6. 偽物の魔道具
問題が起きたのは、懐中電灯のせいだった。
正確に言えば、懐中電灯そのものではなく、それを買った相手のせいだった。
三週間前、建築業者への納品ルートを広げようとしていた誠は、王都の外壁補修工事を請け負っている業者から「光る棒をもっと買う」という依頼を受けた。夜間作業の照明として使いたいという話で、LEDライトを十本まとめて納品した。
そのうちの一本が、貴族の手に渡っていた。
建築業者の親方が、取引先の小貴族へ「珍しい品」として贈り物にしたらしい。その小貴族が屋敷で使っていたところを、視察に訪れた教会の神父が目撃した。
そして三日前、誠のもとに「召喚状」が届いた。
◆
教会の地区事務所は、王都の北側にある。石造りの重厚な建物で、入口に祈りの言葉らしきものが刻まれている。カメラで翻訳すると「光は神の恵み、闇を照らすは信仰のみ」とある。
なるほど、そういう思想の組織か、と誠は内心で整理した。
召喚状には「異端の疑いある品物について説明を求める」とだけ書いてあった。アリアに相談すると「無視すると後が面倒になる。行った方がいい」という返答だった。エレナに相談すると「教会とは正面から争わない方がいい。ただし舐められてもいけない」と言われた。
二人の意見を総合すると、行くべきだが負けるな、ということだ。
誠はリュックに資料を詰めて、教会の事務所に入った。
◆
応接室に通されると、五十代の神父が待っていた。グレイ・セルバン大司教ではなく、地区担当の神父のようだ。穏やかな顔をしているが、目が笑っていない。例のパターンだ。
APPRAISEを向ける。
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│ 【 APPRAISE RESULT 】 │
│ 名称 :バルド・ネイン神父 │
│ 役職 :教会 王都北地区担当 │
│ 年齢 :五十四歳 │
│ MP :89(練達水準) │
│ 備考 :大司教直属。情報収集を │
│ 主な職務とする。 │
│ 表向きは温厚だが交渉は │
│ 強硬派。 │
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大司教直属で情報収集が主な職務。これは純粋な宗教的懸念ではなく、調査目的で来ている可能性が高い。
「田中誠さんですね。遠いところをお越しいただきありがとうございます」
声は穏やかだった。
「いえ、召喚状をいただいたので参りました」
「単刀直入に申し上げます。あなたが販売した品物の中に、教会として看過できないものがあります」
テーブルの上に、LEDライトが置かれた。誠が納品したものだ。
「これは、いかなる魔力も持たず、いかなる魔石も使わずに光を発します。これは自然の理に反しています」
「理に反する、というのはどういう意味ですか」
「光とは神が与えたもの。あるいは魔力という自然の力によって作られるもの。いずれでもない光は、悪魔の業です」
悪魔の業。
誠は少し考えた。感情的に反論しても意味がない。この場で必要なのは、相手の論理の枠組みの中で、こちらの商品を「問題ない」と証明することだ。
「確認させてください。神父様は、この品物が魔力を使っていないとどうやって確認しましたか」
「魔力感知の祈りを捧げました。反応がありませんでした」
「なるほど。では魔石も使っていないという確認は」
「分解して確認しました」
分解した。なるほど、中身を見たわけだ。
「中に何がありましたか」
「小さな金属の板と、細い線と、光る部品が入っていました。魔力の痕跡は一切なし」
「正しいです。この品物は魔力を使っていません」
神父が少し前のめりになった。
「では何の力で光るのですか」
「電気です」
「でんき?」
「光や熱を生み出す、自然界に存在する力です。雷も同じ原理で動いています」
神父が目を細めた。
「雷は神の怒りの顕れです」
「神父様、雷が落ちた木が燃えることはありますか」
「……ありますが」
「その火で食事を作ることはできますか」
「それは……できます」
「では、神の怒りの顕れから生まれた火で作った食事は、悪魔の業ですか」
神父が黙った。
誠は続けた。
「電気は雷と同じ自然の力です。この品物はその力を小さく閉じ込めて、光に変えています。魔力ではありませんが、自然の法則に従っています。悪魔の業とは、自然の法則を歪めるものではないですか」
神父がしばらく沈黙した。指を組んで、テーブルの上のLEDライトを見ている。
「……その理屈は、どこで学んだのですか」
「故郷で学びました。遠い東の地方です」
「東の地方に、そのような知識が」
「はい。光の仕組みについては、特に深く研究されています」
嘘ではない。現代の物理学は確かに光の仕組みを詳細に解明している。
「一つ実演してもいいですか」
神父が頷いた。
誠はリュックから小さな手鏡を取り出した。百均で買った普通の手鏡だ。LEDライトを点けて、鏡に反射させる。光が壁に映る。それから鏡の角度を変えて、光を動かしてみせる。
「光は反射します。鏡があれば、光の方向を変えられる。これは魔力がなくても起きることです」
神父が鏡に近づいた。反射した光を指で触ろうとして、触れないことに気づく。
「……光に実体はない」
「そうです。光は物ではなく、現象です」
「現象」
「はい。太陽の光も、魔法の光も、この品物の光も、原理は違っても光という現象は同じです」
神父がLEDライトを手に取った。点けたり消したりしている。
「……これを、誰でも作れるのですか」
「作るには特殊な技術が必要です。私も作れません。仕入れているだけです」
「どこから」
「故郷から。遠い東の地方から取り寄せています」
神父がLEDライトをテーブルに戻した。
「教会として、この品物を異端と断定することは……今すぐには、難しいかもしれません」
「難しい、とおっしゃるということは」
「持ち帰って、上と相談します」
上、というのは大司教のことだろう。
「わかりました。ただし一点だけ確認させてください」
「なんでしょう」
「この品物が現在、違法と断定されているわけではないと理解しています。その確認だけ、書面でいただけますか」
神父が少し顔を固めた。
「書面は……」
「口頭での確認は証拠になりません。もし後日、この品物が理由で私が何らかの不利益を受けた場合、本日の協議が正式に行われた記録がないと困ります。神父様も、手続きを正しく踏まれたという記録があった方が、上への報告がしやすいと思いますが」
神父がしばらく誠を見た。
それから、静かに羊皮紙を取り出した。
◆
教会の事務所を出た時、空は夕暮れに差しかかっていた。
手元に一枚の書面がある。「本日の協議において、田中誠の取り扱う品物について異端の断定を行っておらず、引き続き調査中である」という内容の、神父の署名入りの文書だ。
完璧ではないが、今日のところはこれで十分だ。
誠は道を歩きながら、今日の出来事を整理した。
教会が動いた理由は二つ考えられる。一つは純粋な宗教的懸念、もう一つはベルト副頭との連携による嫌がらせ。APPRAISEで「大司教直属・情報収集が主な職務」と出ていたことを考えると、後者の可能性が高い。
つまり、ベルトはギルドの直接的な嫌がらせが通じなかったので、教会という別の経路を使ってきた。
まずい展開ではあるが、動きが読めれば対応はできる。
誠はアリアに会いに行こうと思ったが、時間が遅いのでギルドはもう閉まっている。エレナとはまだ連絡手段がない。
しかたなく一人でアパートに帰ることにした。
◆
転移して現代のアパートに戻ると、さやかからLINEが来ていた。
『転職活動の書類、通りました! 来週面接です』
誠は少し顔がほぐれた。
『おめでとうございます。どこですか』
『IT系のベンチャーです。田中さんが言ってた「頭だけ使う仕事」に近いかなと思って』
『いいじゃないですか』
『田中さんのせいですよ、こういう仕事に興味持ったの』
『私のせいですか』
『副業でなんか楽しそうにしてるから。私もそういう仕事したいなって』
誠は少し考えてから返信した。
『楽しいかどうかは微妙ですけど、自分の頭で考えた分だけ結果が出るのは確かです』
『それが楽しいってことじゃないですか』
鋭い。
『……そうかもしれません』
『田中さんの副業も、うまくいってますか』
『今日ちょっと面倒なことがありましたが、なんとかなりました』
『また権力者ですか』
『今度は宗教家です』
しばらく間があって、さやかから返信が来た。
『……なんか田中さんの副業、スケールがおかしい気がするんですけど』
『気のせいです』
『絶対気のせいじゃないですよ』
誠は苦笑いしながらスマホを置いた。
机に向かって、今日の出来事をノートに書く。
教会との協議:異端断定なし。書面取得済み。ただし継続監視の可能性あり。
ベルト副頭との連携疑い:証拠なし、状況証拠あり。
次の手:教会内部の改革派神官の存在確認。エレナ経由で情報収集できるか検討。
それと、民衆への対応も考えておく必要がある。
神父は「上と相談する」と言った。大司教が動けば、教会の影響力は民衆レベルまで及ぶ。商品への不買運動が起きる前に、先手を打っておきたい。
現代の衛生知識を使って、民衆に直接恩を売る。
石鹸の普及で始まった商売が、今度は医療・衛生の方向に広がろうとしている。面倒な流れではあるが、逆に言えばチャンスでもある。
誠はノートに「衛生キャンペーン案」と書いて、その下に項目を書き始めた。
石鹸の無料配布(貧民街)。傷の処置方法の実演(市場)。解熱剤の適切な使用方法の説明(薬師組合経由)。
教会が「異端の道具」と言う前に、「困っている人を助ける道具」という認識を先に広めてしまえばいい。イメージの先取りだ。これも営業の基本だった。
誠は腕まくりをして、計画の詳細を書き始めた。
◆
翌朝、ギルドに行くとアリアが珍しく先に声をかけてきた。
「昨日、教会に行きましたか」
「はい」
「どうでしたか」
「書面を取りました」
アリアが少し目を見開いた。
「教会から書面を?」
「異端の断定をしていないという確認書です。神父の署名入りで」
アリアがしばらく無言だった。それから小さく言った。
「……あなたは本当に、書面を取るのが好きですね」
「証拠がないと後で困るので」
「それは正しいですが」
「なにか問題がありましたか」
「教会から書面を取った商人は、私の知る限りいません」
「そうなんですか」
「……神父様は何と言っていましたか」
「論理的な説明をしたら、即座には断定できないと言っていました。持ち帰って上と相談すると」
アリアが誠を見た。何か言いたそうな顔をしている。
「アリアさん、何か言いたいことがありますか」
「……あなたは、あまり怖いものがないんですか」
「怖いものはあります」
「教会は怖くないんですか」
「怖いですよ。だから書面を取りました」
アリアが少し考える顔をした。
「怖いから書面を取る、というのは」
「怖いからこそ証拠が必要です。安心している時に証拠を集める人間は少ないですが、それが一番まずい」
アリアがゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
「教会の内部に、改革志向の神官はいますか」
アリアが少し眉を上げた。
「……なぜそれを聞くんですか」
「今後の布石です。大司教が動く前に、教会内部に話のできる人間を作っておきたい」
「規定上、私がそういった情報を提供することは」
「できない範囲ですね。わかりました」
「……ただ」
アリアが視線を少し逸らした。
「ギルドの取引記録の中に、教会系の商人との取引履歴があります。その中に、比較的新しい考え方を持つ方もいると、個人的には思っています」
「取引記録の開示請求は」
「手数料は銅貨五枚です」
誠はポケットから銅貨を取り出した。
「お願いします」
アリアが受け取って、書類を取りに奥に入った。
誠はカウンターで待ちながら、エレナのことを考えた。教会内部の情報は、エレナ経由でも入ってくる可能性がある。二つのルートで情報を集めれば、精度が上がる。
アリアが戻ってきて、書類を渡した。
「取引記録です。教会系の商人の欄に、印をつけておきました」
「……規定の範囲内で、ですか」
「窓口担当が取引記録に印をつけることは、規定上禁止されていません」
アリアが真顔で言った。誠は少し笑いをこらえた。
「ありがとうございます」
「お礼を言われることはしていません」
「じゃあ、仕事が丁寧な方だと思っていますと言い換えます」
アリアが顔を逸らした。また耳が赤い。
「……田中さん、毎回同じことを言っていますよ」
「毎回本当のことを言っているので」
アリアが何も言わなかった。ただ、次の客の対応に入る前に、ほんの少しだけ口の端が動いた。
誠は書類を受け取って、ギルドを出た。
今日も収穫があった。教会との書面。民衆対応の計画。そして教会系商人の取引記録。
問題は一つ解決するごとに、次の問題が生えてくる。
でもそれが商売だと、今の誠はわかっていた。
草を刈り続ける限り、畑は広くなっていく。
◆
三日後、誠は貧民街の一角で石鹸の無料配布を行った。
ガルドを護衛として雇ったのはこれが最初だった。
ギルドの冒険者掲示板で「護衛一日、危険なし、銀貨十枚」という条件で募集をかけると、応募してきたのが元Aランク冒険者のガルド・イアンだった。
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│ 【 APPRAISE RESULT 】 │
│ 名称 :ガルド・イアン │
│ 職業 :冒険者(元Aランク) │
│ 年齢 :三十八歳 │
│ MP :34(一般水準) │
│ 戦闘力:★★★★★ │
│ 備考 :過去に仲間を庇い重傷。 │
│ 現在は前線を退いて │
│ 護衛業を中心に活動。 │
│ 信頼性:極めて高い。 │
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信頼性:極めて高い。GATEがそう判定している。
「ガルドさん、今日の仕事は貧民街での石鹸配布です。危険はないと思いますが、念のため」
ガルドが誠を見た。無愛想な顔だ。身長百九十センチの熊のような体格に、左頬の古傷。そのくせ目が少し優しい。
「……石鹸を配るだけですか」
「はい」
「Aランク元冒険者に頼む仕事ですか、それは」
「信頼できる人が必要でした。あと、大きい人がいた方が場が安定するので」
ガルドがしばらく誠を見た。それから短く言った。
「……わかりました」
貧民街での石鹸配布は、思ったより反響が大きかった。
使い方を説明しながら配ると、最初は警戒していた住民が徐々に集まってくる。子供が興味を持って近づいてくる。誠が石鹸で手を洗って見せると、泡立ちに歓声が上がった。
「この泡が汚れを落とします。病気の予防になります」
TRANSLATEを通じて言葉が届く。
ガルドが誠の隣で腕を組んで立っていた。護衛というより、見守りに近い立ち方だ。
「旦那」
低い声だった。
「なんですか」
「なぜ無料で配るんですか」
「投資です」
「投資?」
「今日ここで石鹸を配った人が、石鹸の効果を実感して、次は買いに来てくれる。そして教会が『異端の道具』と言っても、自分で効果を知っている人は信じない」
ガルドがしばらく黙っていた。
「……商人というのは、そういうことを考えるんですか」
「考えないと潰されます」
「旦那は、今潰されそうなんですか」
「まあ、少し」
ガルドが誠を見た。
「俺で役に立てることがあれば、言ってください」
「今日みたいな仕事が続くかもしれません。報酬は出します」
「報酬は銀貨十枚で十分です。ただ」
「ただ?」
「逃げるだけの仕事は、俺には向きません」
誠はガルドを見上げた。百九十センチ。見上げると首が痛い。
「戦う仕事もありますか」
「いずれは。ただし私自身は戦いません」
「旦那が戦わないなら、俺が戦います」
それだけ言って、ガルドはまた腕を組んだ。
誠は少し考えてから言った。
「ガルドさん、継続して雇いたいんですが」
「……条件は」
「銀貨十枚から始めて、仕事の量に応じて上げます。戦闘がある仕事は別途協議」
「わかりました」
握手した。ガルドの手は熊の手みたいに大きかった。
こうして誠の護衛が一人、確定した。
◆
夕方、石鹸を全部配り終えて撤収した後、誠はガルドと別れてギルドに立ち寄った。
アリアが閉館作業の途中だった。
「今日の石鹸配布、何か言われましたか」
アリアが少し驚いた顔をした。
「知っていたんですか」
「報告が来ていましたか」
「……貧民街での無償提供行為について、教会側から問い合わせが来ました。ただし違法ではないので、ギルドとして対応する必要はないと判断しました」
「教会が反応しましたか」
「速いですね」
「だから先にやりました」
アリアが誠を見た。
「イメージの先取り、ですか」
誠が返答する前に、アリアが少し首を傾けた。
「田中さん、その言葉はどこで学んだんですか。イメージの先取り、というのは、この王都ではあまり聞かない発想です」
「故郷で学びました」
「遠い東の地方、ですか」
「はい」
アリアがしばらく誠を見た。
「……その故郷というのは、本当に存在するんですか」
誠は少し間を置いた。
「存在しますよ。ただ、ここからはとても遠い」
「どのくらい遠いんですか」
「言葉では説明しにくいくらい遠いです」
アリアがまた何か言いかけて、やめた。
閉館の鐘が鳴った。
「では、また明日」
「また来ます」
ギルドを出て、王都の夕暮れを歩いた。
今日の収穫。ガルドの採用。石鹸配布による民衆への先手。教会の反応速度の確認。
そしてアリアの「その故郷というのは、本当に存在するんですか」という質問。
少しずつ、何かに気づき始めているのかもしれない。
誠はGATEを確認した。帰還まで四十分。
王都の石畳を歩きながら、誠は空を見上げた。異世界の空は、現代と同じ青さだった。
でも星の並びは、少し違う。
それが、ここが別の世界であることの、一番静かな証拠だった。
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次話予告:第7話「情報という商品」
他国の商人が誠の取引ルートを真似し始める。
「モノではなく知識を売る」という新しいビジネスの形が生まれる。
そして新しい仲間ミラ・ウィンが登場
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