第11話 酒宴
(ほ、本物のスティルテくんだ……)
私がゲーム『クロノスの涙』の中で最も推した男、それがスティルテくんだ。
というのも、彼、こんな涼し気な顔をしておいて愛情が重い。ヒトミルートでもアイルートでもその過剰なまでの重い愛はどちらのヒロインにも発揮されていた。
特にヒトミルートのバッドエンド、窮地に立たされた魔王とヒトミ、どちらか一人しか救えない状況でスティルテくんは魔王を助けてヒトミと心中する。このバッドエンドが美しすぎてファンの間では「これこそ正史」とまで言われている。
「殿下に酒を献上とのことですが、目的は何でしょうか?」
「少々、入手にてこずるものがありまして。そちらを融通していただけないかと」
「なるほど。殿下に伺ってまいります。こちらでお待ちください」
そう言ってスティルテくんは一度、部屋から出て行った。
思わず見とれていた私をルクさんが肘でつつく。
「見すぎですよ」
「す、すみません、つい……」
顔が赤くなる。推しに会えた人間はこうなるのか。
「確かに、美しいダークエルフですが」
「ですよね! きれいですよね!」
自分の気持ちを理解してもらえてうれしくなってしまった私は、ルクさんがぼそりと呟いた「……少々、妬けますね」という一言を完全に聞き逃していた。
少しすると、スティルテくんが戻ってきた。
「殿下がお会いになるそうです。こちらへどうぞ」
そう言ってスティルテくんは私たちを魔王の間へと案内してくれた。
「良い酒と聞いたぞ!」
魔王、エクリプス様はそれだけ言うと、銀の盃を差し出した。
ルクさんはスティルテくんに酒瓶を渡して、スティルテくんがエクリプス様に酒を注ぐ。エクリプス様は少しだけ盃を回してお酒の色合いを見ているようだった。
そしてそのあと、一気にあおる。
今になって、本当に大丈夫だろうかとドキドキしてきた。ビクビクしている私に気づいたのかルクさんはそっと私の手を握った。
「……うまい!」
エクリプス様はそう言うとスティルテくんに次を注ぐように盃を差し出した。
「なんだこの酒は! これほどうまい酒があるとは、人間もなかなかやるではないか!」
「お口に合ってよかったです」
ルクさんが何でもないことのように言う。私も肩の力が抜けた。
「気に入った! 今宵は我が城に宿泊すると良い! よき酒に感謝して酒宴を催そう!」
「いえ、そのような……」
「遠慮するでない。杯を交わし友となればそなたらの目的も見えよう」
その一言にルクさんの目がすっと細くなる。どうやらこちらの目的は薄々勘付かれていたらしい。
エクリプス様はただの癒し系マッチョ酒好きお兄さんではないのだ。
「それでしたら、ご相伴にお預かりしても?」
「構わぬ。ともに楽しもうではないか」
こうして用意された酒宴は見事なものだった。食事も飲み物もおいしくて、特に果物のジュースが本当においしかった。
「ルク殿、このエリー酒の材料が欲しいと言っていたな?」
「はい。サラマンダーなのですが」
「ああ、なるほどなぁ。人の手には余るか。よかろう。捕らえた際は届けさせる。代わりにこの酒をもらえるか?」
「ええ、もちろん。ですが大量生産ができるものではなくて……そうですね、10日に2本、こちらの大瓶でいかがでしょう?」
「それで構わん」
そんな会話が聞こえてくる。ルクさんはエクリプス様と仲良くエリー酒を飲んでいた。
かくいう私は、成人はしているものの、お酒に耐性がないので、ジュースを飲んでいる。
なぜか、スティルテくんにお酌をされながら。
「こちらは今の時期によく入る果物のジュースです。ああ、お食事もお持ちしますね」
顔面のいい推しに甲斐甲斐しくお世話されて頭がおかしくなりそうだった。
私の世話を焼きつつ、スティルテくんはちゃっかりエリー酒を楽しんでいる。そしてスティルテくん、実はめちゃくちゃお酒に強いのだ。
「ああ、そうだ。エクリプス様」
ルクさんがわざとらしく魔王の名前を呼ぶ。それに気づいたのか、エクリプス様も「なんだ、ルク殿」と笑う。
「人類と争わないでいただけますか?」
「ほう?」
「こちらのお酒、今のところ、作れるのはワタシたちだけなのです。我々も人間領にいかねばならないことも多いものですから」
「それが真の目的か」
「はい」
そうして何かしらの言葉が交わされているところにスティルテくんがおいしそうな食事の乗ったお皿を持ってきた。
「こちらは魔獣肉の……」
スティルテくんの説明が頭に入ってこない。
私は幸せな時間を過ごして、翌朝になったら、人類と魔族の不戦協定が結ばれていたのだった。
決め手は、エリー酒、10日に3本という破格の条件だったそうだ。
帰り際、スティルテくんが穏やかな微笑みを浮かべて、
「おいしいお酒を、ありがとうございました」
と言ってくれた。
初めて、エリー酒を作ってよかったと思える瞬間だった。




