第19話 微笑み
「ヒトミ! なんで!? どうして持ってないの!?」
アイちゃんが叫びながらヒトミちゃんの体を探っている。何を探しているのかわかった私もすぐに手伝った。けれど、どこにもない。
ヒトミちゃんの『クロノスの涙』がどこにも見当たらない。
「ルクさん……ヒトミちゃんが……」
ルクさんにすがってしまう。ルクさんなら何かできるかもしれないと期待してしまっていた。
アミスタード王国から魔族領に戻る途中だった。アミスタード国王にエリー酒の納品報告書を渡しに行った帰りに、ヒトミちゃんたちのパーティに出会った。
他愛のない会話をしていた。「エリー酒ってすごいよね。魔王まで魅了しちゃうなんてさ」と言われて少しだけ上機嫌になっていた。
忘れていたのだ。ここが、魔族と人間の境界であることを。
突然、魔獣が襲い掛かってきた。森の中にいた野生の魔獣だった。あまりにも突然のことで対応ができなかったのだ。
ルクさんは私を抱きしめ、アイちゃんが魔法を使う前に、魔獣はヒトミちゃんの体を引き裂いた。その後、すぐにルクさんが魔獣を追ってとどめを刺してくれたらしい。だが、魔獣は何も持っていなかったそうだ。
「なんて……痛ましい……」
ルクさんも口元を手で覆う。私はルクさんに縋り付いて泣くことしかできなかった。
「……レンゲ、辛いでしょうが、せめて体の傷だけでも癒してあげましょう」
「ルクさん……」
「このままでは血の匂いにつられて他の魔獣が集まってくるかもしれません。急いで」
そう言われて私は涙を拭いた。本当はもっと泣いて縋りたいが、今はせめて年上の人間として、少しでもヒトミちゃんをきれいにしてあげるべきなのだろう。
ルクさんと一緒にヒトミちゃんの体にポーションをかけていく。傷はすぐに綺麗になったけれど、ヒトミちゃんの呼吸が戻ることはなかった。
歯を食いしばる。今泣いてはダメだ。アイちゃんや他のパーティメンバーだって辛いのだ。私たちがしっかりしなければ。
「みなさん、アミスタードに戻られた方が良いかと。お送りしますよ」
ルクさんがそう言ってヒトミちゃんの体を抱き上げる。それに気づいたパーティメンバーのひとりが「俺にやらせてくれ」と言ってきた。彼は攻略対象のひとりでクロノシア王国の騎士だ。
ルクさんは彼にヒトミちゃんの体を渡す。その時、ヒトミちゃんの腕が力なく垂れる。赤い爪が妙に生々しく見えた。
私たちはそのまま、みんなをアミスタード王国まで送り届けた。
「帰りましょう、レンゲ」
「……はい」
みんなの背中がひどく沈んで見える。特にアイちゃんは呆然自失といった様子だった。
転移魔法で魔王城まで帰ってきた。私は早々に借りている部屋に向かいベッドに潜った。
涙が止まらない。あんなに優しくて明るい子がどうして、ととりとめのないことが浮かんでは消える。
そんな私の様子に気付いていたのだろう、ルクさんがそっと部屋に訪れた。
「レンゲ……」
「ルクさん……」
ルクさんが抱きしめてくれる。何も言わずにただ優しく抱きしめてくれる。
その腕の中で、私は涙が枯れるまで泣いた。
泣きつかれて眠った私は、ルクさんが微笑んでいたことに気付かなかった。




