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第5話:熱狂する信者たちと、課された「試練」

ドオォォォォン……ッ!!


遠くの山間部から、定期的に地響きを伴うくぐもった爆発音が響いてくる。

私は、部屋付きの露天風呂で温かいお湯に首まで浸かりながら、その不穏な音をBGMにして、カヤ特製のフルーツ牛乳をチュウチュウと啜っていた。


「……また鳴ったわね。テオ、あれって本当に大丈夫なの? 火山が噴火してるんじゃないわよね?」

「ご安心ください、お嬢様。あれはマイナとギルが、街道の入り口に仕掛けた『進入禁止用の落石トラップ(爆薬使用)』が作動している音です」


露天風呂の竹垣の向こう側から、テオが極めて涼しい、いつもの事務的なトーンで答える。


「あいつら、まだ諦めずに進軍しようとしているようですね。さすがは次期皇帝候補と侯爵令嬢、無駄に根性だけはあるようです。ですが、我が防衛網は鉄壁。あの落石を乗り越えたとしても、次は『魔獣誘導フェロモン』を撒き散らした偽のルートが待っています」


「……テオ。あなたたち、本当にやり過ぎよ。相手は皇子と高位貴族の子供たちなのよ? もし魔獣に食べられちゃったら、私、国家反逆罪で処刑されちゃうんだけど」


私は冷や汗を流しながらツッコミを入れたが、テオは全く動じる様子を見せない。


「お嬢様の安眠を脅かす輩は、たとい皇帝陛下であろうと容赦はいたしません。それに、命までは取りませんよ。心が折れて帝都へ逃げ帰るまで、少しばかり『痛い目』を見てもらうだけです」

(それが大問題なんだけど……! まぁ、でも、私が温泉に入っている間に勝手に追い返してくれるなら、それに越したことはないか……)


私は、己の安全なポジション(お湯の中)から一歩も出る気がないため、最終的にはテオの暴走を黙認するという、最悪のトップとしての判断を下してしまっていた。

「まぁ、死なない程度に適当にやっておいて。私はもう一回、カヤにマッサージを頼むから」

「はっ。お嬢様はどうぞ、ごゆるりとお寛ぎくださいませ」


私は、すべてを部下に丸投げし、再び極上の温泉ライフへと意識を没入させていった。


しかし、私とテオは、この時まだ、相手の「狂信の度合い」を甘く見積もりすぎていたのである。


◇◇◇


その頃。

アグニ地方へと続く、険しい岩山の街道。


「ぜぇ……はぁ……っ! 殿下、もう限界です! 馬車はすべての車輪が外れ、荷物は落石で押し潰され、さらには狂暴な『牙イノシシ』の大群に追い回され……! これ以上進むのは、自殺行為です!」


ボロボロに破れた服と、泥だらけの顔をした貴族の令息が、地面に手をついて荒い息を吐き出していた。

彼らを取り囲むのは、同じように泥と擦り傷にまみれ、息も絶え絶えになっている三十名以上の貴族子弟たちだ。


彼らの先頭に立つのは、かつて王宮の庭園で華やかな金髪をなびかせていた第二皇子コンラート(10歳)。そして、その隣には、ドレスの裾を自ら膝丈まで破り捨てて歩きやすくし、杖代わりに木の枝を握りしめている侯爵令嬢ヴィクトリア(10歳)の姿があった。


「弱音を吐くな!!」


コンラートが、泥だらけの顔を上げ、燃えるような瞳で背後の取り巻きたちを一喝した。


「これしきの困難で音を上げるようでは、ルセリア師匠の御許みもとへたどり着く資格などない! 思い出せ、我々がなぜこの辺境の地を目指したのかを!」

「で、ですが殿下……! これはどう考えても異常です! 街道の標識はすべてデタラメな方向を指しており、野営をすれば得体の知れない爆発が起き、魔獣がピンポイントで我々だけを襲ってくるのですぞ! まるで、この土地そのものが我々を拒絶しているかのようだ!」


取り巻きの一人が泣き叫ぶと、ヴィクトリアが冷たい声でそれを遮った。


「ええ、その通りですわ。この土地は、明確な意志を持って我々を拒絶しています」

「ヴィクトリア様……! やはり、これは悪霊か何かの呪い……!」


「違いますわ、この大馬鹿者!!」

ヴィクトリアは、木の枝で地面を強く叩きつけた。


「これが誰の仕業か、なぜ分からないのです! 我々の行動を先読みし、これほどまでに完璧なトラップを仕掛け、我々の精神と肉体を極限まで追い詰めることができる存在……。この帝国に、たった一人しかいないではありませんか!」


その言葉に、コンラートがニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「その通りだ、ヴィクトリア。……ルセリア師匠だ。この過酷な道のりはすべて、彼女が我々に課した『神聖なる試練』なのだ!!」


「「「な、なんだってーーっ!?」」」

取り巻きの貴族子弟たちが、一斉に驚愕の声を上げた。


(テオが聞いたら「ただ追い返したかっただけだ」と即答するであろうこのトラップの数々を、彼らは完全に『自分たちを成長させるための教育プログラム』だと勘違いしていたのである)


コンラートは、両手を広げ、演説をぶつように声を張り上げた。


「ルセリア師匠は、常々我々に『机上の空論』の無意味さを説いておられた!(※ただ無言で寝ていただけである)。帝都の温室で育った我々が、辺境の民の苦しみを真に理解するには、自らの足で泥を這い、飢えと恐怖を知る必要があるのだ!」

「ええ!」と、ヴィクトリアも熱を帯びた声で続く。

「馬車が壊れたのも、荷物を失ったのも、すべてはお姉様からのメッセージ! 『貴族の虚飾(荷物)を捨てよ。己の肉体と精神のみを頼りに、この地獄を歩き抜け』という、深遠なる愛の鞭に他なりませんわ!!」


「おおおっ……! な、なんという深い御心……!」

「ルセリア様は、我々をただの追っかけとしてではなく、真の弟子として鍛え上げようとしてくださっているのか……!」

「うおおおおっ! 俄然、力が湧いてきましたぞ!! 行きましょう、殿下! ルセリア様が待つ、試練の先へ!!」


過酷な状況下での極度のストレスと、元々持ち合わせていた『ルセリアへの狂信』が化学反応を起こし、彼らの脳内に恐るべきドーパミン(脳内麻薬)を分泌させていた。

もはや、彼らには恐怖も疲労も存在しない。

あるのは、「ルセリア様が私を見てくれている」「この試練を乗り越えれば、ルセリア様に褒めてもらえる」という、完全に洗脳されたカルト信者のような熱狂だけであった。


「行くぞ、皆の者! この程度の壁、気合いと根性でぶち破ってくれる!!」

「ルセリアお姉様の愛に、全力で応えますわよ!!」


かくして、三十名を超える『エリート貴族の子供たち』は、テオやギルが仕掛けた「大人でも確実に泣きを入れて逃げ出すレベルの鬼畜トラップ」を、まさかの『気合いと根性と深読み』だけで次々と強行突破していくという、奇跡(あるいは狂気)の行軍を開始したのである。


◇◇◇


そして、それから二日後。


「――お嬢様。……緊急事態です」


夕暮れ時。私が湯上がり処の広間で、カヤが作ってくれた特製フルーツタルトを優雅にフォークで切り分けていた時のことだ。

広間に飛び込んできたテオの顔色が、私が彼に出会ってから今までで一番、いや、初めて見るレベルで蒼白になっていたのだ。


「テオ? どうしたの、そんなに慌てて。フルーツタルト、一緒に食べる?」

私が暢気のんきに尋ねると、テオはギリッと奥歯を噛み締め、信じられないものを見たような声で報告をした。


「……破られました。ギルとマイナが仕掛けた、三重の防衛網が……完全に突破されました」

「……え?」

私の手から、フォークがポロリとこぼれ落ちた。


「突破されたって……あいつら、まだ子供なのよ!? 魔獣の群れとか、落石トラップとかあったんでしょ!?」

「ええ。普通なら、屈強な騎士団でも三日は足止めを食うレベルのトラップでした。しかし……奴らは、魔獣の群れを『気合いと絶叫』だけで追い散らし、落石を『素手』でどかし、最後は偽の標識を無視して、一直線にこの別荘へと続く獣道を突き進んできたのです……!」


テオの声には、明らかな『恐怖』が混じっていた。

スラムで生き抜き、裏社会の闇を知り尽くした彼でさえ、あそこまで常軌を逸した「狂信的な執念」を見せつけられたのは初めてだったのだろう。


「バカな……! 情報によると、彼らは丸三日、水も食料もろくに口にしていないはず! なのに、なぜあのような恐ろしいほどの眼力で進み続けることができるのだ……! あれはもはや、人間ではない……お嬢様を崇拝する『狂戦士バーサーカー』の群れだ!!」

テオが頭を抱える。


(お、終わった……。私の平和な温泉ライフが……! 意識高い系の追っかけ集団の執念、恐ろしすぎる!!)


「そ、それで!? あいつらは今どこにいるの!?」

私がソファから立ち上がり、半狂乱になって叫んだその時だった。


「ルセリア師匠ォォォォォォッ!!」

「お姉様ァァァァァァッ!!」


別荘の巨大な正門の向こう側から、もはや人間のそれとは思えない、野獣のような雄叫びと歓喜の入り混じった絶叫が響き渡った。


「ヒッ!?」

私は思わず、短い悲鳴を上げて後ずさった。


「お嬢様、お下がりください! 奴らが、ついにこの聖域の敷地に足を踏み入れました!」

テオが私の前に立ち塞がり、懐から短剣を抜こうとする。

しかし、そんなもので止められる空気ではなかった。


ドタドタドタドタッ!! という、大量の足音が別荘の敷地内になだれ込んでくる。


私は、恐る恐る広間の窓から、一階の中庭の様子を覗き込んだ。

そして、その異様な光景に、完全に言葉を失った。


そこにいたのは、かつて王宮の庭園で、金糸や銀糸で刺繍された華やかなドレスや礼服を着飾っていた、帝国のトップエリートの子供たちの姿ではなかった。


服は泥と血と魔獣の返り血で真っ黒に汚れ、至る所が破れ、髪は鳥の巣のようにボサボサ。靴底はすり減り、中には裸足で歩いている者さえいる。

目は血走り、頬はコケているが、その表情だけは、まるで「悟りを開いた聖者」のように異様にキラキラと輝いていた。


「お、おおおっ……! 見ろ、ヴィクトリア! なんという……なんという美しい建物だ!」


先頭に立つコンラート皇子が、中庭にそびえ立つ超高級温泉旅館(私の別荘)を見上げ、震える声で叫んだ。


「ええ……ええ! 信じられませんわ! 一週間前まで、ここは泥と汚物にまみれた代官邸だったはず! それが、これほどまでに清浄で、神々しい神殿に生まれ変わっているなんて……!」

ヴィクトリアが、泥だらけの顔を両手で覆い、感涙にむせんでいる。


「ルセリア師匠は、たった一週間で、この不毛の地を楽園へと作り変えてしまわれたのだ! なんという奇跡! なんという圧倒的な力と慈愛!」

「我々は、この聖地サンクチュアリにたどり着くための試練を、見事に乗り越えたのですね……!」


(違う。君たちが見ているそれは、私がサボるためにテオたちが親の金で作っただけの、ただの温泉宿だ)


私が心の中で全力でツッコミを入れている間にも、彼らの感動は最高潮に達していた。


「さぁ、皆の者! 姿勢を正せ! 我が師、我らが神女・ルセリア様が、この奥で我々を待っておられるのだ!」

コンラートの号令で、三十名以上のボロボロの子供たちが、一糸乱れぬ動きで中庭の玉砂利の上に膝をつき、深く頭を垂れた。


「ルセリア師匠ぉぉっ! コンラート、ただいま試練を乗り越え、御許へ参上いたしました!!」

「ルセリアお姉様ぁぁっ! どうか、どうか我々に御言葉を!!」


大合唱のような彼らの叫び声が、夕暮れの温泉宿に響き渡る。


「……どうするの、これ」

私は、窓の隙間からその狂気の集団を見下ろし、完全に死んだ魚の目をして呟いた。


「申し訳ございません、お嬢様……。俺の力不足です」

テオが、悔しそうに唇を噛み締めている。

「今からでも、ギルとマイナを呼んで、物理的に彼らを気絶させて帝都へ送り返すことも可能ですが……」


「ダメよ。相手は皇子よ? ボロボロとはいえ、これ以上怪我させたら、いよいよ私が反逆罪で処刑されちゃうじゃない」

私は大きなため息をつき、手元にあった湯上がり用の羽織(シルク製の高級品)を肩に掛けた。


「仕方ないわ。私が直接出て行って、適当にあしらって、ご飯だけ食べさせて帰らせるわ。……あーあ、せっかくの温泉気分が台無しよ」


私は、渋々といった足取りで、狂信者たちが待ち受ける中庭へと向かうため、階段を下り始めた。


しかし。

彼らの「ルセリアに対する美化フィルター」は、過酷な試練トラップを乗り越えたことで、もはや限界突破のバグを起こしていた。

湯上がりの、化粧もしておらず、髪も少し濡れたままで、ただ面倒くさそうに階段を下りてくるだけの私の姿が。


彼らの目には『すべての虚飾を捨て去り、ありのままの自然体で我々を包み込んでくれる、真の女神の降臨』として映ってしまうことなど、私はまだ微塵も予想していなかったのである。


私の平穏なバカンスは、こうして完全に終焉を迎え、地獄の「辺境・意識高い系合同合宿」が、その幕を開けようとしていた。

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