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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第一幕

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8/27

8.王都への招待

 招待状が届いたのは、ギルド登録から六週間目の朝だった。


 王都の宿に仮の荷物置き場を確保してから、郵便の受け取りもそこで行うようにしていた。宿の主人から「上等な封筒が届いていますよ」と手渡されたそれは、厚手の上質な紙に金色の封蝋がついていた。


 カメラで翻訳する。


 「田中誠殿へ。アルデナ王国 王宮内 第二王子ダグラス殿下より、来る七日後の夕刻、王宮にて催される茶会へのご招待申し上げます」


 第二王子。


 誠は封筒を宿の部屋のテーブルに置いて、少し考えた。


 第二王子といえば、保守・軍閥寄りの人物だ。誠を「危険な異分子」として排除しようとしている側のはずだ。なのになぜ招待してくる。


 二つ考えられる。取り込もうとしているか、値踏みしようとしているか。


 どちらにしても、断れば敵になる。行けば利用されようとする。


 めんどくさい。


 誠はスマホを取り出してエレナにメッセージを送った。文字は書けないので、会って話す必要がある。今日の午後、屋敷に行くと伝えた。


  ◆


 エレナは招待状を見て、少し眉を寄せた。


「第二王子からですか」


「そうです。なぜだと思いますか」


「……少し前まで、第二王子派はあなたを排除しようとしていたはずです」


「そう理解しています」


「でも最近、第一王子がギルドに接近している噂があります。あなたとギルドマスターが会ったことも、王宮には伝わっているはずです」


「つまり」


「第一王子に取り込まれる前に、こちらが先手を打った、ということかもしれません」


 エレナが招待状を誠に返した。


「行くんですか」


「行かないと選択肢になりません。断れば、第二王子派は誠を敵と認定する。そうなるとベルト副頭と教会に加えて王族まで敵に回す」


「では行くしかない」


「行くが、何も約束しない。それだけです」


 エレナがしばらく誠を見た。


「一つ提案があります」


「聞かせてください」


「私も同行します。ヴェスト伯爵家の令嬢として、あなたの同伴者という形で」


「それはエレナさんにとって、デメリットがありませんか。ヴェスト家はどちらかの派閥に属しているんですか」


 エレナが少し間を置いた。


「……父は、以前は第二王子派に近い立場でした。ただ、家の財政難以降は、どちらの派閥にも実質的に相手にされていません」


「では同行することで、エレナさんの立場が」


「あなたと行動を共にすることは、私にとってもリスクです。でも、王宮の内部を見る機会でもあります。情報収集の観点から、行く価値があります」


 計算が速い。さすがだ。


「わかりました。ただし、会場では私の行動に口を出さないでください」


「……何かするつもりですか」


「何もしません。ただ、どう動くかは私が決めます」


 エレナが少し目を細めた。


「平民のくせに、なかなか言いますね」


「対等な取引の相手に、貴族も平民もないと思いますが」


 エレナが黙った。それから小さくため息をついた。


「……わかりました」


  ◆


 七日後の夕方、誠は生まれて初めて王宮の門をくぐった。


 現代のアパートで一番まともなシャツにスラックスを合わせて、その上から現地調達した落ち着いた色のジャケット風の上着を羽織った。商人としてはそれなりに見える格好のはずだ。


 エレナは淡い青のドレス姿だった。古いが手入れが行き届いていて、品がある。背筋が真っすぐで、どこからどう見ても貴族の令嬢だ。


「緊張していますか」


 誠が小声で聞くと、エレナが少し顎を上げた。


「していません。あなたは?」


「少しだけ」


「正直ですね」


「緊張していないふりをするのは疲れるので」


 エレナが小さく笑った。


 王宮の内部は、外観よりもさらに豪華だった。石造りの廊下に絨毯が敷かれ、壁に大きな絵画が並んでいる。使用人がずらりと立っていて、案内に従って進む。


 茶会の会場は中庭に面した広間だった。すでに十人ほどの招待客がいる。全員が貴族か、相当な地位の商人に見える。


 誠はMAPを確認した。人物のアイコンがいくつかある。中心に一つ、明らかに他より大きいアイコンがある。第二王子だろう。


 エレナが誠の袖をそっと引いた。


「右端の男性。第二王子の側近でケント・ロスという人物です。あの方が最初に挨拶に来ると思います」


「どんな人ですか」


「頭が切れて弁が立ちます。言葉に罠を仕掛けるのが得意なので、気をつけてください」


 ありがたい情報だ。


 案の定、広間に入って二分もしないうちに、四十代の細身の男が近づいてきた。笑顔が品よく整っている。


 APPRAISEを素早く向ける。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :ケント・ロス │

│ 役職 :第二王子殿下 首席側近 │

│ 年齢 :四十二歳 │

│ MP :156(練達水準) │

│ 備考 :交渉・諜報を得意とする。 │

│     殿下の意向を忠実に代行する。 │

│     言質を取るのが得意。 │

└────────────────────────┘


 言質を取るのが得意。GATEも同じ評価をしている。


「田中殿。ようこそおいでくださいました。ケント・ロスと申します。殿下の代わりにご挨拶を」


「田中誠です。このような機会をいただきありがとうございます」


「ヴェスト伯爵家のエレナ令嬢もご一緒とは。お久しぶりですね、令嬢」


「ケントさん、ご無沙汰しております」


 二人は顔見知りらしい。エレナの表情が、ほんの少し固くなっている。


「田中殿のご商売、王宮でも大変評判がよろしいですよ。特に衛生品については、王宮の医師団からも関心が寄せられています」


「ありがとうございます」


「殿下も直接お話ししたいとおっしゃっていました。王国の商業発展に、ぜひご協力いただきたいとのことで」


「光栄です」


「ご協力いただける、ということでよろしいですか」


 来た。


 「王国の商業発展への協力」という言葉に同意すれば、第二王子派への肩入れと解釈できる。言質を取ろうとしている。


「王国の商業発展は、あらゆる商人の共通の利益ですから、私の商売を通じて貢献できることがあれば、自然にそうなると思っています」


「それは、殿下のお声掛けに応じていただけるということですか」


「商売人として、良いお取引があれば喜んでお受けします。ただし、特定のお立場への肩入れは、私の商売の性質上、難しいと考えています」


 ケントが笑顔のまま、少し目を細めた。


「特定のお立場とは、どういう意味でしょう」


「私は商人ですので、政治には不案内です。どの方のお役にも立てる商品を扱っていますが、それ以上のことは私の領分ではないと思っています」


「なるほど」


 ケントが一瞬だけ、何かを考える顔をした。それからまた笑顔に戻った。


「では今夜は、ゆっくり楽しんでいってください。殿下も後ほどお見えになります」


 ケントが離れていった。エレナが小声で言った。


「上手く返しましたね」


「返せていましたか」


「言質を取られませんでした。それで十分です」


 誠は広間を見渡した。招待客たちが小グループで話している。全員が何らかの思惑を持っているように見える。


「エレナさん、今夜の招待客の中で、注意すべき人はいますか」


「窓際の太った男性。南部の大地主で、第二王子派の資金を担っています。あの方に声をかけられたら、借金の話になります」


「借金?」


「資金を貸すと言い出して、恩を売ろうとするんです。あの方に借りを作ると、後で必ず何かを要求されます」


「なるほど。他には」


「奥の女性。王宮の女官長で、情報通です。あの方は敵でも味方でもありませんが、話した内容が翌日には王宮中に広まります」


「気をつけます」


 それから二人で、広間をゆっくり歩いた。誠は話しかけてくる招待客全員に同じ対応をした。感じよく、でも何も約束しない。相手の話をよく聞いて、こちらの話はできるだけ少なく。


 営業の基本だ。聞き上手の方が、しゃべり上手より信頼される。


 小一時間ほど経って、ようやく第二王子が現れた。


  ◆


 ダグラス・アルデナは、想像より若かった。


 二十五歳。軍人肌と聞いていたが、確かに体格がよく、立ち姿に隙がない。顔は端正だが、目に警戒心が強く出ている。


 APPRAISEを向ける。


┌────────────────────────┐

│ 【 APPRAISE RESULT 】 │

│ 名称 :ダグラス・アルデナ │

│ 身分 :アルデナ王国 第二王子 │

│ 年齢 :二十五歳 │

│ MP :203(希少水準) │

│ 備考 :軍事・戦略を得意とする。 │

│     直情的だが部下への義理は厚い。│

│     平民の台頭を本能的に嫌う。 │

└────────────────────────┘


 MP二百三。希少水準。平民の台頭を本能的に嫌う。


 ダグラスが誠を見つけて、まっすぐ近づいてきた。周囲の招待客が自然と道を開ける。


「田中誠か」


「はい。初めてお目にかかります」


「評判は聞いている。商才があると」


「ありがとうございます」


 ダグラスが誠を上から下まで見た。値踏みというより、査定に近い目だ。


「率直に聞く。お前はどちらの派閥につくつもりだ」


 直接的だ。ケントとは真逆のアプローチだ。


「どちらにもつくつもりはありません」


 ダグラスの目が鋭くなった。


「それは中立と言いたいのか」


「商人として、どちらのお客様にも公平に商品を提供したいということです」


「商人が政治から目を背けることはできない。この国で商売をする以上、どちらかの庇護が必要だ」


「庇護が必要になった時は、そう申し上げます。今のところは自分の足で立てていますので」


 ダグラスが少し眉を上げた。


「自分の足で立てると言う根拠は何だ」


「商品の品質と、信頼できる取引先です」


「それだけか」


「それだけです」


 ダグラスがしばらく誠を見た。不快そうではあるが、怒ってはいない。


「……お前のような商人は珍しい」


「そうですか」


「普通は媚びてくる」


「媚びても商売にならないので」


 ダグラスが短く笑った。笑うと少し若く見える。


「一つだけ聞く。王国の商業ギルドの腐敗については、どう思う」


 予想外の質問だった。


 誠は少し考えた。ここで正直に答えるか、濁すか。


 ダグラスは直情的だ。回りくどい答えは嫌うだろう。かといって、ギルド批判をここで言えば、アリアや改革派が困る可能性がある。


「腐敗があるかどうかは、私には判断できません。ただ、改善できる余地はあると思っています」


「改善とは」


「取引の透明性を上げること。書面による合意を標準化すること。それだけでかなり変わると思います」


「お前がギルドマスターに提案したという話は聞いている」


「はい」


「うまくいくと思うか」


「やってみないとわかりません」


 ダグラスがまた少し笑った。


「正直な男だな」


「うそをついても後で困るだけなので」


「では、うちの茶会に参加した感想は」


「勉強になりました」


「何が」


「王宮の方々が、商人を見る目がわかりました」


「どんな目だと思った」


「……駒として見ているか、脅威として見ているか、その二つです」


 ダグラスが誠を見た。笑みが消えている。


「お前はどっちだと思う、自分は」


「どちらでもない存在でいたいと思っています。ただし、そう思われるかどうかは相手次第です」


 沈黙が少しあった。


「……面白い商人だ」


 ダグラスがそれだけ言って、次の招待客のところへ歩いていった。


 誠の隣にいたエレナが、小さく息を吐いた。


「……よく無事でしたね」


「怒らせましたか」


「怒らせませんでした。それが驚きです」


「なぜですか」


「殿下は、自分の質問に曖昧な答えを返す相手を嫌います。でもあなたは曖昧ではなく、はっきりと断った。それが逆によかったのかもしれません」


「直球には直球で返すのが一番楽ですから」


「楽、ですか」


「はい。相手に合わせて話し方を変えると、どこかで矛盾が出ます。一番疲れない対応が、一番長続きする対応です」


 エレナがしばらく誠を見ていた。


「……あなたは本当に変わった商人ですね」


「よく言われます」


「誰に」


「色々と」


  ◆


 帰り道、エレナと並んで王宮の外壁沿いを歩いた。


 夜の王都は、昼間より静かだった。遠くで馬車の音がする。夜警の声がする。石畳に街灯の光が揺れている。


「今日はありがとうございました。エレナさんがいなかったら、会場の人間関係が全くわからなかった」


「お役に立てましたか」


「十分に。情報料は後日、銀貨でお渡しします」


「……また銀貨ですか」


「実績を積み上げてから金貨に移行します」


 エレナが少し唇を尖らせた。しかしすぐに表情を戻した。


「第二王子の反応、どう見ましたか」


「今夜の段階では、敵意より好奇心の方が勝っていた気がします」


「それは珍しいですね。殿下は普通、平民の商人には興味を示しません」


「直球で答えたのが、少し意外だったんじゃないですか」


「かもしれません」


 少し歩いてから、エレナが言った。


「田中さん、一つ教えてもらえますか」


「なんでしょう」


「あなたは怖くないんですか。第二王子に。ベルト副頭に。教会に。次々と大きな相手を前にして、怖くならないんですか」


 誠は少し考えた。


「怖いですよ」


「でも態度に出ない」


「出したら負けるので」


「なぜ負けないでいられるんですか」


 誠はGATEのアプリを確認した。帰還まであと一時間。現代への逃げ道は、いつでもある。


「逃げ場があるからです」


「また同じ答えですね。その逃げ場というのは」


「いつかお話しします。今はまだ、その時じゃない」


 エレナが誠を見た。納得はしていない顔だが、それ以上は聞かなかった。


 別れ際、エレナが少し迷うような顔をしてから言った。


「今日は、悪くなかったです」


「茶会がですか」


「あなたと行動したことが、です」


 それだけ言って、エレナは馬車に乗り込んだ。


 誠はその馬車を見送ってから、一人で石畳を歩いた。


 今日の収穫を整理する。ケントの手法の確認。ダグラスの人物像。招待客の人間関係図。そして第二王子がまだ「敵」と断定していないという事実。


 問題は、第一王子がどう動くか、だ。第二王子が誠に接近したことは、すぐに第一王子の耳に入るだろう。


 次は第一王子からの接触が来る。


 誠はノートを取り出して、歩きながら書いた。


 王宮の動き:第二王子接触済み。第一王子は近日中に動く可能性。対応方針:どちらにも肩入れしない。情報は集める。


 そして別のページに書いた。


 エレナ。「悪くなかった」という言葉の意味を、どう受け取るか。


 少し考えてから、そのページを閉じた。


 今は商売に集中する。それ以外のことを考えるのは、もう少し後でいい。


 そう決めておいた。


  ◆


 翌朝、さやかからLINEが来た。


『最終面接、通りました!!! 来月から転職します!!!』


 三つの感嘆符。珍しい。


『おめでとうございます。本当に良かった』


『田中さんが最初に言ってくれたからです。ありがとう』


『自分で動いたんです。私は何もしていません』


『もう、また同じこと言う。受け取ってください、ありがとうを』


 誠は少し間を置いてから返信した。


『……わかりました。おめでとう、さやかさん』


 初めて下の名前で呼んだ気がした。


 しばらく既読がついてから、さやかから返信が来た。


『なんか急に名前で呼んだ』


『変でしたか』


『変じゃないです。なんか、嬉しかった』


 誠はスマホをポケットにしまった。


 宿の窓から、王都の朝の通りが見える。露店が開き始め、人が行き交い始めている。


 めんどくさいことは、まだたくさんある。


 でも、悪くない朝だと思った。

─────────────────────────────────────────

       次話予告:第9話「帳簿の革命」

     アリアが商業ギルドの不正経理を発見する。

     告発しようとして危険な立場に立たされた彼女を、

     誠は複式簿記と証拠保全で守ろうとする。

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