの雫……」
「この世界の月の女神の名です。月下で輝く美しい肌をという売り文句にしましょう」
「誇大広告……」
お金の一件で完全に怯んでしまった私は、もう何も言い返すことができなかった。
「さて、当面はこのままポーション作りになりますが……少し落ち着いたら書店に行きましょう。魔法の入門書を探す約束ですからね」
そう言えばそんな約束をしていた。
「入門書でしたら学園の魔術師クラスが使うこともあるので比較的安価ですよ。といっても、それだけ金貨があればある程度のものは買えるでしょうけれど」
「紙の本って高いんですよね?」
「ええ。ワタシが取り扱っているものも金貨7枚ほどです」
「じゃあ入門書ってそこそこします?」
「羊皮紙なので比較的安価ですよ。ですが、紙の本でも買えるだけの収入がありましたしね」
「やめてください。怖い怖い」
お金の話になるたびに怯える私をルクさんは穏やかな目で見ているのだった。




