第5話:最終面接と、究極の政治思想「無為自然(ニート)」
王立アカデミーの敷地の最奥にそびえ立つ『星降りの旧魔塔』。
その最上階にある私専用の引きこもり空間は、現在、極めて物々しい緊張感に包まれていた。
「……準備はいいわね、テオ。彼らを一人ずつ入れなさい」
「御意に。お嬢様の『最終面接』、このテオが責任を持って記録・進行させていただきます」
私は、ベッドの上に置かれた特注の低反発クッションに深くもたれかかり、腕を組んで、前世の「圧迫面接を行う嫌な面接官」のポーズを作った。
私の目的はただ一つ。この狂気のデスゲームを勝ち抜いてしまった五十人のエリート狂信者たちを、完膚なきまでに論破し、「不合格」の烙印を押して追い返すことである。
(絶対に落とす。どんな模範解答を言ってこようが、難癖をつけて全員不合格にする。そうすれば、テオも私の求める『本当の大人しいヒモ男』を探し直すしかないはずよ!)
私は己の決意を固め、冷たいフルーツ牛乳を一口飲んで喉を潤した。
「一番手。第二皇子コンラート・フォン・ガルデニア。入室しろ」
テオの声と共に、塔の扉が開かれた。
そこに入ってきたのは、先ほどの血と泥にまみれた姿から一転、王宮の専属メイドの手によって完璧に洗浄・セットされ、皇族の正装である白の軍服に身を包んだコンラート皇子(15歳)だった。
彼の金髪は美しく輝き、青い瞳には狂気的なまでの忠誠心と熱が宿っている。普通に見れば、国中の令嬢が気絶するほどの美青年だが、私にとっては「最も面倒くさい熱血バカ」でしかない。
「ルセリア師匠!! コンラート、最終面接に参りました!! どのような難問でも、私の魂のすべてをもってお答えいたします!!」
「声が大きいわよ。もっと静かに喋りなさい」
私がため息をつきながら指摘すると、彼は「ははっ!! 申し訳ありません!!」とさらに大声で返事をした。ダメだこいつ。
「……単刀直入に聞くわ。私があなたを伴侶に選んだとして。……私が『毎日、一切の仕事をせずにベッドで寝ていたい』と言ったら、あなたはどうするつもり?」
私は、極めて怠惰で、皇族の妻としては絶対に許されない条件を突きつけた。
しかし、コンラートは一秒の躊躇もなく、目を輝かせて答えた。
「当然のことでございます!! 師匠の安らかなる御眠りこそが、この帝国の平和の象徴! 私は師匠の寝室の扉の前に立ち、いかなる外敵からも、いかなる決裁書類からも、師匠を護り抜く無敵の盾となります!! 師匠はただ、永遠に微睡んでおられれば良いのです!!」
彼は、自らの胸をドンッと叩き、誇らしげに言い放った。
「もし師匠の眠りを妨げる者がいれば、それが皇帝であろうと、私がこの剣で切り捨ててみせます!!」
(うわぁぁぁ、重い!! 重すぎる!! そして物騒!!)
私は顔面を引きつらせながら、バツ印の札(カヤに作らせた)をコンラートに突きつけた。
「不合格よ!!」
「な、なんと!? どこが至らなかったのでしょうか、師匠!!」
「あのね、あなたがずっと扉の前に立ってギラギラしてたら、気になって眠れないのよ! 殺気とか熱気が部屋の中まで伝わってきて、暑苦しいったらありゃしないわ! 私の求める安眠環境(QoL)に悪影響を及ぼすから、絶対に無理!!」
私の理不尽極まりない(ただの怠惰な)却下理由。
しかし、コンラートは絶望するどころか、雷に打たれたように目を見開いた。
「おおおっ……! な、なるほど!! 盾となるという『己の存在意義』すらも、師匠にとってはノイズ(熱気)でしかないと!!」
コンラートは、ボロボロと感動の涙を流し始めた。
「私はまだ、師匠を護るという『自己満足』に囚われていたのです!! 真の伴侶とは、己の気配すら完全に消し去り、空気と一体化して師匠を包み込む者でなければならない!! ……このコンラート、さらなる修行を積み、完全なる『無気配の盾』となって出直してまいります!!」
「いや、出直してこなくていいから! 次!!」
私は、勝手に自己完結して熱狂するコンラートを無理やり退室させ、次の候補者を呼び込んだ。
「二番手。クライス侯爵令嬢ヴィクトリア。入室しろ」
次に現れたのは、美しい青のドレスに身を包んだヴィクトリア(15歳)だった。
彼女もまた、泥汚れを完璧に落とし、侯爵令嬢らしい凛とした美しさを取り戻しているが、その手には何故か「分厚い帳簿と算盤」が握られていた。
「お姉様! 私がお姉様の伴侶として、すべてを完璧に管理してみせますわ!!」
彼女は、鼻息を荒くして私のベッドの前に進み出た。
「あのね、ヴィクトリア。伴侶は同性でもいいっていうのはテオの超解釈だから置いておくとして。……もし私が一日中寝ていたいって言ったら、あなたはどうするの?」
ヴィクトリアは、自信満々に胸を張った。
「お任せくださいませ! お姉様が『大宰相』になられたあかつきには、私が影の大宰相として、すべてのお仕事を代行いたしますわ! 予算編成、外交交渉、貴族の調整、すべてこのヴィクトリアが不眠不休で完璧に処理し、お姉様にはサインをする手間すら取らせません!」
彼女は、カチャカチャと算盤を弾きながら熱弁を振るう。
「お姉様はただ、私が完璧に整えた帝国のシステムの上で、優雅に紅茶を飲んでお昼寝をしてくだされば良いのですわ!!」
(……一見すると最高の条件のように聞こえるけど、絶対にダメよ。前世のブラック企業で、隣の席の同僚が徹夜でバリバリ働いている横で、自分だけ定時退社して寝る時のあの『謎の罪悪感とプレッシャー』……あれを毎日味わうことになるじゃない!!)
私は、再び容赦なくバツ印の札を突きつけた。
「不合格!!」
「えっ!? お、お姉様!? なぜですの!? 私の処理能力に不満がおありですか!?」
「あなたが隣でカリカリと仕事してたら、私がサボってることに罪悪感が湧くでしょ! それに、仕事の愚痴とか絶対私に言ってくるタイプじゃない! 休まらないから不合格!!」
私の理不尽な(怠け者の極みのような)宣告。
しかし、ヴィクトリアもまた、コンラートと全く同じように、ハッと息を呑んで顔を紅潮させた。
「ざ、罪悪感……! お姉様は、私の心労すらも案じて、ご自身の安らぎが損なわれると仰っているのですね……!!」
ヴィクトリアは、帳簿を胸に抱きしめ、感涙にむせんだ。
「なんという慈愛……!! 真の伴侶とは、一方的に尽くすのではなく、共に安らぎを分かち合える者でなければならない! 私が仕事(俗事)に追われていては、お姉様の美しい精神にノイズを与えてしまう!! あぁ、私はまた一つ、お姉様の深き叡智に触れることができましたわ!! 出直してまいります!!」
「だから出直さなくていいってば!!」
その後も、ゼニス王国の天才レオナルドが「究極の空調魔法で、部屋の温度と湿度を常に一定に保つ人間加湿器になります!」とアピールしてきたが、「機械みたいで面白みがないし、うるさい」という理由で不合格にした。
その他の四十七人のエリート狂信者たちも、「私が身を挺して」「私が代わりに」「私がすべてを」と、暑苦しい自己犠牲のアピールばかり繰り返してくるため、私は片っ端から「疲れる」「重い」「めんどくさい」という理由で全員不合格(バツ印)を突きつけ続けた。
◇◇◇
そして、三時間が経過し。
最終面接を終えた五十人のエリートたちは、誰一人として私の「伴侶」に選ばれることなく、再び広間に集結していた。
「……ふぅ。これで終わったわね」
私は、ベッドの上で大きく伸びをした。
全員を不合格にしたのだ。これでテオも諦めて、私が最初に提示した『大人しいヒモ男』を探しに行ってくれるだろう。
「お嬢様。全員の面接が終了いたしました」
テオが、記録用の羊皮紙を束ねながら、スッと私の前に進み出た。
「しかし、彼らは誰一人として納得しておりません。……最後に、お嬢様の口から『真の模範解答』をお授けください。彼らがお嬢様の伴侶に足りえなかった、決定的な理由を」
広間に集まった五十人のエリートたちが、固唾を呑んで私を見つめている。
彼らの目は、不合格にされた絶望ではなく、「自らの至らなさを学び、さらなる高みへ上ろうとする」求道者のようにギラギラと輝いていた。
(……面倒くさいなぁ。でも、ここでバシッと言っておかないと、また勘違いして押しかけてきそうね)
私は、大きく息を吸い込み、私が求める「究極の理想の伴侶像」を、包み隠さずに(堂々と)言い放った。
「あなたたちはね、全員『私が護る』『私が働く』って、気を張りすぎなのよ!」
私は、クッションを抱きしめながら叫んだ。
「私が求めているのは、そんな暑苦しい英雄じゃないの! 私が一日中寝ていたいって言ったら、『じゃあ俺も一緒に寝るわ』って言って、隣で一緒にゴロゴロしてくれる人! 何も考えず、何も期待せず、ただ私と一緒に『サボってくれる』人! それが私の求める究極の伴侶なのよ!!」
(ふぅ、言ったわ。これで分かったでしょ。私は国を動かす気も、誰かを導く気も一ミリもない、ただの究極の怠け者だってことが!!)
私は、彼らが「なんだ、この令嬢はただの堕落したニートじゃないか」と呆れ果てて帰っていくのを期待して、胸を張った。
しかし。
数秒の沈黙の後。
広間に落ちたのは、呆れの溜息ではなく、まるで神の啓示を浴びたかのような、雷に打たれたような衝撃のどよめきだった。
「……っ!!」
コンラート皇子が、目を見開き、わななきながらその場に崩れ落ちた。
「な、なんてことだ……。私は、大いなる勘違いをしていた……」
「殿下!?」
「我々は、お姉様に『尽くす』ことばかりを考えていた……! しかし、お姉様が求めておられたのは、そんな浅はかな行動(俗事)ではなかったのだ……!!」
ヴィクトリアもまた、頭を抱えて震え上がった。
「どういうことだ、コンラート殿下! ルセリア様の御言葉の真意とは……!」
レオナルドが問い詰めると、コンラートは血走った目で立ち上がり、狂気に満ちた声で演説を打ち始めた。
「皆の者、よく考えよ!! ルセリア師匠は、この三年間、学園でただの一度も自ら動かれたことはない! しかし、その結果どうなった!? アグニ地方は空前の繁栄を遂げ、この学園は帝国最高の教育機関として自立した!!」
コンラートの言葉に、周囲の狂信者たちがハッと息を呑む。
「師匠は、何もしていないのではない! 『何もしないこと(無為)』によって、周囲の我々が自ら考え、自ら成長し、自ら国を回すように仕向けてくださっていたのだ!!」
(※ただ寝ていただけである)
「そして今、師匠は我々に『一緒にゴロゴロしろ(何もするな)』と仰った! これこそが、師匠が掲げる究極の政治思想……『無為自然』の極致!! 為政者が何もしないことで、民が自発的に動き、国が自然の摂理に沿って豊かに回るという、神の領域の統治理論なのだ!!」
「「「な、なんだってーーっ!!?」」」
五十人のエリートたちの間に、狂信のビッグバンが発生した。
「つまり、ルセリア師匠は! 大宰相としてあくせく働くような古い体制を完全に否定しておられる! 師匠はただ、帝国の頂点で『存在(象徴)』してくださるだけで良いのだ!!」
コンラートが、剣を天に突き上げる。
「我々五十人が、師匠の手足となり、議会として帝国の実務をすべて処理する! そして、師匠と我々は、表向きは『何もしない(一緒にサボる)』ことで、民に干渉しない究極の自由国家を創り上げる!! これこそが、師匠が我々に求めた『伴侶(共同統治者)』としての真の姿!!」
「おおおおおおっ!!」
「なんという深遠なる哲学!! ルセリア様の『サボり』には、国家百年の計が隠されていたのか!!」
「ルセリア大宰相閣下、万歳!! 無為自然の新体制に、我らの命を捧げる!!」
ドワァァァァァァッ!!
塔の最上階が、五十人のエリート官僚たちによる「新たな国家体制樹立」の歓喜の渦に包まれた。
「……えっ。ちょっ……え?」
私は、完全に置いてけぼりにされ、ただ口をパクパクさせることしかできなかった。
「一緒にサボろう」と言っただけなのに、なぜか「無為自然による象徴大宰相制」という、とんでもないスケールの政治システムが勝手に爆誕してしまったのだ。
「お嬢様」
私の傍らで、テオがスッと眼鏡を押し上げ、この世のすべての悪意(忠誠心)を煮詰めたような笑みを浮かべた。
「お見事です。お嬢様は、ご自身で手を下すことなく、この帝国のトップエリート五十人を完全に洗脳し、お嬢様のための『永久自動処理システム(新政府)』を作り上げてしまわれました。……これで、お嬢様は『大宰相』という絶対的な権力を持ちながら、生涯にわたって何一つ仕事をすることなく、ただベッドで寝ているだけで世界を支配できるのです」
「ちがうぅぅぅぅぅっ!!」
私は、ついに涙腺が崩壊し、クッションを床に叩きつけた。
「私はただの専業主婦になりたかったの!! なんの責任もなくて、誰にも注目されない、ただの一般人のニートになりたかったのよぉぉぉっ!! なんで大宰相の上に、さらに五十人の狂信者を従える女帝(教祖)みたいになってるのよぉぉぉっ!!」
私の悲痛な叫びは、またしても「ルセリア大宰相の、新たな時代を告げる尊き産声」として彼らの脳内に変換され、歓声にかき消されていった。
かくして。
「大宰相就任」から逃れるための私の浅はかな婚約騒動は、最悪の形で結実した。
私は、一切の実務を行わない(サボる)ことによって、逆に「神の如き統治者」として崇め奉られる『象徴大宰相(実質的な女帝)』の座に、強制的に君臨させられてしまったのである。
私を取り囲むのは、有能すぎて話を宇宙規模に拡大解釈する側近たちと、私のサボりを「究極の哲学」として崇拝し、不眠不休で国を回し続ける五十人のスーパーエリート官僚(親衛隊)たち。
私の「誰にも邪魔されずにダラダラする」という夢は、ある意味で究極の形で叶えられた。
しかし、それは「帝国全土の運命を背負わされながら、狂信者たちに24時間監視(崇拝)され続ける」という、終わりのない精神的プレッシャー(ノイズ)との闘いの日々の始まりでもあったのだ。
「もう……誰か私を、前世のボロアパートに帰してぇぇぇぇっ……!!」
泣き叫ぶ怠惰な公爵令嬢ルセリアの、世界を巻き込んだ「終わらない勘違い伝説」は。
帝国の中枢、大宰相の玉座へと舞台を移し、これからも果てしなく、そしてさらにスケールアップして爆走を続けていくのであった。




