28.帝国への潜入
DECTECTでヴィランの動きを三日間追った結果、一つのパターンが見えてきた。
毎日決まった時間に、王都北区の宿屋に立ち寄っている。MAPのアイコンで見ると、そこで三十分ほど滞在してから出てくる。食事や休息にしては短い。誰かと接触しているか、情報を受け渡ししているか、どちらかだ。
ミラに確認を頼んだ。
「その宿屋は外から見るだけいいですか」
「はい、気をつけてください。ヴィランさんはプロです。尾行に気づく可能性があります」
「気づかれないようにします。買い物をしながら通りを歩くだけです」
翌日、ミラが戻ってきた。
「確認しました。あの宿屋、帝国の商人の宿として登録されています。表向きは通商の拠点ですが、出入りしている人間が多すぎます。普通の商人の宿ではないと思います」
「帝国の王都内の連絡拠点、ということですか」
「そう見えます。ヴィランさん以外に、見慣れない顔が三人ほど出入りしていました」
誠はエレナに報告した。
エレナが少し考えてから言った。
「帝国が王都に連絡拠点を持っているのは、外交上は問題ありません。ただし、その拠点から何の情報が出入りしているかは別の話です」
「拠点の内部に入れる方法はありますか」
「……入れる方法はあります」
「どうすればいいですか」
「私が貴族として訪問するという名目であれば、表向きは不自然ではありません。帝国との通商に関心のある貴族が情報収集のために訪ねてくることは、あり得る話です」
「エレナさんが行くんですか」
「私一人では無理です。田中さんも一緒に来てほしいです」
「私が行くのは不自然ではないですか」
「私の商業顧問という立場であれば、問題ありません。実際、顧問契約はそういう場面でも使えます」
誠は少し考えた。
帝国の拠点に自分から入りに行く。リスクはある。しかしDECTECTがある。ヴィランの動きをリアルタイムで把握できるので、接触のタイミングを選べる。
「では、ヴィランさんが拠点にいない時間に行きましょう」
「ヴィランの位置はDECTECTで確認できます」
エレナが少し首を傾けた。
「田中さん、DECTECTというのは道具の機能ですか」
「そうです。人の位置を把握できる機能です」
「……その道具、本当に色々できるんですね」
「色々できます」
「東の地方というのは、本当に不思議なところですね」
「そうかもしれません」
◆
翌日の昼前、DECTECTでヴィランの位置を確認した。王都南区の茶館にいる。拠点から離れている。
「今です」
誠とエレナ、それとガルドの三人で北区の宿屋に向かった。
ガルドは入口の外で待機する。何かあった時の備えだ。
宿屋に入ると、受付に帝国風の衣装を着た男がいた。エレナが流暢な口調で話しかけた。
「ヴェスト伯爵家のエレナと申します。帝国との通商について、情報交換できる方にお会いしたいのですが」
男が少し考えてから、奥に引っ込んだ。しばらくして、別の男を連れて戻ってきた。
四十代、落ち着いた印象の男だ。APPRAISEを向ける。
┌────────────────────────┐
│ 【 APPRAISE RESULT 】 │
│ 名称 :ドルク・ヴァーン │
│ 所属 :不明(商人として登録) │
│ 年齢 :四十四歳 │
│ MP :112(練達水準) │
│ 備考 :帝国の対外情報担当。 │
│ 外交交渉の経験が豊富。 │
│ 感情をほとんど顔に出さない。 │
└────────────────────────┘
帝国の対外情報担当。ヴィランより上の立場だ。
「エレナ令嬢、ようこそおいでくださいました。ドルク・ヴァーンと申します」
翻訳が出る前に、アルデナ語で挨拶してきた。こちらも流暢だ。
「こちらは私の商業顧問の田中誠です」
ドルクが誠を見た。一瞬だけ、目に何かが光った。
「田中さん。お噂はかねがね」
「どんな噂ですか」
「王都で最も面白い商人だという噂です」
「光栄です」
応接室に通された。お茶が出た。誠は部屋の中のMAPを確認した。ヴィランはまだ南区にいる。
「今日はどういったご用件で」
エレナが落ち着いた口調で言った。
「帝国と新しい通商の形を作れないか、ご相談に来ました。アルデナの新体制においても、帝国との関係は重要だと考えています」
「それは、レイン殿下のご意向ですか」
「私個人の考えです。ただし顧問の田中さんは、殿下の商業顧問でもあります」
ドルクが誠を見た。
「田中さん、帝国との通商についてはどうお考えですか」
「条件次第です」
「どんな条件ですか」
「互いに利益があること。一方が損をする取引は長続きしません」
「もっともな考えです」ドルクが少し間を置いた。「田中さん、先日ヴィランがお話ししたことはご存知ですか」
「お会いしました。この道具と供給契約の話でしたね」
「その件について、改めてお話しさせていただきたいのですが」
「この道具は渡しません。その点は変わりません」
「……そうですか」
ドルクが少し考えた。感情が顔に出ない人物だが、考えているのはわかる。
「田中さん、少し別の話をしてもいいですか」
「どうぞ」
「帝国には、百年以上前の記録があります。東から来た旅人に関する記録です」
誠は表情を変えなかった。
「どんな記録ですか」
「その旅人は、当時の帝国が抱えていた問題を解決する知識を持っていました。そして同じような道具を持っていたと、記録には書いてあります」
先人ハジメの記録が帝国にある。エレナが言っていた通りだった。
「それが私とどう関係するんですか」
「あなたが持っている道具と、記録の中の道具が似ているということです」
「似ている道具が世界に二つあっても、おかしくないと思いますが」
ドルクが少し口角を上げた。
「そうですね。ただし、その旅人が持っていた道具は、非常に特殊な機能を持っていました。翻訳、地図、鑑定……田中さんの道具と同じ機能です」
誠はお茶を一口飲んだ。動揺を顔に出さないように。
「記録に詳しいんですね」
「帝国は記録を大切にする国ですから」
「その旅人は、最終的にどうなりましたか」
ドルクが少し間を置いた。
「……道具が機能しなくなり、姿を消しました。行き先は不明です」
「そうですか」
「田中さん、一つだけ聞かせてください」
「どうぞ」
「あなたはその旅人のことを知っていましたか」
誠は少し考えた。ここで知らないと言うのは嘘になる。しかしどこまで明かすかは慎重に判断しなければならない。
「最近、同じような記録を見つけました。帝国の記録ほど詳しくはありませんでしたが」
「なるほど。では、その記録を見てどう思いましたか」
「面白いと思いました。それだけです」
ドルクがしばらく誠を見た。
「田中さんはなかなか、情報を渡しませんね」
「あなたも同じだと思いますが」
ドルクが小さく笑った。
「公平な指摘です」
エレナが静かに口を挟んだ。
「ドルクさん、帝国が田中さんの道具に強い関心を持つ理由が、少し見えてきた気がします」
「どういう意味ですか」
「百年前の旅人と同じ道具を持つ人間が現れた。その道具が何をもたらすか、帝国は記録で知っている。だから欲しいのですね」
ドルクが答えなかった。答えないことが答えだ。
「ドルクさん」誠が言った。「一つ提案させてください」
「聞きます」
「道具は渡しません。しかし道具を使って得られる商品は供給できます。独占ではなく、他の取引先と並立する形で」
「それは以前から変わらない条件ですね」
「変わりません。ただし今日、一つ追加します」
「なんですか」
「帝国が持っている百年前の記録を見せてください。写しで構いません。その代わり、帝国への供給を最優先取引先の一つとして位置づけます」
ドルクが少し考えた。
「記録と取引の優先権を交換する、ということですか」
「そうです」
「記録の何が知りたいんですか」
「先人がここで何をしたか、道具がどう機能していたか、最後にどうなったか。それだけです。商売の話とは別の、個人的な関心です」
ドルクがエレナを見た。エレナが静かに頷いた。
しばらく沈黙があった。
「……持ち帰って検討します。一週間以内に返答します」
「わかりました。書面でお願いします」
「……田中さんは、本当に何でも書面にするんですね」
「証拠が残らないと後で困りますので」
ドルクが小さく笑った。今日初めて、計算のない表情に見えた。
◆
宿屋を出た後、ガルドが合流した。
「どうでしたか」
「帝国が先人の記録を持っていることが確認できました。それと、記録と取引の交換を提案しました」
「うまくいきそうですか」
「一週間待ちます」
エレナが少し歩きながら言った。
「田中さん、部屋の中でいつ鑑定を使ったんですか」
「ドルクさんが入ってきた時に」
「気づきませんでした」
「気づかれないようにしています」
エレナが少し首を傾けた。
「ドルクさんはどういう人物でしたか」
「帝国の対外情報担当です。ヴィランさんより上の立場で、外交交渉の経験が豊富です。感情を顔に出さない人ですが、最後に少しだけ素の顔が見えました」
「どんな顔でしたか」
「……道具を書面の話でからかった時に、少し笑いました。そういうことに慣れている人には見えなかった。意外と、普通の人間です」
「普通の人間が帝国の情報担当をしているということですか」
「そういう人が一番手強いと思います」
エレナが少し考えた。
「田中さんは、帝国の記録を本当に見たいんですか」
「見たいです」
「商売のためですか、それとも個人的なことですか」
「両方です。先人が最後にどうなったかは、私自身の将来に関わる話かもしれないので」
エレナが誠を見た。
「……田中さんの道具も、いつか使えなくなると思っているんですか」
「可能性はあります」
「その時どうするつもりですか」
「まだ決めていません。でも、使えなくなる前にやりたいことはたくさんあります」
「……そうですか」
エレナがしばらく黙って歩いた。
それから小さく言った。
「田中さんがここにいる間に、私もやりたいことをやっておかないといけませんね」
「どんなことですか」
「色々と」
エレナがそれ以上は言わなかった。
誠もそれ以上は聞かなかった。
◆
その夜、アリアに今日の報告をした。
閉館後のギルドで、いつもの場所で。
「帝国の拠点に行きました」
「……直接行ったんですか」
「エレナさんと一緒に。表向きは通商の相談として」
「危なくはありませんでしたか」
「DECTECTでヴィランさんの位置を確認してから動きました。問題ありませんでした」
アリアが少し考えた。DECTECTという言葉は誠の道具の機能だとわかっている。詳細は聞かない。それがアリアのやり方だ。
「帝国はどういう姿勢でしたか」
「道具への関心は変わっていませんでした。ただし、交渉の余地は十分にあります。一週間以内に返答が来ます」
「先人の記録の件は」
「帝国が持っていることが確認できました。記録と取引の交換を提案したので、承諾されれば見られます」
「うまくいくといいですね」
「そうですね」
アリアが少し間を置いた。
「田中さん、先人のことが気になりますか」
「気になります」
「商売の参考にするためですか」
「それもありますが、先人の道具が最後に使えなくなったことが引っかかっています」
アリアが誠を見た。
「……田中さんの道具も、同じことになると思っていますか」
「可能性はあります」
「その時は、どうするつもりですか」
「まだわかりません。ただし、道具が使えなくなっても、ここで作ってきたものは残ります。先人のメッセージにそう書いてありました」
「道具が消えても、残るものがあるということですか」
「そうです」
アリアがしばらく考えた。
「……特区は残りますね」
「残ります」
「契約書の概念も残ります。複式簿記も」
「残ります」
「私が覚えた帳簿の分析方法も」
「残ります」
アリアが視線を上げた。
「それなら、田中さんがいなくなっても、田中さんがここに来た意味は残りますね」
誠は少し間を置いた。
「……そうですね」
「……でも」
「でも?」
「残ってほしいのは、それだけじゃないです」
アリアが視線を落とした。耳が赤い。
「……田中さん自身にも、残ってほしいです」
誠は何も言えなかった。
しばらく静かだった。
「……ありがとうございます」
「お礼を言うところじゃないです」
「わかっています。でも言いたかったので」
アリアが書類を片付け始めた。
「では、また明日」
「また明日」
誠はギルドを出た。
夜の王都の石畳を歩きながら、今日のことを整理した。
帝国の拠点に入れた。ドルクという人物を把握した。記録との交換を提案した。返答は一週間後。
それと、アリアの言葉。
「残ってほしいのは、それだけじゃないです」
誠はポケットのGATEを握った。
先人のメッセージに「急ぐな」と書いてあった。
今夜は、その言葉の意味が少しだけわかる気がした。
◆
現代のアパートに戻って、さやかにLINEした。
『今日、帝国の拠点に直接行きました』
『えっ』
『エレナさんと一緒に、表向きは通商の相談として。うまくいきました』
『田中さん、それ普通に危ないですよ』
『DECTECTで相手の位置を確認してから動いたので、問題ありませんでした』
『DECTECTって何ですか』
『アプリの新しい機能です。人の位置を追跡できます』
『……なんかどんどん機能が増えてますね、そのアプリ』
『気づいたら増えていました』
『田中さん、そのアプリって誰が作ったんですか。本当に謎ですね』
『謎です。ただし今日、少し手がかりが得られました。帝国が持っている古い記録を見せてもらえるかもしれません』
『アプリの開発者に近づけそうですか』
『近づけるかもしれません』
『楽しみですね』
『楽しみというより、少し怖い気もします』
『なんで怖いんですか』
『先人のことを知るほど、自分の将来が見えてくる気がして』
さやかから少し返信が遅れた。
『田中さん』
『はい』
『先人がどうなったとしても、田中さんは田中さんですよ。田中さんが選んで動いてきたことは、アプリとは関係ない』
誠は少し間を置いた。
『さやかさんはそれをよく言いますね』
『本当のことだから何度でも言います』
『ありがとうございます』
『あと田中さん』
『なんですか』
『エレナさんと二人で帝国の拠点に行ったんですか』
『ガルドさんが外で待機していました』
『でも中は二人だったんですね』
『そうですが、それが何か』
しばらく間があった。
『なんでもないです。おやすみなさい』
『おやすみなさい、さやかさん』
スマホを置いて、誠は少し考えた。
さやかの「なんでもないです」は、たいていなんでもなくない。
でも今夜はそれ以上考えなかった。
明日、ドルクからの返答を待ちながら、特区の設立準備を続ける。先人の記録が手に入れば、GATEの謎に一歩近づける。
やることはまだたくさんある。
でも今夜は、アリアが言った「田中さん自身にも残ってほしい」という言葉が、静かに頭の中にあった。
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次話予告:第29話「最後の交渉」
帝国の記録が届いた。先人ハジメの最後が明らかになる。
同時に、ギルド残存派・教会保守派・帝国強硬派が
最後の包囲網を形成しようとしていることが判明する。
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