第4話:生徒会長の襲来と、引き継がれる学園の支配権
「あぁ〜……カヤ、この『特製・冷製フルーツパフェ』、最高に美味しいわ。温泉の地熱で温められた床暖房(古代の魔法陣)の上で、あえてキンキンに冷えたスイーツを食べる……。これぞ、文化的なサボり生活の極みね」
王立アカデミーの最奥にそびえる『星降りの旧魔塔』。
学園最大のタブーであったその場所は、今や完全に私、ルセリア・フォン・ヴァロワ専用の『絶対不可侵・お昼寝スイートルーム』へと改装されていた。
大講堂での入学式をブッチしてここで爆睡し、翌日の実技試験では「絶対遮音・安眠結界」を張って寝ていただけで、なぜかすべての授業の出席免除をもぎ取った私。
現在の私の日課は、この塔の中でマイナに髪を梳かしてもらいながら、カヤの作る新作スイーツを堪能し、ひたすらに睡眠を貪ることだけである。
「お嬢様のお口に合って光栄ですわ! 塔の地下に広がる古代の魔力溜まりを『天然の冷蔵庫』として活用するギルのアイデアのおかげで、アイスクリームの保存も完璧にできるようになりましたの!」
カヤが、エプロンを揺らしながら満面の笑みで答える。
「古代の魔導士も、まさか自分の作った呪いの塔が、アイスの保冷庫と床暖房に使われるとは思っていなかったでしょうね。……ふぁぁ、お腹いっぱいになったら眠くなってきたわ」
私が特注の低反発クッションに身を沈め、とろけるような気分で目を閉じかけた、その時だった。
「――お嬢様。至福のお時間に大変申し訳ございません」
塔の重厚な扉が静かに開き、見習い執事のテオが、いつになく微かな緊張感を漂わせて入ってきた。
「むにゃ……なに、テオ。今日はもう誰の面会も受け付けないって言ったじゃない。コンラートたちが『ルセリア師匠の教えを乞いたい!』って来ても、適当に追い返しといてって」
「ええ、あの狂信者(取り巻き)どもは、ギルが偽の暗号文を渡して学園の裏山を探索させていますので、当分は戻ってきません。……しかし、今回塔に近づいてきているのは、彼らではありません」
テオは、スッと目を細め、扉の向こうの気配を探った。
「王立アカデミー生徒会長、ユリウス・フォン・アイゼンハルト。……三年生にして、学園の規律と伝統を何よりも重んじる、堅物中の堅物です。彼が今、風紀委員の生徒たちを数十名引き連れて、この塔へ向かって真っ直ぐに行軍してきています」
「生徒会長……? 風紀委員……?」
私は、その単語を聞いて、前世の高校時代の嫌な記憶をフラッシュバックさせた。
(うわぁぁぁ、最悪だわ。前世でもいたわよね、やたらと校則に厳しくて、スカートの丈とか髪の色とかに口出ししてくる鬱陶しい先輩! しかも『学園の規律と伝統』って……絶対、私が授業を全部サボってることに文句を言いに来たに決まってるじゃない!)
「テオ! 鍵! 塔の鍵を全部閉めて! 居留守を使うわよ! 『ルセリアは現在、深い深い精神の海に潜っており、一ヶ月は目覚めません』って看板を外に出しといて!!」
私が慌ててクッションから飛び起きると、テオは静かに首を振った。
「お言葉ですが、お嬢様。相手は学園の自治権を握る生徒会長です。ここで居留守を使えば、彼らは『ヴァロワの令嬢は学園の秩序を乱す反逆者だ』として、強権を発動してこの塔を物理的に封鎖しに来るでしょう」
「そんなの困る! 私の平和なサボり拠点が没収されちゃうじゃない!」
「ですから、ここは一発、お嬢様の『圧倒的な御言葉』で、あの頭の固い生徒会長の心を完璧にへし折り、学園の裏の支配権を奪い取っていただきたいのです」
(だから、なんでそう極端な解決策しか出さないのよ! 私はただ波風立てずに寝ていたいだけなのに!)
私が心の中で絶叫している間に、塔の外から、ドカドカという大人数の足音と、怒りに満ちた声が響いてきた。
「開けろ!! ヴァロワ公爵令嬢ルセリア! 学園の規律を乱し、神聖なる授業を放棄する傲慢なる一年生よ! 生徒会長ユリウスの名において、直ちにこの塔から出てきなさい!!」
バンッ!! バンッ!! と、重厚な石の扉が外から激しく叩かれる。
(うっわぁ、めっちゃ怒ってる……。声がでかい。うるさい。ガラハッド教官と同じタイプの暑苦しさだわ……)
私は深いため息をつき、乱れていた制服の胸元を適当に直し、ソファに座り直した。
「……テオ。開けてあげて。うるさくて寝られないわ」
「御意に」
テオが指を鳴らすと、魔法仕掛けで塔の扉がギィィィッと重々しい音を立てて開いた。
「乗り込め!! 規律違反者を拘束――なっ!?」
勢いよく塔の中に踏み込んできた生徒会長ユリウス(銀髪の眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな美青年)と、数十名の風紀委員たちは、内部の光景を見て一斉に言葉を失い、その場に硬直した。
彼らが想像していたのは、薄暗い魔塔の中で、怪しげな魔術の実験でもしている不気味な令嬢の姿だったのだろう。
しかし、実際に彼らの目に飛び込んできたのは。
ステンドグラスから差し込む美しい光。
床に敷き詰められた最高級の絨毯と、フカフカのソファ。
そして、その中央で、メイド(マイナ)に肩を揉まれながら、優雅にハーブティーを啜っている、透き通るような白銀の髪の美少女(私)の姿だったのだ。
「……な、なんだここは……。封印指定区域のはずの魔塔が……まるで、王宮の特別室ではないか……!」
ユリウスが、眼鏡の奥の目を丸くして呟く。
「ごきげんよう、生徒会長様。私の『思索室』へようこそ。……ノックの音が少々乱暴でしたわよ?」
私は、面倒くささを隠しきれない、けだるげな声(徹夜明けのようなローテンション)で彼らを見下ろした。
その私の「一切動じない態度の余裕」が、ユリウスのプライドに火をつけたらしい。
彼は顔を真っ赤にして、私に向かってビシッと指を突きつけた。
「ふ、ふざけるな、ルセリア・フォン・ヴァロワ!! 貴様、入学式から今日まで、ただの一度も授業に出席していないそうだな!!」
「ええ。だって、学園長もガラハッド教官も、『私にはもう教えることは何もないから、好きにしていい』って言いましたもの」
「詭弁だ!! 教師たちが貴様の公爵家という権力に阿っただけだろう! だが、この王立アカデミーの生徒会は、いかなる権力にも屈しない! 生徒である以上、学園の規律を守り、朝早くから夜遅くまで、血の滲むような努力をしなければならないのだ!!」
ユリウスは、持参した分厚い『生徒手帳(校則集)』をバンッと見せびらかした。
「見ろ! この学園には、生徒を正しく導くための三千にも及ぶ厳格な校則がある! 貴様のように、自らの才能にかまけて努力を怠り、特権階級のように振る舞う者は、このユリウス・フォン・アイゼンハルトが断じて許さん!!」
(うわぁぁぁ、めんどくさい! 校則三千個!? 前世のブラック企業の就業規則より多いじゃない!!)
私は、ユリウスのその「規律絶対主義」の演説を聞きながら、心底うんざりしていた。
彼のような人間は、前世の会社にもいた。
「俺が新人の頃は、毎日始発で出社して終電まで働いていたんだ! お前らも同じように苦労しろ!」と、自分の経験した苦痛を後輩にも強要するタイプの人間だ。
そういう人間に対して、まともに反論してはいけない。
火に油を注ぐだけだ。
(よし。ここは、前世で私が『面倒な説教おじさん』をあしらう時に使っていた、究極の『暖簾に腕押し作戦』でいこう)
私は、ハーブティーのカップをコトリと置き、ユリウスの目を真っ直ぐに見つめた。
そして、わざとらしく、深ぁぁぁい、心底呆れたようなため息をついた。
「……はぁ。アイゼンハルト先輩。あなたは、そんなに重いものを背負って、疲れないんですか?」
「な、なに……?」
「三千の校則。規律。伝統。……そんなものに縛られて、毎日毎日、他人の粗探しをして、大声を張り上げて。……あなたの目は、酷いクマができていますわよ」
私の指摘に、ユリウスがビクッと肩を震わせた。
実際、彼の目の下には、連日の生徒会業務(激務)によるものと思われる、くっきりとした疲労の影があったのだ。
「私には、分かります。あなたは、本当はもう、限界なのでしょう? 『規律』という名の呪縛に縛られて、自分自身をすり減らしている。……そんな壊れかけたシステム(校則)を維持することに、何の意味があるというのですか」
私が、ただ単に「うるさいから黙れ、そんなに真面目にやっても疲れるだけだろ、休め」という意味で言った言葉。
しかし、ユリウスの耳には、その言葉が全く別の『深遠なる響き』を持って届いていた。
(な、なんだと……!? この少女は、私の……この王立アカデミーの『本質的な歪み』を、一瞬で見抜いたというのか!?)
ユリウスの眼鏡の奥で、瞳が激しく揺れ動く。
「き、規律は絶対だ! 規律があるからこそ、我々は正しく――」
「正しく? 規律が人間を壊すのなら、そんなもの、最初からない方がマシですわ。……もっと、肩の力を抜いて、休めばいいのに。眠い時は眠り、疲れた時は足を止める。それこそが、真の人間らしさではありませんこと?」
私は、大きなあくびを噛み殺しながら、最も自分に都合の良い(サボりを正当化する)言葉を紡いだ。
「ふっ……ふざけるな!! 私の三年間の血の滲むような努力を、一言で否定するというのか!! 貴様のその傲慢な態度、私の『獅子の威圧』で叩き潰してくれる!!」
ユリウスが完全に逆上し、彼の身体からすさまじい魔力の波動が爆発した。
生徒会を束ねる彼の実力は本物だった。三年生トップクラスの魔力が、目に見えるほどの青いオーラとなって広がり、背後の風紀委員たちでさえ「ひぃっ!」と悲鳴を上げて後ずさりするほどのプレッシャーが塔の中を吹き荒れる。
「さぁ、その涼しい顔がいつまで保つか! 私の魔力に屈服し、己の過ちを認めるのだ、ヴァロワの令嬢!!」
(あーあ、また大声出して。本当にうるさいわね……)
私は、容赦なく吹き荒れるユリウスの魔力オーラを前にして、一切動じることなく、ポケットから『お昼寝用のアイマスク』を取り出した。
そして、ガラハッド教官の時にも使った、あのやる気のないオリジナル魔法を唱えた。
「展開。《絶対遮音・衝撃吸収・完全安眠結界》」
パァァァッ……。
私の周囲に、半透明のシャボン玉のような薄い結界が展開される。
ドオォォォォォォンッ!!
ユリウスの放った全力の魔力オーラが、私の結界に激突した。
しかし、結界はヒビ一つ入ることなく、それどころか、彼の魔力オーラを『温泉の湯気』のようにフワリと霧散させてしまったのだ。
「……なっ!?」
ユリウスが、息を呑む。
「あぁ、やっと静かになった。……おやすみなさい、生徒会長様。話の続きは、あなたが『休むことの本当の意味』を理解してからにしましょうね……」
私は、アイマスクを装着し、結界の中で完全にゴロンと横になってしまった。
周囲の轟音も、ユリウスの怒声も、一切届かない絶対の静寂。
「ば、馬鹿な……。私の全力の威圧を、防御魔法の詠唱すらまともにせず、ただの『眠るための壁』として弾き返しただと……!?」
ユリウスは、その場で膝から崩れ落ちた。
彼の心の中で、何かが完全に折れる音がした。
「会長!! しっかりしてください!!」
風紀委員たちが慌てて駆け寄るが、ユリウスの目は虚ろだった。
その時、ずっと壁際で黙って控えていたテオが、静かにユリウスの前に歩み寄り、冷酷な笑みを浮かべて囁いた。
「……ご理解いただけましたか、アイゼンハルト先輩」
「ヴァロワの、従者……」
「我が主、ルセリア様は、貴方たち生徒会が何百年もかけて維持してきた『古い規律』など、そよ風ほどにも感じておられない。彼女が説いているのは、もっと根本的な『帝国の教育の変革』です」
テオの恐ろしいほどの深読み(洗脳トーク)が炸裂する。
「意味のない校則で生徒を縛り、疲弊させるだけのシステム。それを破壊し、生徒一人ひとりが自らの意志で『休むべき時に休み、学ぶべき時に学ぶ』真の自由な学園を創り上げる。……それが、ルセリア様の掲げる『新・学園構想』なのです」
(※単に自分がサボりたいだけである)
「……真の、自由な学園……」
ユリウスの目から、ポロリと一筋の涙がこぼれ落ちた。
「私は……間違っていたのか。生徒を縛ることが正義だと信じ、自分自身をも縛り付け、苦しめていた。……だが彼女は、その呪縛から私を解放し、『休め』と、あれほどまでに深く温かい言葉をかけてくださったのだ……!」
(※ただ「うるさいから黙って寝ろ」と言っただけである)
「……負けた。私の、いや、我々生徒会の完全な敗北だ」
ユリウスは、床に両手をつき、結界の中で爆睡している私に向かって、深く深く頭を下げた。
その後ろで、風紀委員たちもまた、会長に倣って次々と土下座を始める。
「テオ殿と、言ったな」
ユリウスは、顔を上げ、震える手で懐から『生徒会長の証』である黄金の腕章と、分厚い決裁書類の束を取り出し、テオに差し出した。
「私は今日をもって、生徒会長の座を退く。……いや、学園の自治権のすべてを、ルセリア様に譲渡する! どうか、彼女のその深遠なる慈愛で、この凝り固まった学園を、全校生徒が心から安らげる場所へと導いてほしい!!」
「……賢明なご判断です、元・生徒会長」
テオは、悪魔のような笑みを隠しもせず、その黄金の腕章と書類の束を恭しく受け取った。
「お嬢様の『聖域』は、これより学園全土へと拡大されます。……さぁ、マイナ、ギル、カヤ。お嬢様の安らかなお目覚めまでに、生徒会室を完全に制圧し、我々の手に落ちた学園の『新たなルール(サボり推奨法案)』の起草を急ぐぞ」
「「「御意!!」」」
かくして。
私が結界の中で、「あー、静かになってよく寝れた」と目を覚ました頃には。
王立アカデミーの自治権は、生徒会長ユリウスの完全な屈服により、テオたち「ルセリア特別従者四人衆」の手に完全に掌握されていた。
私の「教師や先輩から逃れて、塔の奥で細々とサボる」というささやかな計画は。
側近たちの恐るべき有能さと、エリートたちの狂信によって、「学園の生徒会を裏から牛耳り、学園全体をルセリアの都合の良いサボり空間に作り変える」という、国家転覆レベルの学園支配へと強制的にスケールアップしてしまったのである。
「……あれ? なんかテオ、腕に生徒会長の腕章みたいなのつけてない?」
「お気になさらず、お嬢様。ただの『お掃除(環境整備)』の証でございます。さぁ、本日のおやつの時間ですわよ」
私の終わらない勘違いとサボりの伝説は、王立アカデミーの歴史すらも根底から塗り替えながら、さらなる高みへと爆走を続けていくのだった。




