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第4話:絶対防衛陣形(紙飛行機)の奇跡と、絶望の婿候補たち

王立アカデミー、第一野外大コロシアム。

そこは今、魔法学の常識を覆す『奇跡の防衛戦』の舞台と化していた。


「陣形を崩すな!! ルセリア師匠の御心(紙飛行機フォーメーション)を信じ、すべての攻撃を受け流すのだ!!」


コンラート皇子の悲痛な、しかし確信に満ちた叫び声が響き渡る。

闘技場の中央。五十名のエリート狂信者たちは、ルセリアが暇つぶしで飛ばした『ただの紙飛行機』の形状を完璧に模倣し、先端を尖らせた円錐状(デルタ翼型)の陣形を組んでいた。

彼らの魔力は、極限の集中と信仰心によって一つに束ねられ、巨大な半透明の『流線型の壁』となって彼らを覆っている。


その陣形に向かって、壇上から放たれるのは、ルセリアの最側近たる三人の容赦ない集中砲火であった。


「行くぞ! お嬢様の聖域を護る盾になりたいのなら、俺のこの魔力砲を凌いでみせろ!」

テオが放つ、空間を歪ませるほどの高圧縮魔力弾。


「一歩でも動けば、急所を貫きますわよ!」

マイナが放つ、音速を超える不可視の鋼糸と短剣の雨。


「精神の隙間を突かせてもらうぜ!」

ギルが放つ、脳髄を直接揺さぶる幻惑と殺気の波動。


それらが一斉に、五十人の組む『紙飛行機フォーメーション』の先端へと激突した。


ドゴォォォォォォォォォッッ!!!


すさまじい轟音と土煙がコロシアムを包み込む。

並の騎士団であれば、一瞬で塵も残さず消し飛んでいるであろう、文字通りの絶死の攻撃。


しかし。

「……なっ!?」

魔法を放ったテオ自身が、信じられないというように目を見開いた。


土煙が晴れた闘技場の中央。

五十人のエリートたちは、誰一人として陣形を崩すことなく、一歩も後ろに下がることもなく、無傷でそこに立っていたのである。


「す、素晴らしい……!!」

魔法大国の天才、レオナルドが、陣形の最後尾で歓喜の涙を流していた。

「テオ殿の高圧縮魔力弾が、陣形の『尖った先端』に触れた瞬間、左右へと綺麗に分散された! マイナ殿の暗器も、流線型の魔力障壁の表面を滑るように逸れていく! ギル殿の精神攻撃すら、五十人の意識を『一つの飛行物体(紙飛行機)』として同調させることで、完全に無効化している!!」


レオナルドは、血まみれの拳を天に突き上げた。


「これぞ、ルセリア様が我々に授けてくださった究極の柔の防衛術! 敵の巨大なエネルギーを正面から受け止めるのではなく、空気抵抗を極限まで減らして『受け流し』、後方へと逃がす! なんという物理法則と魔法理論の完璧な融合だ!!」

(※ルセリアは、ただ紙飛行機がよく飛ぶように先を尖らせただけである)


「ルセリア師匠の教えは、絶対だ!! 師匠が授けてくださったこの陣形がある限り、我々は無敵の盾となる!!」

コンラートが絶叫し、ヴィクトリアも扇子の骨を握りしめながら「お姉様の深き叡智に、魂が震えますわ!!」と涙を流す。


テオ、マイナ、ギルの三人は、その奇跡的な光景を前にして、完全に攻撃の手を止めた。


「……見事だ」

テオが、深く、静かに息を吐き出した。


「お嬢様が魔塔から直接『答え(陣形)』を降臨させられた意味が、ようやく理解できた。……お嬢様は、この五十名のうち『誰か一人』を選ぶつもりなど、最初からなかったのだ」


「えっ……?」

マイナとギルが、テオの顔を見る。


「お嬢様が求められる『絶対の守護』とは、一個人の力では到底成し得ないもの。……お嬢様は、この五十名の傑物たち全員を、己の『伴侶(盾)』として迎え入れるおつもりなのだ。彼らが五十人で一つとなり、この陣形を組んで初めて、お嬢様の聖域(お昼寝空間)を護る真の門番が完成する……!」


テオの恐るべき『超・深読み(暴走)』が、ここでついに臨界点を突破した。


「試練は、終了だ!!」

テオが、コロシアム中に響き渡る声で高らかに宣言した。


「お前たち五十名は、お嬢様が直接授けた陣形をもって、見事に我々の攻撃を防ぎ切った! 第一から第三の試練、すべて合格である!!」


「「「うおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」


闘技場に、地鳴りのような歓声が爆発した。

血と泥にまみれ、ボロボロになりながらも、五十名のエリートたちは抱き合い、肩を叩き合い、そして魔塔の方角に向かって一斉にひれ伏した。


「さぁ、勇者たちよ! お嬢様が、最上階の聖域で君たちの凱旋をお待ちだ! 共に魔塔へ向かい、お嬢様からの『最終面接』を受けようではないか!!」


こうして、ルセリアの「大人しいヒモ男募集」という極めて怠惰な要望は。

「皇位継承権や家督を捨てた、戦闘力と狂信度がカンストしている五十人の超エリート集団」という、最も彼女の望みから遠く離れたバケモノたちを、彼女の寝室へと直行させる結果となってしまったのである。


◇◇◇


その頃、王立アカデミーの最奥、『星降りの旧魔塔』の最上階。


「ふわぁぁ……。そろそろ夕方かしら」

私は、ベッドの上でゴロゴロと寝返りを打ちながら、大きなあくびをした。


「お嬢様、お目覚めですか。ちょうど良いタイミングでございます」


部屋の扉が開き、テオが満面の笑み(彼にしては珍しく、達成感に満ちた誇らしげな笑顔)を浮かべて入ってきた。

その後ろには、マイナとギルも、何やら清々しい顔をして続いている。


「あ、テオ。おかえりなさい。どう? 私の条件に合う『大人しくて、私より弱くて、ずっと家にいてくれる貧乏なヒモ男』、ちゃんと見つかった?」

私がベッドの上から身を乗り出して尋ねると、テオは恭しく一礼した。


「はい、お嬢様。お嬢様の深遠なる『三つの条件』を完璧に満たし、さらにはお嬢様が窓から放たれた『神の啓示(紙飛行機)』の真意を見事に読み解いた、最高の伴侶候補たちをお連れいたしました」


「え? 窓から放たれた神の啓示?」

私が首を傾げた、その瞬間。


ドドドドドォォォォッ!!


塔の階段を、何十人もの人間が駆け上がってくる、すさまじい足音が響き渡った。


「えっ? なに? なにこの音!?」

私が慌ててベッドから跳ね起きた時、テオが「さぁ、お入りなさい」と扉を大きく開け放った。


「ルセリア師匠ぉぉぉぉぉっ!!」

「ルセリアお姉様ぁぁぁっ!!」


扉の向こうから雪崩れ込んできたのは。

服はビリビリに破れ、全身血と泥と魔獣の返り血にまみれ、ギラギラと狂気のように輝く目をひん剥いた、五十人のガチムチのエリートたちであった。


「ヒッ!?」

私は、あまりの恐怖と異様な光景に、喉の奥で悲鳴を上げて壁際まで後ずさった。


「ははっ!! 師匠!! コンラート、ただいま師匠の『三つの試練』を突破し、師匠の伴侶(盾)となるべく、ここへ帰還いたしました!!」

先頭に立ったコンラート皇子が、血だらけの顔でニカッと笑い、右の拳を左胸に当てて最敬礼をした。


「お姉様!! 私たち、お姉様が授けてくださった『紙飛行機の陣形』のおかげで、五十人が一つになることができましたの!! これから私たち五十人全員で、お姉様の専属の伴侶(奴隷)として一生お支えいたしますわ!!」

ヴィクトリアが、ドレスの残骸を靡かせながら、感涙にむせんで叫ぶ。


「ゼニス王国の天才たるこの私も、今日からはルセリア様の『完璧な加湿・保温システム』の一部として、この命を使い潰す所存!!」

レオナルドが、へし折れた杖を掲げて絶叫する。


「ルセリア様、万歳!! 我ら五十名の『盾』に、永遠の忠誠を!!」

ドワァァァァッ!! と、私のベッドルーム(絶対安眠空間)に、五十人のむさ苦しい男たち(一部令嬢含む)の野太い歓声と、汗と血の匂いが充満した。


「……は? ちょ、ちょっと待って……」

私は、完全にキャパシティを超えた脳髄をフル回転させ、目の前の地獄絵図を理解しようと努めた。


(えーっと……。テオが連れてきた『伴侶候補』が……コンラートとヴィクトリアとレオナルドを含む、狂信者五十人……? しかも、全員血まみれで、私の夫になる気満々で……五十人全員で!?)


「テオ!!」

私は、震える声で側近の名前を叫んだ。


「これのどこが『大人しくて私より弱いヒモ男』なのよぉぉぉっ!! 全員、皇位継承権とか家督を持ってる、帝国のスーパーエリートたちじゃない!! しかも戦闘力高すぎでしょ!! 私、一言もこんな連中連れてこいなんて言ってないわよ!!」

私が涙目で抗議すると、テオは心外だと言わんばかりに眼鏡を光らせた。


「お嬢様、何を仰いますか。彼らはすべて、お嬢様の提示された条件を『完璧』にクリアした者たちです」

「クリアしてない!! 第一条件『私より弱いこと』って書いたでしょ!!」


「ええ。彼らは、俺やマイナの殺気を前にして、一切の反撃を行わず、己の『無力(弱さ)』を完全に自覚し、受け入れました。それはすなわち、お嬢様に対する絶対的な服従の証明です」

テオが極めてロジカル(狂気)に解説する。


「第二条件『私に期待しないこと』! 彼らはなんと、皇位継承権や家督、次期筆頭魔導士の地位など、現世のすべての権力を自ら叩き割り、放棄いたしました! お嬢様の権力には一切頼らず、ただの無私の盾となることを誓ったのです!」


(※勝手に捨てただけである。そしてそんな重い覚悟、私は微塵も求めていない)


「そして第三条件『家から出ないこと』! 彼らはお嬢様が窓からお授けになった『紙飛行機(絶対防衛陣形)』を完成させ、一歩も引かずにこの聖域を護り抜く覚悟を示しました! これで、彼らは立派なお嬢様の『インドア派のヒモ(絶対防衛の門番)』です!!」


(インドア派の意味が違う!! それに私が飛ばしたの、ただのゴミの裏紙だから!!)


私は、テオの完璧すぎる『深読みによる翻訳』の前に、反論の言葉を完全に失ってしまった。

前世のビジネスにおいて、「上司の曖昧な指示を、部下が勝手に壮大なプロジェクトに拡大解釈して大惨事になる」というケースは多々あるが、これはもはや大惨事どころではない。国家の存亡に関わるクーデターである。


「師匠!! さぁ、我々五十名の中から、あるいは我々全員を、師匠の『伴侶』としてお選びください!!」

コンラートが、血走った目で私ににじり寄ってくる。


「お、お願いだから近寄らないで……! 血の匂いがするから! 私の真っ白な低反発マットレスが汚れちゃう!!」

私は悲鳴を上げ、ベッドの上でクッションを抱きしめて丸まった。


このままでは、大宰相という過労死ポジションから逃れるどころか、「五十人の狂信的エリート官僚たちを束ねる、文字通りの女帝(カルトの教祖)」という、大宰相の何百倍も面倒くさくて責任の重いポジションに強制就任させられてしまう。


(ダメよ……! なんとしてでも、こいつらを不合格にして、諦めさせなきゃ……!)


私の脳内で、前世の社畜時代に培った「どうしてもやりたくない仕事を、いかに正当な理由をつけて断るか(あるいは他人に押し付けるか)」という究極の回避術が、フルスロットルで稼働し始めた。


「……ストップ!! ストップよ!!」

私は、クッションを盾にしながら、極限まで気だるそうな(大物感を演出する)声で叫んだ。


「ル、ルセリア師匠……?」

コンラートたちが、ピタリと動きを止める。


「あなたたちが、テオの用意した試練を乗り越えたことは認めるわ。……でもね、伴侶を選ぶというのは、そんな武力や根性だけで決まるものじゃないのよ」

私は、なるべくもっともらしい理由をでっち上げ始めた。


「真の伴侶とは……私と同じ『波長』を持っていなければならないの。私が何を望み、何を不快とするか。それを言葉にせずとも理解し、私の『魂の静寂サボり』を絶対に邪魔しない者……。それを確かめるための『最終面接』を、私自身の手で行います!!」


私がそう宣言すると、五十人の狂信者たちの間に、息を呑むような緊張感が走った。


「さ、最終面接……!!」

「ついに、ルセリア師匠直々の試験が下されるのか……!」

「我々の魂の波長が、師匠と共鳴するかどうかを見極められるのですね……!」


彼らの目が、さらにギラギラと狂気的な熱を帯びていく。


「テオ! 彼らを全員、一旦塔の外にある客室に案内しなさい! 泥と血を綺麗に洗い流して、清潔な服に着替えさせること! 血生臭い男は、私の面接室には一歩も入れません!」

私は、テオに向かってビシッと指を突きつけた。


「御意。……お嬢様の最終面接、俺たちも心して見守らせていただきます」

テオは、恭しく一礼すると、コンラートたちを促して塔の階段を下りていった。


「お待ちしております、師匠!! 必ずや、師匠の御心にかなう回答を示してみせますぞ!!」

コンラートたちの暑苦しい声が遠ざかり、ついに部屋の中に私一人だけの静寂が戻った。


「……はぁぁぁぁぁっ……」

私は、ベッドの上に倒れ込み、深すぎる絶望のため息を吐き出した。


(どうしよう……。最終面接なんて言ったけど、あいつらを論破して全員不合格にするなんて、至難の業よ。何を言っても『それも試練ですね!』ってポジティブに解釈してくるんだから……)


大宰相という名の過労死から逃れるために、ヒモ男を探しただけなのに。

気づけば私は、帝国の次世代を担う五十人の狂信者たちを相手に、己の「一生ダラダラする権利」を賭けた、絶対に負けられない究極の面接官(防衛戦)を強いられることになってしまったのである。


「もう……誰か私を、前世の平和なボロアパートに帰して……」


私の切実な願いは、窓から吹き込む春の風に乗って、虚しく空へと消えていった。

ルセリア・フォン・ヴァロワ、15歳。

彼女の完全ニート計画は、いよいよ帝国全土を巻き込んだ「狂気の婿選び・最終面接」へと、絶望的なステージアップを遂げるのであった。

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