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【完結】巻き添えで異世界召喚された私を助けた商人が、なぜか世界を敵に回している ~どうやら私は、世界より愛されているらしい~  作者: 近藤 博愛


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第1話 しがない商人

全25話、完結まで執筆済みです。

隔日20時更新予定。

少し胡散臭い商人と、巻き込まれて異世界召喚された女性のお話です。

最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。

「あっちだ、捕まえろ!」

「逃がすな!」


 背後で聞こえる声を振り切るように走る。

 大学の友人とお揃いで買った少しかかとの高いパンプスは既にどこかへ行ってしまった。

 それでも捕まるわけにはいかないと必死に足を動かす。


(どうして……どうして、こんなことに……!)


 私は大学帰りにコンビニに寄るか悩んでいただけだった。レポートの提出が終わったプチご褒美を買おうと思っていただけなのに。

 気付いたら、お城の地下にいた。

 私の他に、制服姿の女の子が2人いた。それぞれ鑑定されて、彼女たちは勇者と聖女であると言われ、私は――


「巻き込まれた大学生?」

「スキルもなし?」

「まあ、召喚された以上は陛下にご判断いただかなくては」


 あれよあれよという間に王様の前に連れてこられた。何が起きているのかわからないまま、私は王様に言われた。


「ワシの17番目の妃にしてやろう」


 その言葉の意味を理解した瞬間、私は全力ダッシュでお城から飛び出していた。

 そうして今に至る。

 だが、もう足が動かない。息も続かない。限界だ。

 それでも必死に足を動かす。止まったらあの場所に連れ戻されてしまう。それだけは避けたかった。


「こちらに」


 男性の声が聞こえて、思わず足を止める。声が聞こえたのは薄暗い路地裏からだったが、そこから金色の目が私を見ていた。

 咄嗟にその声の方へ走る。聞き覚えのない声に安心してしまったからだ。

 声の主は私の腕をつかむと、いくつかの言葉を口にする。


「ミラージュ」


 最後の一言だけ聞き取れた。すると周囲の景色がグニャグニャと歪んで見える。


「声はひそめて。ただの目くらましなので」


 小さな声で言われてようやく振り返る。

 夜明け前の空を落としこんだような群青と紫を混ぜたような、そこに星が輝いているような、なんだか不思議な髪色の男性がいた。頭頂部だけが金色のところを見ると染めているのだろう。

 そこに綺麗な顔があった。穏やかそうな金色の瞳と薄い唇。整った顔に少しだけ警戒すると、男性は私の腕をつかんだまま息だけで笑う。


「このまま逃げますので、少しだけ我慢してくださいね」


 男性はそう言って私の腰を抱き寄せた。

 次の瞬間、目の前の景色が変わる。さっきまで路地裏にいたのに今は賑やかな声のするお店の前にいた。

 何が起きたのかわからずに目を白黒させていると、男性がにこりと笑った。


「木を隠すなら森、人を隠すなら人込みですが、その上質なブラウスや雰囲気ですぐに見つかってしまいそうですね」


 男性はそう言うとお店の扉を開けて私を中へ促した。


「とりあえず、ワタシのところへどうぞ。理由を隠されても一晩くらいなら匿えますよ」


 男性に背中を押されてお店の中に入る。どうやら、ファンタジー世界によくある宿屋と酒場が一緒になっているお店のようだ。


「あ、ルクさーん、明日の夜はー……って、どちら様?」


 お店の中から私よりも年下に見える男の子が、男性に声をかける。男性は人のよさそうな笑顔で男の子に金の硬貨を渡した。


「連れができましたので今日と明日、とりあえず2人分お支払いしておきますね」

「あー、承知したっス。あんまり大きい声出さないでくださいね」


 呆れたような声と苦笑に男性は笑みを返して、私の腰を抱いたまま2階へあがる。酒場から指笛をからかうような声が聞こえて顔に熱が集中するのが分かった。

 恐らく、いかがわしいサービスの女だと思われたのだろう。


「こちらです。何もしませんのでご安心を」


 男性はそう耳打ちして私を室内へ誘った。

 室内はいくつか本がおいてある以外何もなく、机とベッドがあるだけの簡素な部屋だった。


「すみません、椅子が1台しかないのでベッドへどうぞ」


 扉を後ろ手に閉めながら男性が言う。何が何だかわからないまま呆然としている私に男性は尋ねた。


「ワタシはルク。しがない商人です。あなたのお名前は?」


 ルク、という名前には聞き覚えがない。声もとても魅力的だが、誰かまではわからなかった。


「うーん……お話、できます? 言葉が通じているかだけでも反応が欲しいのですが」


 そう言われてハッとする。今、自分の身に起きていることがなんなのか。あまりにも非現実的で荒唐無稽に思えるが頬を抓れば痛いし、感触もリアルだった。


「……マジかよ」

「まじ、とは?」


 思わずつぶやいた声にルクさんが反応を見せる。言葉が通じていることに安心したようだ。

 だが、私の脳内はそれどころではなかった。

 子供のころから異世界召喚願望はあった。今となればあれは14歳ごろのオタクが高確率で罹患する有名な病のそれだったが、20歳を超えてからそんな目に遭うとは思ってもみなかった。

 お城で出会った個性豊かなイケメンや美少女たち。それぞれが私の絶対声感を震わせる魅力的な声で、だからこそ、聞き覚えのないこの人の声に安心してしまったのだが。


「乙女ゲームに召喚されたってこと!?」


 ここは乙女ゲーム『クロノスの涙』通称『クロルイ』の世界らしい。


「どうしてこうなった。アレか? いい年して乙女ゲームやってるからか? でもこのゲームレーティングCじゃねーか。でも乙女って年でもないのに乙女ゲームやってる私が悪いのか」

「正気を失ってますね」


 頭を抱えていた私にルクさんが声をかけてくる。そのおかげで無理矢理意識を引き上げられた。


「大丈夫ですか? 気付用のポーションもありますが……」

「あ、いえ……大丈夫です……」


 発狂している姿を見られた恥ずかしさからどんどん声が小さくなる。顔も熱い。


「そうですか。ワタシの話、どこまで聞いてました?」

「ごめんなさい。ほとんど全く」

「正直ですね。では、自己紹介から。ワタシはルク。しがない商人です」

「わ、私は……えっと……」


 普通に名乗っていいものなのか悩んでいるとルクさんは優しい微笑みで言う。


「異世界人なのでしょう? 名前の響きが異なることくらいわかっています。ですから、心配せずに名乗ってください。どう呼んだらよいか教えて頂けると助かります」


 その言葉にホッとして私も名乗った。


「平川蓮華(ひらかわれんげ)です。えっと、蓮華が名前なのでレンゲと呼んでください」

「レンゲさんですね。よろしくお願いします」


 ルクさんは笑顔でそういうと興味深そうに私を、というか私の服を見ていた。


「珍しくも、上質なブラウスですね」

「そうですか? 量販店で3千円のお手頃価格でしたけど……」

「そのブラウス、こちらで換金したらいい値になりますよ」

「……はい?」


 ルクさんの言いたいことがわからずに首をかしげてしまう。するとルクさんは「なるほど」と笑って言葉を続けた。


「そのブラウス、この世界では仕立てが上等すぎて目立ちます。ワタシにお譲りいただけるのであれば新しい服と多少の安心をご提供しますがいかがです? 靴もサービスしますよ」


 そう言われてパンプスをなくしてしまったことを思い出した。ルクさんの言い分ではこのブラウスもかなり目立つのだろう。

 だが、今さっきまで走り回っていたせいで汗だくのはずだ。


「あ、の……ブラウスを譲るのは別にいいんですが……洗ってからでもいいですか……?」


 ダメ元で聞いてみるとルクさんは不思議そうな顔をした。おかしなことを言っているのかもしれないとドキドキしていると、ルクさんは指先を天井に向けて呟くように言った。


「アクア」


 すると指先に水の球ができる。その水球を少し大きくしてからルクさんは笑った。


「こちらで洗いますよ」

「え、いや、でも洗剤……石鹸、とか」

「石鹸もありますよ。こう見えて商人ですから」


 茶目っ気たっぷりに言われて二の句が継げない。ありがたい話ではあるのだが、いかんせん、女子としての恥じらいの問題だ。汗で湿ったブラウスを他人に触られたくない。


「え、っと……かなり汗、かいたので……」


 恥ずかしくて顔が熱い。けれどルクさんは私の言葉を別の意味に受け取ったらしい。


「あいにくですが、安宿なので風呂はないのですよ。体を拭くだけでよろしければお湯を用意しますよ」

「それはそれでありがたいんですがそうじゃなくて……」


 どう伝えれば自分にダメージが少ないか考えて、少し悩んだが、結局諦めた。

 けれど、最後の抵抗だけしておこう。


「あの……自分で洗いたい、ので……石鹸とお水だけお願いしてもいいですか……?」

「洗い方に特別な技術が必要なのですか? そうであれば洗濯屋に頼みましょうか?」

「違うんです汗だくなので触られるの恥ずかしいんです」


 早口でまくし立てるように言うとルクさんは不思議そうな顔をしていた。


「桶を借りてきますね」


 そう言ってルクさんは部屋を出ていく。

 渡された赤茶色のワンピースが、私の気持ちを少しだけ和らげてくれたのだった。



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