7.情報という商品
商売というのは、うまくいき始めると必ず真似される。
それは現代でも異世界でも変わらない。
異変に気づいたのは、ギルド登録から一か月が経った頃だ。
王都の薬師通りを歩いていると、見慣れない露店が出ていた。石鹸を売っている。誠が扱っているものとは見た目が違うが、売り文句が似ていた。「泡立ちが良い」「汚れが落ちる」「病気の予防に」。
MARKETで価格を確認すると、誠の販売価格より二割ほど安い。
誠は露店の主に近づいて、石鹸を一つ手に取った。APPRAISEを向ける。
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│ 【 APPRAISE RESULT 】 │
│ 名称 :植物油脂石鹸(模倣品) │
│ 品質 :★★☆☆☆ │
│ 推定価値:銀貨1枚(アルデナ相場) │
│ 現代換算:約1,000円 │
│ 備考 :田中商会の石鹸の評判を聞き │
│ 急造した模倣品。洗浄力は │
│ 本物の約四割程度。 │
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品質★2。洗浄力四割。
誠は石鹸を元の場所に戻して、露店の主に笑顔で声をかけた。
「いい石鹸ですね」
「ありがとうございます。安くていいものですよ」
「どこで作っているんですか」
「南の職人に頼んで作らせています。最近流行りの石鹸というやつで」
最近流行り。誠が広めたものだ。
「そうですか。お客さんには、洗浄力について説明していますか」
「もちろんです。よく落ちますよ」
落ちるが、誠の品の四割だ。しかし露店の主はそれを知らないし、客も知らない。
「そうですか。参考になりました」
誠は露店を離れた。
怒りはなかった。こうなることはある程度予測していた。問題は、どう対応するかだ。
◆
その日の午後、誠はギルドに向かった。
アリアが窓口にいた。
「相談があります」
「どうぞ」
「模倣品が出回り始めました。品質は低いですが、価格が安い」
アリアが少し眉を寄せた。
「それは……ギルドとして対応できる案件ではないかもしれません。品質基準の規定が、石鹸については存在しないので」
「品質基準を作ることはできますか」
「提案は可能ですが、審議に時間がかかります」
「では別の方向で考えます」
誠はカウンターに肘をついて、少し考えた。
模倣品との価格競争に入るのは得策ではない。向こうは現地生産で、仕入れコストが低い。誠は現代から持ち込んでいるから、量の増加に上限がある。価格で戦えば負ける。
では何で戦うか。
品質の差を証明することはできる。APPRAISEで比較すれば一目瞭然だ。しかしそれをどうやって客に伝えるか。
「アリアさん、ギルドに品質証明の制度はありますか」
「鑑定士による品質認証制度があります。取得すると商品に認証印がつきます」
「取得条件は」
「鑑定士に商品を提出して、審査を受けます。費用は銀貨五枚。審査期間は三日」
「お願いできますか」
「申請書を用意します」
認証印があれば、模倣品との差別化ができる。客に「この印のついたものが本物」と伝えれば、価格より品質を選ぶ層を囲い込める。
しかし、それだけでは長期的な解決にはならない。模倣品は増え続けるだろう。次は別の商品が真似される。
根本的な問題は、誠のビジネスモデルが「モノを売る」だけだということだ。
モノは真似できる。でも知識は真似しにくい。
誠の頭の中で、新しいアイデアが形を作り始めた。
◆
同じ日の夕方、誠はエレナの屋敷を訪ねた。
ギルド系債権者との交渉は来週に設定されていて、その前に情報を整理しておきたかった。それと、もう一つ話したいことがあった。
エレナが応接室に入ってきた。今日はいつもより表情が柔らかい気がした。
「先日の債権者交渉の準備は進んでいますか」
「はい。鉱脈の測量記録の写しと、採掘権の暫定評価額を計算しました」
エレナがテーブルに書類を広げた。誠は内容を確認する。計算は正確だ。
「問題ありません。当日はこれを持って行きましょう」
「わかりました」
お茶が運ばれてきた。エレナが一口飲んでから言った。
「もう一つ、話があるんですよね」
「顔に出ていましたか」
「目が別のことを考えている時の顔をしていました」
なかなか観察眼が鋭い。
「情報ビジネスについて相談したいんです」
「情報を売る、ということですか」
「そうです。私は今、現代の……失礼、故郷の知識を使って商売をしています。でも知識そのものを商品にする方法を考えています」
エレナが少し首を傾けた。
「具体的には?」
「例えば、王都の商人向けに需要予測のレポートを作って売る。どの季節にどの商品が売れるか、どの地域にどんな需要があるか。それを調査して、まとめて売る」
「……情報を売るんですか。物ではなく」
「はい。物は真似できますが、精度の高い情報は簡単には真似できません」
エレナがしばらく考えていた。
「面白い発想ですね。でも、誰が買うんですか」
「商人は全員、買う可能性があります。正確な需要予測があれば、仕入れの失敗が減る。それは直接的に利益に繋がる」
「でも情報を買う習慣が、この王都にはないと思います」
「だから最初は安く売って、価値を実感してもらう」
エレナが誠を見た。
「石鹸の無料配布と同じ発想ですね」
「そうです」
「……あなたは一つのパターンで物事を考えるんですね。まず価値を示して、それから対価を取る」
「その方が長続きするので」
エレナが少し間を置いてから言った。
「情報ビジネスを始めるなら、私が役に立てることがあるかもしれません」
「王宮の情報ですか」
「それもありますが、貴族間の商流の情報も持っています。どの貴族がどんな品物を大量に仕入れているか。どの地域で何が不足しているか。それは公開されていない情報です」
誠は少し前のめりになった。
「それは確かに価値があります」
「ただし、私の名前は出さないでください」
「当然です。情報源は絶対に秘匿します」
エレナが頷いた。
「では協力します。ただし」
「ただし?」
「私にも情報料を払ってください」
誠は少し笑いをこらえた。
「貴族の令嬢が、情報料の交渉をするとは思いませんでした」
「家の財政難なので」
「……わかりました。情報の精度と量に応じて、銀貨で払います」
「金貨で」
「最初は銀貨で。実績が出たら金貨に上げます」
エレナが少し口を尖らせた。それから折れた。
「……わかりました」
「では書面を作りましょう」
「あなたは本当に毎回書面を作るんですね」
「信頼関係があっても書面は必要です」
「信頼関係がある、と言ってくれるんですね」
「まあ、九割は計算ですが」
「残り一割は」
「縁ですよ、縁」
エレナが小さく笑った。今日は少し長く笑っていた。
◆
翌朝、ギルドに着くと入口の前に小柄な人影があった。
赤みがかった茶髪のショートカット。動きやすい軽装。くりくりした橙色の目。そして頭の上に、ぴんと立った猫耳。
獣人族だ。年は十代後半だろうか。誠を見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「田中さんですか! 田中商会の!」
TRANSLATEが拾う。元気のいい声だ。
「そうですが」
「よかった、ちょうど探してたんです! 私、ミラ・ウィンといいます。冒険者Bランク、斥候専門です。護衛の仕事、まだ募集してますか?」
APPRAISEを向ける。
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│ 【 APPRAISE RESULT 】 │
│ 名称 :ミラ・ウィン │
│ 種族 :獣人族(猫系) │
│ 年齢 :十九歳 │
│ ランク:冒険者Bランク │
│ MP :41(一般水準) │
│ 戦闘力:★★★☆☆ │
│ 索敵力:★★★★★ │
│ 備考 :索敵・尾行・潜入が得意。 │
│ 情報収集能力は現役最高水準。 │
│ 金と面白いことに目がない。 │
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索敵力★5。情報収集能力は現役最高水準。
「なぜ私を探していたんですか」
「ガルドさんから聞きました! 面白い仕事をしている商人がいるって。私、面白い仕事が好きなんです」
「ガルドさんの知り合いですか」
「旧知の仲です! 昔同じパーティにいたので」
ガルドが誠について話していた。珍しい。あの無口な男が。
「護衛というより、情報収集の仕事が多くなりそうですが」
「得意です! 尾行も潜入も索敵も何でも。あと依頼主の秘密は絶対に漏らしません。それだけは誓えます」
「報酬の希望は」
「銀貨七枚から始めてください。実績出したら上げてください」
交渉が速い。金額も適正だ。
「一つ聞きますが、なぜ私の商会に? Bランクの冒険者なら他にも仕事はあるでしょう」
ミラが少し笑った。橙色の目が細くなる。
「ガルドさんが言ってたんです。この商人は戦わずに権力者を黙らせるって。そんな面白い仕事、他にないじゃないですか」
誠はミラを見た。索敵力★5。情報収集最高水準。金と面白いことに目がない。
「わかりました。試用期間一週間で、銀貨七枚。その間に実力を見せてもらえれば継続します」
「やった! 任せてください!」
ミラがぴょんと飛び上がった。猫耳がぴくぴく動いている。
「ただし報酬は弾んでくださいね?」
「実績次第で」
「絶対実績出します!」
威勢がいい。
ガルドの無口と、ミラの陽気。正反対の二人組になった。
まあ、バランスはいいかもしれない。
◆
その日の昼、誠はミラに最初の仕事を頼んだ。
「王都内で、私の石鹸の模倣品を扱っている露店と商店を全部リストアップしてほしい。場所、価格、販売量の目安、仕入れ元がわかれば最高です。三日で頼めますか」
ミラが目を輝かせた。
「それだけですか? 簡単です」
「簡単?」
「索敵と情報収集が専門ですから。ただ、経費として銅貨十枚ください。買い食いしながら回ると自然に見えるので」
「……買い食いしながら情報収集するんですか」
「露店って、ご飯食べながら話しかけると店主が喋るんですよ」
なるほど。プロだ。
「銅貨十枚、渡します。領収書は……まあ、いいですか」
「領収書? なんですかそれ」
「気にしないでください」
ミラが尻尾をぱたぱたさせながら走り去った。
誠はその背中を見送りながら、GATEを確認した。
今日のクールタイムはあと二時間。現代に戻って、情報レポートのフォーマットを作っておこう。エレナからの情報と、ミラが集めてくる現地情報を組み合わせれば、かなり精度の高いレポートができる。
誠は近くのベンチに腰を下ろして、スマホにメモを打ち始めた。
「王都商業動向レポート 第一号」
項目は五つ。季節別需要予測、地域別品目需要、競合状況、価格動向、仕入れ推奨品目。
現代のマーケットリサーチを、異世界版に落とし込む作業だ。
情報を集めて、整理して、売る。これが次のビジネスの柱になる。
◆
三日後、ミラが戻ってきた。
「できました!」
手渡されたのは、羊皮紙に手書きで書かれた報告書だった。模倣品を扱う露店と商店が、場所と価格と販売量の目安込みで十七件リストアップされている。さらに仕入れ元が三か所に絞り込まれていた。
「仕入れ元までわかったんですか」
「露店のおじさんたちって、買い食いしながら話しかけるとすごく喋るんですよ。同じ仕入れ元の人が多くて、南地区の石鹸職人が三人、急に石鹸を作り始めたみたいです。その人たちに誰かが技術を教えたらしくて」
「誰が教えたか、わかりますか」
「そこまでは。でも最初に動いたのが、ギルドの商人で、ベルトさんって人の息子さんらしいですよ」
誠は少し目を細めた。
ベルトの息子が模倣品の流通を始めた。つまりベルトが仕掛けている。教会への働きかけと合わせて、複数の方向から圧力をかけてきているわけだ。
「よくわかりました。いい仕事です」
ミラが猫耳をぴんと立てた。
「褒めてくれましたか? やった」
「継続で雇います。報酬は銀貨八枚に上げます」
「一枚上げてくれるんですか。やった」
「実績通りです」
ミラが尻尾をぱたぱたさせながら、それからふと表情を変えた。
「あの、田中さん」
「なんですか」
「ベルトって人、結構怖い人らしいですよ。私が話を聞いた商人たちも、あまり名前を出したがらなかったので」
「怖いのはわかっています」
「怖くないんですか」
「怖いですよ。でも知ってしまったので、対応するしかないです」
ミラが誠を見た。
「ガルドさんが言ってたの、本当ですね」
「何を言っていたんですか」
「怖がりながらも逃げない商人って。変わってるって言ってました」
「変わっていますか」
「変わってます。でも、そういう依頼主の方が長続きするので、いいです」
ミラが笑った。屈託のない、明るい笑顔だった。
「これからもよろしくお願いします、田中さん」
「よろしくお願いします、ミラさん」
◆
その夜、現代のアパートで誠は「王都商業動向レポート第一号」を完成させた。
エレナからの貴族間商流情報、ミラが集めた現地情報、MARKETのデータを組み合わせると、かなりの精度で需要予測が組めた。
レポートの内容を要約するとこうなる。
秋から冬にかけて、暖房用燃料の需要が増加する。現在の供給量では不足する可能性が高い。また北部貴族の間で舶来品への需要が急増している。南部では食品の価格が不安定で、保存食への需要が上がっている。
これを読んだ商人は、何を仕入れるべきかがわかる。
誠はレポートを印刷して、二部用意した。一部は見本として、アリアに渡してギルドマスターへの追加提案材料にする。もう一部は、信頼できる商人に安値で売って反応を見る。
価値を示してから、対価を取る。石鹸配布と同じパターンだ。
さやかからLINEが来た。
『二次面接も通りました! 来週最終面接です』
『おめでとうございます。順調ですね』
『田中さんのおかげです。あの一言がなかったら動いてなかったと思う』
『自分で動いたんですから、自分の力ですよ』
『でも背中を押してくれた人がいたから動けました。それは事実です』
誠は少し間を置いてから返信した。
『……それは、ありがとうございます』
『珍しいですね、田中さんがありがとうって』
『言い慣れていないので』
『そういうところです』
『そういうところって何ですか』
『なんでもないです』
なんでもないわけがない気がしたが、追及するのも面倒なので放置した。
誠はレポートをリュックに入れて、明日の準備を整えた。
ベルトへの対応。ギルドマスターへのレポート提案。債権者交渉。情報ビジネスの立ち上げ。
やることが多い。
でも、全部に手が打てている。
それが今の誠の、小さな確信だった。
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次話予告:第8話「王都への招待」
第二王子派の貴族から王宮への招待状が届く。
行けば利用される。断れば敵になる。
誠はエレナとともに、初めて王宮の門をくぐる。
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