第4話 師匠と弟子
翌日、私はルクさんに連れられて、オーブ商会に来ていた。
「お、大きい……」
「ようこそ、オーブ商会へ」
ルクさんは勝手知ったるとばかりに中に入っていく。私も慌てて後を追った。
「オーブ商会はこの国だけでなく、世界中に支部を置く商会です。扱うものは商人によって異なりますが、生活に欠かせないポーションを扱う者が多いですね」
ルクさんは説明をしながら店の奥に入っていく。階段を上がって、更に一番奥の部屋の前で立ち止まった。
「ここが会頭のお部屋になります。ご挨拶しましょうね」
そういうとルクさんはあっさりと扉をあけた。
「会頭、お久しぶりです」
「ルクか、少し待て」
会頭と呼ばれた人が書類の山から顔を上げる。きれいなブロンドの女性だった。
会頭さんは書類がのっている机から入口の近くにあるテーブルに場所を移して座る。私とルクさんはその向かい側に座った。
「そちらのお嬢さんは?」
「以前から助手を付けろとおっしゃられていたので」
「どこの娘をかどわかしてきた?」
「嫌ですね。ちゃんと同意の上ですよ」
ルクさんは「人聞きの悪いことを言わないでください」と冗談っぽく笑って言う。そして、ラウレス子爵からいただいた書類を出した。
「お前のは同意じゃなくて脅迫というんだ」
会頭さんは書類を確認してから私の顔を見た。きれいな青い目が私を見つめる。
「まぁ、お前ひとりでどうにかなるなら勝手にすればいい。商会の邪魔にならん範囲でなら好きにやれ」
「承知しました」
「娘、名は?」
会頭さんに尋ねられてキョトンとしてしまう。少ししてルクさんに肘でつつかれて私に聞かれているのだと気付いた。
「あ! その……レンゲ、です」
「そうか。レンゲ、オーブ商会は君を受け入れる。商人としてオーブ商会の役に立て」
「は、はい」
「取り分はルクと同じでいいな?」
「ええ、そこはワタシが説明しますのでご心配なく」
「ギルドカードは発行依頼を出しておく。ただ、その男の首輪をしっかり握っておけ」
会頭さんの言葉の意味が分からなくて考えてしまう。が、私が何かを考えるよりもルクさんが会頭さんを非難する方が早かった。
「やめてくださいよ、会頭。ワタシは善良な商人です」
「その胡散臭い笑顔をなんとかしてから言え」
そんなやり取りをしただけで私とルクさんはいつの間にかオーブ商会の別の部屋にいた。
「ね? 会頭はお優しい方だったでしょう?」
「いや、ほとんどルクさんがしゃべってましたよね?」
「あれでいいんですよ」
ルクさんは懐かしそうに目を細めて言った。
「あの方はワタシを拾ってくださった方なんです」
「拾って……?」
疑問符を浮かべるとルクさんは目を細めながら続けた。
「ええ。実はワタシ、家族がいないのです。父が貴族の女性に手を出して、家ごとつぶされまして。そんなワタシを拾ってくださったのが会頭なのです」
「そうなんですか……」
「はい。会頭はワタシに商人のイロハを叩きこんでくださったので、おかげさまで無事に商人をやれています」
「そうだったんですね」
「ええ、ですから会頭は、ワタシにとって恩人であり、師なのです」
ルクさんは私のほうを向いてにっこり笑った。
「ですから、ワタシもレンゲさんにとっていい師となれるようにがんばりますね」
もしかすると、私はルクさんを誤解していたのかもしれない。怖い目に遭ったからといってこの世界の人全員が怖い人ではないはずだ。
「私もいい弟子に……ルクさんが自慢できるような商人になれるように頑張ります」
心を入れ替えようと思った。ルクさんは優しい人だ。得体のしれない私を助けてくれようとする優しくていい人なんだ。
「ゆっくりでかまいませんよ。ワタシはレンゲさんの傍にいますから」
「え?」
「ここまでしておいて『はい、あとは自分で頑張りなさい』と放り出すのは師として失格でしょう? しばらくはワタシの傍でお仕事を覚えていってください」
「……いいんですか?」
これ以上ルクさんに甘えてもいいのだろうか。そんな感情とルクさんの言葉がうれしいと思う感情が半々で拮抗している。けれど、ルクさんはそんな私の頭に手を置いて笑った。
「ええ、もちろん。商人は一人前になるまでかなり時間がかかります。それまではできるだけレンゲさんの傍でお仕事を教えますので安心してください」
「すごく、助かります」
思わず口角が上がった私の顔を見てルクさんは少し驚いた顔をした。けれどすぐにいつもの優しい笑顔で言う。
「こんなことを言っておいてなんですが、実はワタシも弟子をとるのは初めてでして……1つ1つ丁寧に教えることはしません。隣で見て覚えてください。見ていてわからないことはどんなに小さなことでも聞いてください。わからないまま放置は絶対にしないでくださいね」
「はい」
「あと、我々は今後、各地を渡り歩く旅商人となります。ワタシが傍にいるときは大丈夫ですが、不用意に野草や生き物に触れないでくださいね。毒をもっているものも多くいます」
それは冒険者と変わらないかもしれない。気を付けよう。
「ワタシは魔法にもそれなりに心得がありますので、国の外ではワタシの傍を離れないこと、国の中でもワタシの目の届かないところにはいかないこと。いいですね?」
「は、はい」
「ああ、それから……」
ルクさんは過保護な親猫みたいに次々とこの世界の危険を語っていく。恐怖もあるけれど、ルクさんといれば安心だろうと少しだけ私の気持ちは前向きになっていた。
けれど延々とルクさんの過保護ムーブが続いたので少しだけ意識を外へ向ける。賑やかな様子からもここが本当に大きな商会なのだと理解できた。
「それと、商人としての売上の件ですが」
話題が変わった。
これも大切なことなのだろうと私はルクさんの顔を見上げる。
「ワタシは商会に売り上げの一部を納めています。といってもオーブ商会はそこらの弱小商会とは違って定期契約や大型契約で稼いでいる商会です。売上の8割を商会に、なんてケチなことは言いません」
売上金をどう分けるかの話だろう。真剣に聞いておかないと後で痛い目を見るかもしれない。ルクさんの説明をしっかり耳に入れる。
「現状、ワタシが7、商会が3で手を打ってもらっています。レンゲさんも同じでいいですよね?」
この世界の相場がわからないが、ルクさんがそう言うならそれで大丈夫なのだろうと思う。けれども、念のため、確認は怠らないようにしよう。
「この世界の相場がわからないので、それでいいのか判断できないです」
「これは才能がありますね。ちゃんと自分で考えて判断できないという判断ができたのでしょう?」
「ちゃんとするって決めたので」
「では、お金についても説明しますね」
ルクさんはそう言うとテーブルに金貨、銀貨、銅貨を出した。
「簡単です。金貨1枚が銀貨10枚、銀貨1枚が銅貨10枚、つまり金貨1枚は銅貨100枚です」
「あ、それならわかります。つまり、売上が金貨1枚なら商会と私で銀貨3枚と銀貨7枚に分ければいいってことですね?」
単純計算でそういうことだろうと自信をもって言うとルクさんは「すばらしい」と笑って頷いた。
「算術が得意なのは商人として大切なことですよ」
「あってます……よね?」
「はい、正解です。ちなみに商会はそこから信用金として銀貨1枚を商人ギルドに入金します。つまり商会の売上は今の計算なら銀貨2枚になります」
「ギルド?」
漫画やアニメでしか聞いたことのない施設名に疑問符をつけるとルクさんはこれも説明してくれた。
「この世界には商人用のギルドと冒険者用のギルドが存在します。ギルドというのは公正なやり取りをするために存在している団体ですね。例えばなんですが、商人が売りたい品を冒険者に依頼して素材を集めてもらうこともできますし、逆に冒険者から欲しい品物を売ってもらいたいときに商人に依頼することができます。その依頼や仲介をするのがギルドだと思ってください」
急に難しくなった。
おそらく、個人間でのやり取りでもめないために存在する団体と言うことだろう。
「ごめんなさい、全然頭に入ってこなかった」
「今度行ってみましょうね」
ルクさんは優しく言って笑うと、説明を続けた。
「売上の入金は10日間ごと、売上がなかったときは入金がないですが、商会からの信用は下がります。ここまででわからないことは?」
「ギルドのこと以外は大丈夫……だと、思います」
「……まあ、わからなくなったら聞いてください」
ルクさんはそう言ってテーブルのお金をしまう。
私もこの世界のお金はルクさんにブラウスを渡したときに「差額分」として少しだけもらったが、金貨と銅貨だった。守ってくれる上に仕事まで紹介してくれたのだから、むしろ追加で私が支払うべきではないだろうかと思いつつ、現金は大切なのでそのまま受け取ってしまった。
「売上はこの商会とやり取りする用のマジックバッグに入れてください。これは売上をそのまま入れれば勝手に商会と自分の分を分けてくれる魔法が施してあります。ここに売上を入れて、残った分が自分の取り分です」
ルクさんが私に小さなポーチほどの大きさのバッグを渡してくれる。ここに売上を入れて残りを別のお財布に移すらしい。
「これは就職祝いに差し上げますね」
そう言って渡されたのは白と薄いピンクのお財布だった。と言っても布の巾着みたいな形で言われるまでお財布だとはわからなかったが。
「防犯機能が高いので現金を入れておくには良いかと。私も似たようなものを使っています。現金を入れると持ち主以外は現金を取り出せない仕組みなので」
ルクさんがこのお財布の持ち主を私に指定してくれたらしい。私は持っていたブラウスの代金のうち、銅貨を数枚、中に入れてみた。すると銅貨はさっと吸い込まれ、袋の外から触っても中にお金が入っているようには見えない。
「取り出すときはこちらの魔法陣に手をかざしてください」
言われた通り袋の真ん中に描かれた魔法陣に手をかざしてみると、袋の中からちゃりんと硬貨の音が聞こえた。
「す、すごい……! 魔法だ……!」
「はい、マジックバッグの一種です」
ルクさんは私の反応を見て笑う。
こうして、私の商人生活が幕を上げたのだった。




