第6話 失敗作
入国審査はギルドカードを見せるだけだった。
「当面は商会と提携している宿屋を利用しましょうか」
「はい」
アミスタード王国は人も亜人も多く、活気のある国だった。
「しばらくはこの国で情報収集と資金準備をしましょう」
「わかりました」
ルクさんに言われて頷く。
あのウサギの一件以来、私のポーションはひとつも売れていなかった。たまたま冒険者に遭遇しなかったのだ。
宿に荷物を降ろして少し落ち着いた頃にルクさんが部屋に来るように声をかけてきた。
「さて、レンゲさん」
宿屋のルクさんの部屋で私は大量の薬草を前に嫌な予感がした。
「がんばりましょうか」
ルクさんの笑顔が完全に商人のそれだった。
1時間ほどでポーションを大量につくらされた。外傷向けはまだあったので、それ以外の火傷治しや解毒、面白いところでは傷跡を薄くしていく肌の代謝を上げるポーションや、一時的に意識を覚醒させるエナジードリンクみたいなポーションも作らされた。
私が肩で息をしている様子を見ながらルクさんは苦笑する。
「ちょっとがんばらせすぎましたね」
「ちょっと……?」
「まあ、恐らく、魔力の扱いが良くないのだとは思いますが」
「そりゃ、魔力なんて使ったのこの前のポーション作りが初めてですし」
「そうですね。だから反復練習です。ちなみに、魔力総量は限界まで使って回復すると上がりますよ」
「自分の限界を知っておいた方がいいってことですか?」
「それももちろんですが、大切なのは反復練習の方です。魔力総量に関してはオマケだと思ってください」
要は練習あるのみ、オマケで魔力が上がるということらしい。
前から思っていたが、ルクさんは頭の回転が速すぎて余計なことまでしゃべるタイプなのかもしれない。
「とはいえ、さすがにワタシもやりすぎたと反省しています。薬草のストックを使い切りました」
「は?」
「ええ、ですから、やりすぎましたと」
「どうするんですか、それ」
「後日、調達ですね」
ルクさんはあっけらかんと言った。
「それって……」
「薬草の採取です。見分け方もその時に教えますね」
「ルクさん、スパルタですね……」
「すぱるたが何かはイマイチわかりませんが、甘やかしませんよ」
ニコニコと笑いながら言うルクさんに私は少しだけ彼の評価を下方修正した。
数日後、時間ができた私とルクさんは国を出てすぐの街道付近で薬草の採取を行っていた。
「これは……火傷治し……これは……ケガ……これはエナドリ……」
ぼそぼそ言いながら薬草を摘んでいく私を見ながらルクさんも薬草を摘んでいる。時折、私の手から「これは解毒用です」と分類を間違えたものを指摘して採集用のマジックバッグに入れていた。
「品質に関わりますから、薬草の見分けはできるようにしておいてくださいね」
「……はい」
とはいえ、薬草になる草は基本的に変わった形のものが多い。少なくとも、アヤメとショウブとカキツバタの葉っぱみたいに見分けがつかないものではなかった。
「ルクさん」
「はい」
綺麗な花を見つけても迂闊に触らないのはルクさんに再三注意されたからだ。本当に綺麗でいい香りがするけれど、私が見たことのない花は決まってとんでもない習性を持っている。食虫植物のように人間を食べるものもあれば、人間を酔わせて操るものもあるという。だから、目の前に花が出てきたときはすぐにルクさんを呼ぶように言われた。迂闊に触れて大変なことになる前に大丈夫かどうかを確認してくれるそうだ。
「これは大丈夫ですね。茹でると美味しいですよ」
「山菜みたいなものですか?」
「そうですね。最近は甘く煮詰めてパンに塗って食べることも流行っているそうです」
そんなルクさんの植物雑学を聞いていた時だった。
ひゅう、と打ち上げ花火のような音が聞こえ、赤い煙が空に立ち上った。
「緊急救援要請の煙ですね」
「きんきゅ……非常事態ですか?」
「おかしいですね。この辺りはルーキー冒険者のポイント稼ぎにも使われるくらい落ち着いているのですが……」
ルクさんは真剣な表情で少し考えた後、私に言った。
「こういった時、商人は回復ポーションを売りつけに行きます。もちろん、緊急救援要請を無視すること自体、ギルドではタブーとされていますので」
「……行くしかないんですね」
「はい、大分わかってきましたね」
「でも、手持ちのポーション、そこまでたくさんは……」
ルクさんのように体力のない私は自分用に買った肩掛けバッグに重くない程度にしかポーションを入れてはいない。私の作った大量のポーションのほとんどはルクさんが持ってくれていた。
「ご心配なく。マジックバッグにたくさんありますので」
ルクさんは笑顔で言うと薬草を大量に入れていた採集用のマジックバッグを掲げた。
「え? まさか薬草と一緒に?」
「入れば一緒ですよ」
ルクさんはそう言うと私に手を差し伸べた。
「離れないでくださいね」
「はい」
こうして私はルクさんに手を引かれて走り出した。
救援要請の煙が上がった場所に着くと、ルクさんは私に一言「迂闊なことはくれぐれもしないでくださいね」と釘を刺してから、その場にいた冒険者たちに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、商人さんか。助かった」
「こんなところにサラマンダーが出るなんて……」
冒険者たちも初心者なのか、怯えている様子だった。
そんな彼らにルクさんは私の作ったポーションを次々と渡していく。
「効き目が強いので1本で大丈夫です。一気飲みはやめておいてください」
「ああ、助かる……」
「し、死ぬかと思った……」
女性の冒険者がその場にへたり込んで涙を浮かべている。よほど怖かったのだろう。
そうして少し落ち着きを取り戻したその場で、私は周囲を軽く確認した。草や背の低い木などが黒く煤けている。サラマンダーと聞こえたので、恐らくは火を吹くトカゲだろうと思うが、これは私の想像よりもかなり大きいかもしれない。
私もルクさんを手伝うべきかと声をかけようとした時、背後が突然熱くなった。まるで背後に突然、燃える何かが現れたみたいに。
「嬢ちゃんあぶねぇ!!!」
冒険者の声が響いて、突然、足元に衝撃を受けた。直後、体が宙を舞う。直接何かに当たったわけではないが、恐らく、足元に攻撃を食らい体ごと吹き飛んだのだろう。
落ちたら痛い。絶対痛い。
そう思いつつどこなら衝撃を吸収できるか考えて無理だと気付く。この辺は既にサラマンダーの攻撃で衝撃を吸収してくれそうな草木は燃え尽きてしまっていた。下手をすれば炭化した木の枝で余計なケガをするかもしれない。
死を覚悟した。高さもかなりある。落ちたら痛いでは済まないだろう。
咄嗟にギュッと目をつぶった。
「困りますね、ワタシの弟子に手を出されては」
ふわっと体を優しい風が包む。驚いて目を開けるのと同時にルクさんの服が視界に入った。そのままルクさんに抱き寄せられる。
ルクさんはそのままサラマンダーに氷の槍を打ち込んだ。
「師として黙っていられないでしょう?」
少し暴れたサラマンダーは私が地面に降りる頃には動かなくなっていた。
「ケガはありませんか?」
「だ、大丈夫だと思います」
「とりあえず、飲んでおきなさい」
ルクさんは私の手にポーションの小瓶を渡した。大人しく言うことを聞いておく。ルクさんの機嫌が少し悪い気がしたからだ。
だが、そんな気がしたのもほんの一瞬のことで、その後は普段と変わらない様子でサラマンダーから素材をはぎ取っていた。
「ルーキーの皆さんでは今回のポーション代を支払うのは難しいでしょうから、このサラマンダーの素材を代金代わりにいただきますね」
「どうぞ!」
「ありがとうございます!」
すっかり元気になった冒険者たちがルクさんの手伝いを始める。
こうしてみるとサラマンダーは本当に大きいトカゲだ。ただ、私のイメージする「大きい」とはだいぶかけ離れた大きさだった。サラマンダー1匹がシャチくらいの大きさと言えば理解してもらえるかもしれない。
「あ、の、ルクさん」
「はい」
「ありがとうございました」
「弟子を守るのは師として当然ですよ」
ポーションを飲むと左の足首とその他、体の所々が軽くなった。どうやら左足は捻挫、その他は擦り傷や打撲だったようだ。死を覚悟した反動かほとんど痛みを感じなかった。
その様子を見たルクさんは私にそっと近づいて「それに」と耳打ちした。
「レンゲさんの魔力で試したい素材ですしね」
「サラマンダーですか?」
「ええ」
ルクさんが小さな声で言うので私もついつい内緒話をするトーンになってしまう。
「サラマンダーはドラゴンの成り損ないです。ドラゴンの血や心臓はエリクサーの材料になりますし、レンゲさんの魔力ならもしやと思ってます」
「ポーションとエリクサーって何が違うんですか?」
「エリクサーは万能薬です。万病に効き、飲めば寿命も延びるとか」
「できるんですか?」
「わかりません。ですから、試してみようかと」
「……明日以降にしてもらえると助かります」
「先日のやりすぎについては反省してますよ。少しだけ」
「少しなんですね」
そんな内緒話を終えて、私とルクさんは冒険者たちと一緒に国内へ戻った。
ルクさんは私を先に宿に送ってから冒険者ギルドに行ってくると出かけて行った。と言っても私が荷物を整理している最中に帰ってきたので、用事はすぐに済んだらしい。
「今日はとりあえず、体を休めることを最優先に。ポーションを飲んでいるので大丈夫だとは思いますが、何かあったらすぐに知らせてください」
「はい。ありがとうございます」
相変わらず過保護にいろいろ言ってルクさんは「今日はもうお休みでいいですよ」と微笑んだ。私はその言葉に甘えて早々にベッドに入ることにした。
翌日、ルクさんは朝食後すぐに準備を始めた。
大量に用意された赤い液体の瓶と内臓らしき諸々。正直、材料を聞いていなかったら卒倒していたかもしれない。
「やってみましょうか」
「……はい」
ルクさんの指示通りに、鍋でサラマンダーの血液に魔力を注ぐ。
しばらく続けていると、どろりとした液体からどんどん粘度がなくなっていき、色も少し薄くなってきた気がする。
「もう少し、そのまま魔力を注いでください」
「はい」
「透明になれば成功です」
「わかりました」
だが、どれだけやっても液体は透明にはならない。透明度は上がったが、色合い的にはしそジュースのようだ。
「うーん……これ以上は難しそうですね。とりあえず試飲してみましょう」
「え? 大丈夫なんですか?」
「エリクサーであれば無味無臭のはずなので」
そう言うとルクさんは躊躇なく小皿に少しだけ液体を移して、さらっと飲んでしまった。
「ちょ、ちょっとルクさん!」
「おや、お酒になってますね」
「お酒?」
「かなり酒精が高いです。恐らくですが、火が付くかと」
そう言うとルクさんは別の耐熱皿に液体を取って魔法で火をつけた。
確かに液体が燃えている。本当に火がつくとは思ってなかったが、それほどアルコールが強いのかもしれない。
「これはこれで売れますね。とても美味しいです」
「そ、そうですか……」
「まあ、密造酒になりますのでくれぐれも他言は無用で」
「……はい」
言いたいことはいろいろあったが、ルクさんの機嫌が大変によかったので気にしないことにした。
それよりも私は片付けを始めるルクさんの手から放たれる魔法に興味がわいた。
「ルクさん、私にも魔法って使えますか?」
「興味がありますか?」
「はい」
「では、明日にでも書店に行ってみましょうか。入門書があるはずですから」
「いいんですか?」
「ええ。臨時収入もありましたから」
言いながらルクさんはエリクサーもどきのお酒に視線を向けて笑った。
「酒に関してはワタシに預けて頂きます。作るのはワタシがいる時だけでお願いしますね。ポーションは自由に作ってください」
「わかりました。ありがとうございます」
難しいことを考えるのは放棄して、私は魔法の入門書にワクワクして片付けを手伝うのだった。




