第5話 救った命
「やあ、旅の商人さん。ポーションはあるかい?」
「はい、各種取り揃えてありますよ」
「助かるよ。火傷治しと解毒のポーションを売ってくれ」
「はい、2つで銀貨7枚です」
「ありがとう」
ギルドカードを手に入れてすぐ、私とルクさんは王国を離れた。ルクさん曰く「まだレンゲさんを探しているかもしれませんから」だそうだ。
だが、それよりも私は心配なことがあった。
「ルクさん、仕入れってどうしたら……?」
私の手元にはブラウスを売った時のお金しかない。それを元手に商売をするのはあまりにも愚策だろう。
「レンゲさんは旅をするなら何が欲しいですか?」
「え? 回復薬……?」
「はい、正解です。国を渡るときは途中で冒険者にポーションを売ってほしいと言われることが多くあります。そう言った際に売るポーションは少々割高でも購入する冒険者がいます。ですが、街に入ればポーションを専門に取り扱う商人や薬屋もいますので、我々は値を下げるのが一般的です」
ルクさんはポーションを取り出して見せた。薄い水色の綺麗なポーションだ。
「ポーションにも種類がありまして、外傷向け、解毒、火傷治しなどなど、とにかく数と種類を用意しておきます。商売は機会を逃さないことが大切です」
「なんとなくわかります」
「で、大切なのはここからです。商人はそれぞれ、独自に商品の入手ルートを持っています。そしてそのルートは基本的に誰にも教えません。商人が死んでから、卸販売者に泣きつかれるのもよくある話です」
そんなよくある話は嫌だ。そうは思いつつ、ルクさんは私に商品の仕入れルートは教えてくれないだろう。
「じゃあ、私も……自分で探さないとダメ、ですか?」
不安になって尋ねると、ルクさんはくすくす笑いながら言った。
「実は裏ワザがありまして」
「裏ワザ?」
そんなゲームのバグ技みたいなものがあるのだろうか。そう思いつつルクさんの言葉の続きを待った。
「ポーションの材料は薬草と水です。どんなポーションもこれが基本です。これを魔力で調合すればポーションが出来上がります。この調合の配分は薬屋と医者、我々商人でやり方が少々異なりますが、結果は基本的に同じです。つまり、薬草と水を用意できるなら各種ポーションは作り放題なのです」
なるほど、と感心してから「ん?」と思う。私に魔力はあるのだろうか。
「あの、ルクさん……私、魔力、ありますか……?」
バカみたいな質問だが、とても大切なことだ。今確認しておかないと後々大変なことになる。
「異世界人は魔力が高いのですよ。召喚時に神の強い神力を浴びることが要因らしいので、恐らく、レンゲさんも高い魔力を持っていると思いますよ」
私からすれば神と会話した記憶もないので実感はないが、そういうことらしい。
どちらにせよここでしり込みしていても仕方ない。物は試しだ。
「薬草のストックはあるので試してみましょうか」
「はい」
ルクさんに言われて私は薬草と水でポーションを作ってみる。やり方は簡単で、薬草と水を片手サイズのお鍋に入れて魔力を注ぐだけだ。ルクさんに言われたとおりにやってみるとお鍋に並々とポーションができた。
「すごい量ですね。今回は外傷向けの薬草で作りましたが……質も確認したいですし、小瓶に移して試しましょう」
「はい。こんなにできるなんて思わなかった……」
「言ったでしょう? おそらく魔力が高いと」
ルクさんはそう言って、手持ちの小瓶に私が作ったポーションを移した。
ポーションを試すためだけにケガをするのも馬鹿馬鹿しいので、ちょっと安く売ろうかと歩きながらルクさんと相談していた時だった。
「下がってください」
「え?」
ルクさんに手で制されてびくりと動きを止める。
見晴らしのいい街道ではあるが、背の高い草が生えているところがいくつかあり、油断すると小動物は見逃してしまうかもしれない。その草むらからガサっと音を立てて何かが飛び出してきた。
「ひっ……あれ?」
思わずひきつった声が出てしまったが、出てきたのは体に傷を負ったウサギだった。
「うさぎ……?」
「ケガをしていますね。このままでは他の野生動物や魔物の餌食になってしまうかもしれません。まぁ、それも自然の摂理ではあるのでしょうが」
ウサギは人間の前に姿を現してしまったことに気付いても、もう動くことができないのかぐったりと倒れてしまった。
「ど、どうしましょう、ルクさん……」
私とてかわいいウサギをこのまま放置するのは忍びないが、ウサギよりも自分の身を守る方が優先だ。不用意に近づいて噛まれでもしたらルクさんにも迷惑をかけることになる。つまり私はルクさんに判断をゆだねるしかない。
ルクさんは「動かないでくださいね」と私に言ってからそっとウサギに近づいた。ウサギは呼吸も荒く、目も虚ろになってきている。
何をする気だろうとルクさんを見ていると、ルクさんは私が作ったポーションの小瓶を取り出した。
「今のところ食べる予定はありませんし、ここで見殺しにするのも目覚めが悪いですし、ちょうど良い被検体になりそうですね」
「る、ルクさんのポーションのほうが……」
「ここで臆するようであれば人間相手にポーションを売ることなんてできませんよ」
厳しいが正しい言葉だった。
私は何も言い返せずに成り行きを見守る。心の中で「お願い、効いて」と強く願わずにはいられなかった。
その願いが届いたのかどうかはわからないが、ウサギの傷はポーションをかけた瞬間に消えた。そして、ウサギも、何が起きたのかわからないようで、少し驚いたような表情で私とルクさんを見ていた。
「効いた……んですよね?」
「ええ……想定よりもかなり強い効果です」
ルクさんは半分以上残っているポーションの小瓶を眺めながら言う。手のひらに収まる程度の小瓶は、ルクさんがいつもポーションを売るときに使っているものとは形が違い、私のポーションであることを証明していた。
ウサギは傷が治って動きやすくなったことに気付いたのか、私とルクさんの顔を見てから草むらに駆けて行った。
「よ……よかったぁぁぁぁぁぁ……」
安心からかため息と安堵の声が同時に出てしまった。そんな私にルクさんは微笑みを返した。
「良かったですね」
「はい! ウサギ、元気になってよかったです!」
「あれはレンゲさんのポーションの力ですよ」
「え?」
「瀕死でしたし、あと数秒遅ければ死んでいたでしょうね」
ルクさんは私の頭をポンポンと撫でると目線を合わせてくれた。
「よくがんばりました。恐怖心はどうですか?」
「恐怖心?」
「人間相手に、ご自身のポーション、使えそうですか?」
そう言われて私はようやく思い至る。たまたまウサギだっただけなのだと。
もしこれが人間相手でも大丈夫かと問われれば不安が全くないわけではない。私は薬学科の学生でもなければ、医学部の学生でもない。薬に関してはズブの素人だ。
それでも、もし、ケガをした人間が目の前に現れたら。
その時私が、自作のポーションしか持っていなかったとしたら。
「……使います。使えます。私のポーションで助けられるなら、ためらう理由なんてないです」
「はい、そうです。それが正しい。ポーションは助けるためにあるんです。自作だからなんて理由で臆してはいけないんですよ」
そう言ってルクさんは茂みの先を指さした。
「救った命に誇りを持ちなさい。それが、あなたの強さになります」
茂みの先では2匹のウサギが戯れていた。




