第3話 商談
「ここはラウレス子爵のお屋敷です。ワタシのお得意様ですね」
「ラウレス子爵様」
「奥方とお嬢様は外国のアクセサリーがお好きで、ご本人は珍しいものは何でも収集するお方です。今回はエルフに伝わる魔術書の写本が手に入ったのでそれを使いましょう」
ルクさんはいつも通りの笑顔で言う。私の方はかなり緊張していた。
ルクさんから渡されたペンダントを服の下に隠してつける。少し前に亡くなった伯爵家の紋章が入っているとのことだ。つまり私は、伯爵家の妾の子を演じるのだ。
「緊張しなくても大丈夫です。ワタシに任せてください」
ルクさんはそういうと馬車から降りた。
案内された室内は正直、華美で悪趣味ともいえる場所だった。目がチカチカする。磨かれたテーブルもおかれている調度品も権力を誇示したいと言っているように見えた。
ルクさんはこういう輩こそ御しやすいと言っていたが、そう簡単に上手くいくのだろうか。
「いや、ルク殿、久しいな」
「ラウレス子爵様、お久しぶりにございます」
屋敷の主人が姿を見せた。
ラウレス子爵は小太りのおじさんだった。けれども、服も綺麗な服を着ているし、髪も整えられている。わかりやすく『お金を持っている人』だ。
「して、今日はどういった品を?」
「その前に、こちらの女性を紹介させて頂いても?」
「ああ、助手を付けたのかね?」
「いえ、彼女は少々複雑でして……できれば、助手として差し上げたいのですが……」
ルクさんがわざとらしく言い淀む。私は背筋を伸ばして座っているだけでいいと言っていたが、本当にそうだ。
「何か困りごとでも?」
「いえね……こちらの女性、先日、オーブ商会を訪ねてこられて、働かせてほしいと言ってきたのです。ですが、親もなく、後ろ盾もない少女をおいそれとは雇えないので困ってしまったのですが……」
ルクさんが私に目配せする。ペンダントを出せという合図だ。私は首にかかった紐をつまんでペンダントを取り出す。
「このようなものを持っていたので我々も困り果ててしまいまして……親しかったラウレス様でしたら真贋を見極められるのではと。お力をお借り出来ませんか?」
「それは……ソレイユ伯爵家の紋章ではないか!」
「この方のお母さまからいただいたものだそうですが、どうでしょう?」
ラウレス子爵にペンダントを渡す。彼はしばらくペンダントを眺めていたが、扉の近くに控えていた執事らしき男性に声をかけた。
「ジルベール、わかるか?」
「失礼いたします」
ジルベールと呼ばれた男性はペンダントをモノクル越しに確認する。ペンダントに関してはルクさんに渡されたものだ、恐らく本物なのだろう。設定は適当だが、本物の遺品が出てくればもしかして、と思う人は少なくない。DNA検査などがないならなおさら、信憑性が上がってくるはずだ。
「ソレイユ伯爵家の紋章で間違いないかと」
「そうか……ならばこちらのお嬢様はソレイユ伯爵の……」
「奴隷商の手に渡る前に保護できてよかった。ラウレス子爵様、この方の身元を保証してはいただけませんか? もちろん、ラウレス子爵様にご迷惑はおかけしません」
「……わたしなどでよいのだろうか?」
「もちろんでございます。ラウレス子爵様は聡明な方でいらっしゃいますからお分かりになるかと思いますが、もう彼女には身寄りがないのです。ワタシはただの商人。力になれることは清く正しい貴族様にこの方を紹介し、身分を保証して頂くことくらいなのです。ワタシはソレイユ伯爵様にも大変良くして頂きました。その方のお嬢様なのです。力になるのは当然です」
芝居がかった口調でルクさんはぺらぺらと嘘八百を並べ立てる。台本もなしによくここまで嘘が思いつくものだと感心してしまった。
「この方には頼る先がないのです。先程も申し上げましたが、この方にはもう身寄りがない。しかも愛妾である母親はソレイユ伯爵様を頼ることはしなかった。たとえ、自身の身が病に侵されても、ソレイユ伯爵様の名誉を守ろうとしたのです。母親は自身の死を予感していたのでしょう。ペンダントを渡してから数日後に……さすがのワタシも涙を禁じえませんでした。ですから、ワタシもこのことは口外いたしません」
本当にすらすらと嘘が出てくる。すごいなぁと感心していると笑顔のルクさんが私を見る。そしてそっと頭を撫でた。
「ワタシがこの方を保護したときも、ひどく怯えていて……けれど、最近は少しずつ、ワタシの手に怯えなくなったのです」
「うむ、そうか……」
「この方もソレイユ伯爵様と同じく、とても優秀です。生きるためには働かなくてはならないことを理解しています。ですから、子爵様」
ルクさんの目が一瞬だけぎらついた。ここで決めるつもりらしい。
「どうか、この先この方が生きるために必要な力を得る協力をしてはいただけないでしょうか。オーブ商会でお預かりするに足る後ろ盾を頂きたいのです」
ラウレス子爵は悩んでいるように見えた。けれどそれは一瞬で、ジルベールさんに手で指示を出す。ジルベールさんはモノクル越しに私の顔を見た。
「失礼いたします。よく、顔を見せて頂いても?」
「は、はい。構いません……」
ルクさんには何も言われていないがそれっぽく答えてみる。咄嗟のことだったが、ルクさんが笑っているのでやらかしてはいないと思う。
「瞳の色は異なりますが、面差しがありますな。ソレイユ伯爵様もお優しい目をしておられましたから、よく似ております」
「ほう、それでは?」
「わたくしはソレイユ伯爵様とお会いしたこともありますゆえ、誤ることはないかと自負しております」
「なるほど、わかった」
ラウレス子爵は頷くと私にペンダントを返してくれた。
「あのお方のお嬢様が残っていたことをクロノス神に感謝申し上げる」
恭しく差し出されたペンダントを受け取り、私はラウレス子爵に頭を下げた。
「恐れ入ります、ラウレス様。感謝いたします」
貴族が申し出を受けてくれたらこれだけ言えとルクさんに言われていたセリフを口にするとラウレス子爵は感極まったように一度唇をきゅっと結んでからゆっくり微笑んだ。
「お嬢様の今後に、クロノス神のご加護があらんことを」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
ルクさんはそういうと件の魔術書を取り出した。
「こちらは心ばかりのお礼でございます。子爵様のコレクションに加えて頂ければ喜ばしい限りです」
「なんと! これはエルフの魔術書ではないか! なんとすばらしい!」
「お喜びいただけたようで何よりでございます。それでは我々はこれで失礼いたします」
ルクさんと一緒に礼をしてその場を辞する。帰りはジルベールさんが門の外までお見送りしてくださった。
「いやぁ、一発目で成功とは運がいいですね」
ルクさんはいつもと同じ笑顔で言った。
「ど、どうしてこんなにあっさり……」
不思議でしかなかった。私の疑問にルクさんは笑顔で答える。
「種明かしをしますと、ジルベールさんに口添えをお願いしました」
「いつの間に?」
「昨日のうちですよ」
昨日は私とアイテムショップで店番をしていた気がするのだが、私が奥で本を読んでいる間に根回しをしたということだろうか。
「もちろん、それで首を縦に振る貴族ばかりではないので、ラウレス子爵様は素直な方ですね」
「……ありがとうございました」
思わず、お屋敷に向かって頭を下げた。
なんとなく、人をだましてしまった罪悪感で心が痛い。でもこの世界で生きていくために必要なことだったと割り切るしかない。
「明日は商会にご案内しますね。商人登録さえしてしまえばギルドカードも手に入ります。ウチの会頭も嫌とは言わないでしょう」
ルクさんはラウレス子爵にもらった書状をカバンの中にしまう。貴族の推薦のある元貴族かもしれない人間の商会入りを拒否することはないとルクさんは笑った。
「今日よりはずっと楽な相手ですよ。権威も爵位も気にしないお方ですから、会頭は」
「そう、なんですか」
「ええ、ですから、心配しないでくださいね。きっと会えばわかりますよ。会頭は合理的な方です」
私とルクさんは少しずれた会話をしながら宿へ戻るのだった。




