第14話 自分のもの
「手を、離していただけますか」
ルクさんの静かな声が聞こえる。涙でぐちゃぐちゃの顔ではルクさんの顔はよく見えない。けれど、ルクさんの声がいつもよりも低く、怒っているのが分かった。
「くっ、見張りはどうした!?」
「あの程度で止められるとでも?」
そう言ってルクさんは何かを投げる。パリン、と瓶が割れる音がしてお酒の匂いが充満した。
「……酒?」
王子が呟くとほとんど同時にルクさんが火魔法を放つ。どうやらエリー酒だったらしく、ベッドの更に奥から火の手が上がった。
「うわっ!」
王子が私から離れたその瞬間をルクさんは見逃さなかった。
抱き寄せられる。ルクさんの匂いがする。安心する。
ルクさんは私を抱きしめたまま、今度は氷魔法でベッドの天蓋を破壊した。破片を避けつつ、ついでとばかりに王子が縮こまっている壁際に氷の柱を打ち込んで逃げ場をなくしていく。
ガタガタと震える王子の顔の真横にルクさんはダン、と蹴りを入れた。
「覚えておいてください、殿下」
ルクさんは笑顔のまま続けた。
「商人は、自分のものに手を出されることを最も嫌います」
すっと足を降ろして今度はしっかり私を抱き上げた。
「次はこの程度ではすみませんよ」
背中が一気に冷たくなる声音だった。
「さて、帰りましょうか。レンゲ」
優しい声が、当たり前のように私を呼び捨てる。
少しだけ驚いたけれど、それが不快ではなく、むしろ嬉しくて仕方ない。
「……はい!」
思わずルクさんに抱きつく。安心からかルクさんが来てくれた嬉しさからか自然と笑顔になっていた。
ルクさんが少しだけ驚いたように止まる。けれど、すぐにいつもの優しい笑顔で私を抱きしめたまま転移魔法で王宮から離れた。
オーブ商会まで戻ってきた私たちはすぐに荷物をまとめた。私の靴もルクさんが新しく買ってくれた。自分で買うと言ったのだが「目を離してしまったお詫び」と言って買ってくれた。
新しい靴は歩きやすくて軽い。どうやら魔法が付与されているようだ。
商会への説明も、詳しくは教えてくれなかったが、今後はアミスタード王国での活動を控えると伝えたらしい。
「身を隠す、というよりは人間のこないところにうつりましょう」
ルクさんはそう言うと町を出てすぐに転移魔法で再び移動した。
目の前には魔王城。どうやらここに逃げ込むつもりらしい。
「エクリプス様に話を通してきましょう。今度は一緒にいてくださいね」
「はい」
私はもうルクさんから離れようとは思わなかった。もう二度と、あんな恐怖を味わいたくはない。
「と、言うわけでして、どこかに定住を許可して頂けませんでしょうか?」
ルクさんが尋ねると魔王、エクリプス様は歓迎してくれた。
「愚かなものよ。ルク殿を怒らせるとは」
「ワタシのことはいいのですが、彼女が心配でして」
「そうだったな。この城に住まうとよい。部屋ならいくらでもある」
「ありがとうございます」
こうして、私たちは魔族領、魔王城のお世話になることになった。




