第2話 投資
「どうぞ、こちらに」
次の日案内されたのは、妙に見覚えのある小さなお店だった。店内のほうがより見覚えがある。
ここは『クロルイ』のアイテムショップだ。
「すみません、昨日の今日で店を閉めることができなくて……明日からは別の担当と交代になりますので、今日1日だけは奥の方にいてください。気を付けて頂ければ商品を見ても構いませんので」
「ありがとうございます」
返事をしなければ永遠にしゃべり続けそうだったので、とりあえずお礼を言っておく。カウンターの奥は商品の保管場所らしく、そこですごすことになった。
薄暗いが見えないほどではなく、なんとなく、日差しの入る屋根裏部屋を想起させるこの場所は、少しだけホッとした。
棚には香水瓶のような形の瓶に入った液体、乾燥した植物、娯楽用品のような何か、それから本が並んでいる。瓶に入った液体は恐らくポーションだろうと考えながら、私は本の背に目を向けた。
棚に並んでいるのは難しそうなタイトルの本と、なんとなく、タイトルで内容がわかりそうな大衆小説やロマンス小説、それ以外に薄くて黒い、タイトルの書かれていない本があった。
好奇心で黒い本を手に取ってパラパラめくってみると、どうやら官能小説のようだ。オタクなので比較的耐性はあるが、無言で棚に戻した。
それからは大衆小説とロマンス小説を読めるだけ読む。元々読書は大好きだし、いい暇つぶしにもなった。続き物のロマンス小説の4巻目を読み終えて次を探すと5巻がない。最初に棚を見ていた時に5巻目があった気がして首をかしげていると、横からすっと本が差し出された。
「ものすごい集中力ですね。このシリーズ、おもしろいですか?」
どうやらルクさんが5巻目を抜き取ったことにすら気付いていなかったらしい。
外を見るとすでに日が傾いていた。
「……おもしろいと、思います」
手持無沙汰だったから文字を追っていただけで、ちゃんと読んで出た感想ではない。けれど、1日で4巻まで読めたことを考えれば面白かったのだろう。
「人気のシリーズなのですが、紙の本は高価なのでなかなか売れないのですよ」
「そうなんですか」
差し出された5巻を受け取ってぱらぱらとページをめくる。この世界の文字が認識できるのは、召喚されたときに言語理解スキルが発動するかららしい。私が聞かなくてもルクさんは私にこの世界のことを話してくれた。
ルクさんは時折、私のような巻き添え召喚者を助けているらしく、私が逃げ回っていた理由も深くは聞かなかった。ただ一言、「クロノシア王には困ったものですね」と呟くように言っていた。
「さてと……今日のうちに荷物をまとめなければなりませんね。明後日か、その翌日にはこの国を出ましょう」
「あ、はい。そうですね……?」
適当な相槌を打ってしまったことに気付くとルクさんは同じことを考えたのか苦笑していた。
「この国の王から逃げるのであれば少なくとも隣国以上に離れた地まで行かないとまずいかと。どちらにせよ隣国で治安も比較的良いアミスタード王国に向かうのが良いかと思いますよ」
「隣の国、ですか」
「はい。あの国は王族の後継者問題が片付けば大きな動乱のない国ですので」
アミスタード王国と聞いて「そういえば、」と思う。『クロルイ』の攻略対象にはアミスタードの第2王子がいた。穏やかで聡明な彼は2人の主人公どちらでプレイしても胸熱な展開でファンを魅了したメインヒーローである。かくいう私も、両シナリオ攻略済みだ。
そう、この『クロノスの涙』は、主人公がダブルヒロインなのだ。勇者タイプのヒトミと聖女タイプのアイ、どちらかを操作してゲームが進んでいく意外と珍しいタイプの乙女ゲームだ。召喚されたときにいた制服の2人は、召喚された瞬間のヒロインたちだった。
「……と、いうことでよろしいですか?」
そう言われて思考が止まる。ルクさんの話を全く聞いていなかった。
「すみません、聞いてませんでした」
「まあ、そうだろうなと思っていました。もう一度ご説明しますね」
ルクさんは地図を広げて見せてくれた。
「まず必要なのはレンゲさん、あなたの後ろ盾です。
ワタシはただの商人なので、後ろ盾としては弱い。できれば貴族の後ろ盾が欲しい。ということで、ワタシの知り合いの貴族の娘で戦争孤児ということにしてもらいましょう。幸か不幸かこの国はあちこちで戦争をしていますので、準備さえすれば協力してくれる貴族のアテはあります。あとは『迷惑はかけませんので』とでも言って商人……まあ、ここは冒険者でも構いませんが、とにかく手に職をつけるための身分だけ下さいとお願いするだけです。位の低い貴族に嫌と言えないものは多いですからどうとでもなります。数人当たればどこかは協力してくれるでしょう。その後は、レンゲさんさえ良ければ、ワタシの助手、という形で商売を学ぶこともできますし、冒険者になることも可能ですよ。勿論、冒険者は全てが自己責任なので命の保証はできませんが」
ルクさんはどうやらこれからも私の面倒を見てくれるつもりらしい。
不思議だった。
「あの……どうして……?」
「どうして、とは?」
「どうして私に……良くして、くれるんですか……?」
「期待しているからです」
「え?」
「召喚されたのに途中までは自力で逃げ切れた人。それだけで、ワタシがあなたに投資するのは十分なことなのです。ワタシは商人ですから、自分に利のないことはしません。ワタシはあなたに期待している。だから投資する。それにおかしなことはないと思いますが」
本心はわからなかったけれど、悪意は感じない。
そもそも、考えてみれば昨日だって私を害そうと思えばいつでもできたのだ。つまりルクさんは私を害するつもりがない。
それに、元の世界に帰る方法もわからない。
王様からも逃げなければならない。
でも自分で生きていかなくてはならない。
そして何より、この世界のストーリーに介入するのは、結末を知っている私がやるべきことじゃない。
私がこの人に頼るのは、それだけで十分だ。
「……よろしくお願いします。私を、商人にしてください」
「お任せください。後ろ盾を得たら我がオーブ商会でレンゲさんの商人登録を行いましょう。それからワタシの助手としてお仕事を覚えてもらいます。と言っても、ワタシは旅商人としてあちこち移動しますので一人前になるのはかなり先になるかと思いますが、その方が好都合かと思います。昨日も言いましたが、人を隠すなら人込みですから」
ルクさんはいつもと同じような笑顔で言う。優しそうな、けれど、底の見えない笑顔。
けれど、私は、その底知れない笑顔に手を伸ばすしかなかった。




