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第2話:ゆるすぎる条件と、側近たちの狂気的「深読み」

「……というわけで、これが私の考える『理想の伴侶』の条件よ。テオ、この条件にぴったり合う男を、適当に見繕ってきてちょうだい。できれば今日の夕方までに」


王立アカデミーの敷地の最奥、『星降りの旧魔塔(ルセリア専用・完全引きこもり拠点)』の最上階。

私は、最高級の低反発マットレスの上でゴロゴロと寝転がりながら、一枚の羊皮紙を側近のテオに手渡した。


前日、皇帝陛下から「卒業後は帝国大宰相に就任せよ」という、事実上の過労死宣告を受けた私。

そのブラックすぎる激務から合法的に逃れるための唯一の手段――それは『寿退社(適当な男と結婚して専業主婦という名のニートになること)』である。


しかし、公爵令嬢である私が、王族や上位貴族の野心ギラギラな男と結婚してしまえば、結局は政治の表舞台に引きずり出されてしまう。

私が求めているのは、私に一切干渉せず、私が一日中ベッドで寝ていても文句を言わない、都合の良い『ヒモ男』なのだ。


テオは、恭しくその羊皮紙を受け取り、そこに書かれた文字にスッと目を落とした。


『ルセリアの婿・絶対条件』

一、私より弱いこと。(魔法も剣もダメでいい。私に逆らわず、大人しいこと)

二、私に一切の期待をしないこと。(「公爵令嬢として働け」とか「家のために尽くせ」とか絶対に言わないこと)

三、家から出ないこと。(私と一緒に一日中部屋でゴロゴロできるインドア派であること)


「……いかがでしょうか、テオ」

私は、自分の完璧な『ダメ男募集要項』に満足しながら、冷たいフルーツ牛乳をチュウチュウと啜った。


「これなら、どこにでもいるでしょ? 借金を抱えてる貧乏な男爵家の三男坊とか、領地の隅っこで本ばっかり読んでるニートとかでいいのよ。結納金代わりに公爵家の財産を適当にポンと渡してあげれば、喜んで私を専業主婦として養って(放置して)くれるはずだわ」


私の言葉に対し、テオは数秒間、彫像のように固まっていた。

そして、眼鏡のブリッジを中指で静かに押し上げると、深々と、まるで神の啓示を受けた教徒のように頭を下げたのである。


「……お嬢様の、あまりにも深遠なる御心。このテオ、魂の震えが止まりません」

「えっ? いや、全然深遠じゃないんだけど。ただのニート募集なんだけど」


「ご謙遜を。……この三つの『究極の試練』を乗り越えられる傑物が、果たしてこの帝国に何人いるか。……ですが、お嬢様の『静寂サボり』を永遠に護り抜く真の伴侶を見つけるため、我が命に代えましても、必ずや探し出してみせます」


テオは、羊皮紙をまるで聖杯のように大事に胸に抱き抱え、そのまま踵を返して塔の階段を駆け下りていってしまった。


「ちょ、ちょっとテオ!? 私の話、ちゃんと聞いてた!? 傑物じゃなくて、ダメ男でいいのよ! 適当なヒモ男を見つけてくるだけで――」


私の悲痛な叫びは、分厚い石の扉が閉まる音にかき消され、誰にも届くことはなかった。

(……まぁ、いっか。テオのことだから、なんだかんだ言って私の要望通り、大人しくて無害な男を連れてきてくれるわよね。そしたら、その人と一緒にボードゲームでもしながら、一生ダラダラ過ごすんだ〜)


私は、己の怠惰な未来図に胸を躍らせ、再びフカフカのクッションに顔を埋めて極上の二度寝へと落ちていった。

自分が書き出したその「ゆるすぎる三つの条件」が、側近たちのバグった脳内でどのような『狂気の翻訳』をされるかなど、露ほども想像せずに。


◇◇◇


その数時間後。

王立アカデミーの地下深くに作られた、生徒会テオたちの秘密作戦会議室。


円卓を囲む四人の側近――テオ、ギル、マイナ、カヤは、テオが持ち込んだ一枚の羊皮紙を前に、異常なまでの熱気と殺気を放っていた。


「見ろ。これがお嬢様から提示された、伴侶となる者への『三つの試練』だ」

テオが羊皮紙を机に置くと、他の三人が食い入るようにそれを見つめた。


「……なるほど。『一、私より弱いこと』か」

裏情報担当のギルが、腕を組みながら冷たい笑みを浮かべた。

「お嬢様のように、ただ寝返りを打っただけで神話級の魔竜を粉砕するほどの力の前では、この世のすべての男が『弱い』。だが、お嬢様はただの弱者を求めているのではない。己の弱さを完全に自覚し、慢心せず、お嬢様という絶対的な神威の前で、常に『ゼロ』の境地を保てる強靭な精神力を持つ者……ということだな。己の浅薄な武力に酔うような愚か者は、この時点で弾かれる」


「『二、私に一切の期待をしないこと』! これは、見返りを求めない完全なる無私の愛のことですね!」

専属メイドのマイナが、感動に目を潤ませながら叫んだ。

「お嬢様の持つ公爵家の権力、莫大な財産、そして聖女としての名声。そういった俗物的なものに一切すがる事なく、ただ純粋にお嬢様の存在そのものに絶対的な忠誠を誓い、命を捨てる覚悟がある者! つまり、狂信的で完璧な自己犠牲の精神を持った男でなければならないと!」


「そして最後、『三、家から出ないこと』……! 凄まじい条件ですわ!」

専属料理人のカヤが、バンッと机を叩く。

「これはつまり、お嬢様の『聖域(お昼寝空間)』を外の害虫から護り抜く、鉄壁の絶対防衛能力を意味しています! お嬢様がお眠りになっている間、一歩も引かずに門番として命を散らし、決して外の世界のノイズ(政争)を部屋の中に持ち込まない者……!」


テオは、三人の完璧な解釈(大いなる勘違い)に深く頷いた。


「その通りだ。お嬢様は『この三つの真理(絶対的忠誠、不動の精神、鉄壁の防衛)を体現できる傑物』を連れてこいと仰っている。単なる力自慢の武闘大会など、お嬢様に対する侮辱だ」


テオの漆黒の瞳が、狂気と忠誠の光を放つ。


「これは、お嬢様の隣に立つ資格があるかどうかを見極める、魂の格付けを行う『究極のサバイバルゲーム』だ。……ギル、帝国中の猛者どもはすでに集まっているな?」

「ああ。皇帝陛下直々の許可も得て、王立アカデミーの巨大コロシアムに、帝国全土から名だたる若き英雄、皇族、騎士たちが二千人以上集結しているぜ」


「よろしい。我らが主の真意を体現できる、たった一人の『聖夫』を選び出すためのデスゲーム……いや、『聖夫選定の儀』を、これより開始する!!」

「「「御意!!」」」


ルセリアの「ヒモ男募集」という極めて底辺な願いは、側近たちの恐るべき深読みによって、帝国史上最も過酷で、最も精神を削られる狂気のオーディションへと変貌を遂げてしまったのである。


◇◇◇


王立アカデミー、第一野外大コロシアム。

かつて私がガラハッド教官のゴーレムを「安眠結界」で粉砕したその伝説の闘技場は、今、異様な熱気と殺気に包まれていた。


「ルセリア師匠の伴侶……!! つまり、師匠の最も近くで、その深遠なる教え(お昼寝)を生涯にわたって拝聴できるという事だな!!」


コロシアムの最前列で、第二皇子コンラート(15歳)が、鍛え上げられた肉体を震わせ、血走った目で絶叫していた。

この三年間で身長は大きく伸び、帝国の次期皇帝候補として圧倒的なカリスマを身につけた彼だが、こと「ルセリア」に関しては完全に理性を失う熱狂的信者のままである。


「ルセリア師匠の隣に立つのは、この私をおいて他にない! 師匠のためならば、私は皇位継承権すら投げ捨て、ただの『盾』となってみせよう!!」


「お待ちになって、殿下!! ルセリアお姉様の伴侶は、何も男性に限ったことではありませんわ!!」

コンラートの隣で、クライス侯爵令嬢ヴィクトリア(15歳)が、扇子をバキリとへし折りながら叫んだ。

「精神の繋がりこそが真の伴侶! お姉様の経済と政治を完璧に支え、あらゆる決裁書類をお姉様の視界から消し去ることができるのは、このヴィクトリアの頭脳だけですわ! 私がお姉様の『夫』になります!!」


「ふん、帝国の温室育ちどもが。笑わせるな」

さらにその後ろから、漆黒のローブを纏った魔法大国の天才留学生レオナルド(15歳)が、傲慢な笑みを浮かべて前に出た。

「ルセリア様の『究極の生活魔法(加湿)』の真髄を理解し、お肌に最高の湿度と、完璧な室温(床暖房)を提供できるのは、ゼニス王国の天才である私しかいない! 私は、ルセリア様の完全なる『環境調整役』として、この身を捧げる覚悟だ!!」


「「ルセリア様、万歳!! 我らが女神に、究極の愛を!!」」


皇子、侯爵令嬢、他国の天才。

さらに、ガラハッド教官やアルベルト教授といった教師陣までが「我々もルセリア様の護る盾としてエントリーするぞ!」と大暴走し、二千人以上のエリートたちが、一人の少女の「専業主婦になりたい」という逃避願望から生まれたデスゲームに参加するために殺到していた。


ゴォォォォォォン……ッ!!


コロシアムに、開始を告げる重々しい銅鑼の音が響き渡った。

熱狂していた二千人のエリートたちが、一斉に静まり返り、闘技場の中央に設けられた高い壇上を見上げる。


そこに、冷徹な表情を張り付けた『影の学園長』ことテオと、メイド服姿のマイナ、黒装束のギルが姿を現した。


「静まれ、有象無象ども」


テオの、魔力を帯びた静かで重い声が、コロシアム全体に響き渡る。


「これより、我らが主、ルセリア・フォン・ヴァロワ様の伴侶を選定する『第一の試練』を開始する。……お前たちのような俗物が、簡単にお嬢様の御前に立てると思うな。これは、魂の選別である」


ゴクリ、と。二千人の参加者たちが、緊張に唾を飲み込んだ。


「お嬢様が伴侶に求められる条件は三つ。第一に『ゼロの精神』。第二に『無私の愛』。第三に『絶対の守護』だ。……これらはお嬢様の御言葉を、俺たちが正しく翻訳したものである」


(※ルセリアの原文:「私より弱いこと」「期待しないこと」「家から出ないこと」)


テオが右手を掲げると、闘技場の周囲にある巨大な檻の門が一斉に開かれ、中から凶暴な魔獣の群れが飛び出してきた。

さらに、壇上のマイナとギルが、闘技場全体を包み込むような、息をするのも苦しくなるほどの『凄まじい殺気』を一斉に放った。


「第一の試練は……『不動の苦行』だ!!」


テオが、冷酷な笑みを浮かべて宣告する。


「この闘技場の中央で、マイナとギルが放つ殺気、そして放たれた魔獣の群れに対し、一歩も動かず、反撃もせず、魔法も使わず、ただひたすらに『無』を保ち続けた者だけが、次の試験へと進める!」


「な、なんだと……!? 無抵抗で魔獣の前に立てと言うのか!?」

参加者の一人が悲鳴を上げたが、コンラート皇子は即座にその意図を『深読み』し、歓喜の声を上げた。


「おおおおおっ!! さすがはルセリア師匠の試練! 己の武力を捨てることこそが最大の防御であり、敵の殺気を前にして『眠る(無になる)』という、師匠のあの『絶対防御の神髄』を体現せよということだな!!」


「なるほど! どんな理不尽な暴力(仕事)を前にしても、一切の反抗をせず、ただ静かに耐え忍ぶ……それこそが『無私の愛』の証明ですわね!!」

ヴィクトリアも扇子を握りしめ、自ら魔法の障壁を解除した。


「行くぞ皆の者!! 師匠の御心に近づくため、己の恐怖を捨てろ!!」

コンラートの号令と共に、狂信者たちが一斉に武器を捨て、迫り来る魔獣と殺気の嵐の中で、まるで座禅を組む修行僧のように、その場に胡座をかいて目を閉じた。


「グギャァァァァッ!!」

魔獣が襲いかかる。しかし、彼らは一歩も動かない。

マイナの放つ不可視の暗器が頬を掠め、血が流れても、彼らはただ恍惚の表情で「ルセリア師匠……!」と呟き続けている。


まさに、血みどろの狂信カルト集団による、異常なサバイバル・デスゲームが幕を開けた瞬間であった。


◇◇◇


その頃。

王立アカデミーの最奥、『星降りの旧魔塔』の最上階。

絶対遮音結界に守られた完璧な静寂の中で、私はカヤが持ってきた『三時のおやつ(特製メロンパンとフルーツ牛乳)』をモグモグと頬張っていた。


「んー……なんか外がちょっと騒がしい気がするけど、テオの結界があるから全然気にならないわね」


私は、メロンパンのサクサクしたクッキー生地を味わいながら、呑気に窓の外の青空を見上げた。


「あーあ、早くテオが条件に合う貧乏貴族のニート男、見つけてきてくれないかなぁ。そしたら一緒にこの塔で、一日中オセロとかトランプとかして、一生ダラダラするのに……。あ、カヤ、フルーツ牛乳おかわり」


自分が提示した「ヒモ男の条件」が、外の世界で『死傷者続出の狂気のサバイバル武闘大会』を引き起こしていることなど、微塵も気づいていない私。


私の過労死回避(完全ニート化)への道のりは、側近たちの暴走とエリートたちの狂信によって、帝国の歴史上最も盛大な『勘違いイベント』として、さらに加速していくのであった。

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