第20話 ただの商人
最初は、ただ利用するつもりだった。
走る女性と追う兵士。またあの国王が何かしたのだろうと思っていたが、その女性の服装が気になった。
見慣れない上質なブラウス。柔らかそうなスカート。一目見ただけでこの世界の人間ではないと理解できた。
そこからの行動は早かった。彼女を助け、手元に置けるように手を回して、実際に手元に置くことにも成功した。
誤算だったのは、彼女がワタシの懐に入ってしまったこと。
「ルクさん!」
ワタシを呼ぶ彼女の声が心地いい。
「教えてくれ」と素直に聞きに来る姿が愛らしい。
どんなことでも懸命にこなそうとする様子がいじらしい。
気付いた時には、もはや手放せなくなっていた。
「少し、出かけてきます。すぐに戻りますので、エクリプス様とスティルテさんに迷惑をかけないようにして待っていてください」
先日の件でかなりふさぎ込んでいる。勇者ヒトミは魔獣に襲われて死んだ。
けれど、その魔獣を操っている者がいたとしたら、それは明確な人殺しだ。
己の手を汚すつもりはなかった。だが、ワタシにとっての最優先はもう決まってしまったのだ。
アミスタード王国では勇者ヒトミの死を悼む式典が行われていた。その中心にいるべき少女がいないことに気付いてワタシは心当たりを探した。
アミスタードで最も大きな宿に少女はいた。王宮は先日、火災が起きたとかで使えなくなっていたらしい。こちらとしては都合がよかった。
「アイさん」
少女が顔を上げる。その目には光がない。
「今日はお願いに参りました」
そう言って見せたのはクロノスの涙。勇者ヒトミが持っていたものだ。
アイの目が吊りあがる。
「なん、で……なんであなたがそれを持っているの!?」
「さて、なぜでしょうね?」
微笑んで見せるとアイはクロノスの涙を取り返そうと詠唱を始めた。
だが、遅い。
「きゃっ!」
アイの体を氷の槍で固定する。もちろん、体は傷付けずに服だけを壁に縫い付けた。
「あなた、やっぱり!」
「やっぱり?」
「魔族の手先なのね!?」
「違いますよ」
くだらない言いがかりを鼻で嗤う。
「ワタシはワタシの意志で動いています。それだけは変わりません」
ワタシの笑顔に恐怖を覚えたのかアイの表情が強張る。歪んだ表情を見て少しだけ溜飲を下げている自分に気づいた。どうやら、想像以上に根に持っていたらしい。
「あなた……本当に、なんなの……?」
恐怖で歪む顔。心底怯えている少女にワタシは微笑みを返した。
「あなたには、『ただの商人』と言っても信じてもらえそうもありませんので、本当のことをお伝えしますね」
アイの首から下がっていたクロノスの涙を手に取りながら優しく笑う。
「ワタシはルク。クロノスの涙というゲームの、裏ボスになるはずだった男です」
こうしてワタシは、アイからもクロノスの涙を奪うことに成功したのだった。
「それ、は……クロノスの涙は、あなたが持っているべきものじゃない!」
「いいえ、ワタシに必要なものなのです」
この女は昔から変わらない。自分が正しいと信じて自分の行為を正当化する。
いや、正確には正当化している自覚すらないのだ。
ワタシは過去、この女に施しを受けたことがある。それも「クロノスの涙の時間移動実験」と称した気まぐれで、だ。
悪気はなかったのだろう。ただ、貧相な子供がいたから手持ちのお菓子を分けただけだ。けれど、それが相手をどれだけみじめにするか、考えもしない。何より、その時のワタシはすでにオーブ商会への所属が決まり、少し身綺麗になったばかりだった。
だからこそ、許せなかった。
ワタシの誇りも尊厳も、この女に踏みにじられたのだ。
だから――
「ワタシは奪うんです。この世界から」
この世界が彼女を不要だというのなら、ワタシは――
「神だって殺してみせますよ」




