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異世界アプリgate -異世界に行き来して成り上がる -  作者: 白い鴉
第二幕

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20/29

20.王都の夜

 嵐の前兆は、三つあった。


 一つ目。ミラが「王都の外から見慣れない武装集団が入ってきた」と報告してきた。冒険者の格好をしているが、動き方が違う。訓練を受けた人間の動き方だ。


 二つ目。エレナが「王宮の第二王子派の側近たちが、昨日から宮中に泊まり込んでいる」と伝えてきた。通常の宿直とは違う、何かを待っている動き方だ。


 三つ目。ロッドが昨日から姿を消した。


 三つが重なった夜、誠は宿の部屋で地図を広げながら、ガルドとミラと話していた。


「今夜、何かが起きます」


 ガルドが短く頷いた。


「俺も同じことを考えていました」


「武装集団の動きは」


「二手に分かれています」ミラが言った。「一方が王都の北区、もう一方が宿の近くをうろついています」


「北区はギルドの方向ですね」


「はい」


 誠はMAPを確認した。宿の周辺に複数の人影が既に見えている。


「ミラさん、アリアさんのところへ行ってください。今夜は宿から出ないよう伝えて、そのままアリアさんの近くにいてください。あちらで何かあった時の目と耳になってほしい」


 ミラが少し驚いた顔をした。


「田中さんたちはどうするんですか」


「私とガルドさんはここにいます。向こうの動きはMAPで把握できます」


「わかりました」ミラが立ち上がった。「何かあれば朝に合流します」


「気をつけて」


 ミラが部屋を出た。


 誠はガルドを見た。


「ガルドさん、相談があります」


「どうぞ」


「今夜、私はここを動きません。ただし証拠と記録を、安全な場所に移す必要があります。三十分ほど席を外します」


「どこへ行くんですか」


「逃げ場です。今まで話せなかったですが、実は」


「言わなくていいです」


 誠が少し驚いた顔をすると、ガルドが続けた。


「……旦那がどこへ行くのか、俺には理解できないかもしれません。でも旦那が安全な場所だと言うなら、信じます。行ってきてください」


「ありがとうございます」


「俺はここにいます」


 誠は素早く動いた。STORAGEに全ての記録を入力する。帳簿の分析、録音データのメモ、ケントとの合意書の内容、エレナの書類のデジタルコピー。全部、GATEのクラウドに収める。


 さらに物理的な書類をリュックに詰めた。


「少しだけ、席を外します」


 誠は部屋の隅に移動して、GATEを起動した。転移座標を現代のアパートに設定する。光の輪が静かに開いた。


 ガルドの目が、その光を見て少し見開いた。


 誠は輪をくぐった。


  ◆


 現代のアパートで書類をスキャンしてクラウドに保存した。USBメモリにも全データをコピーして、引き出しの奥にしまった。


 作業は十分で終わった。


 GATEを再度起動して、異世界に戻る。


 ガルドが同じ場所に立っていた。誠が消えて戻ってくるのを、ただ黙って待っていた。


「戻りました」


「見ていました」


「驚かせてすみません」


「……光の輪が消えて、また現れた。それだけです」


 ガルドが誠を見た。責める顔ではなく、長年の疑問が一つ解けたような顔だ。


「旦那、あれが逃げ場ですか」


「そうです」


「どこへ行ったんですか」


「言葉では説明しにくい場所です。ただ、確実に安全な場所です」


 ガルドがゆっくりと頷いた。


「……わかりました。それ以上は聞きません」


「ありがとうございます」


「ただし一つだけ言わせてください」


「どうぞ」


「本当に危ない時は、迷わずそこへ逃げてください。見栄を張って残ることより、生きている方が大事です」


「……わかりました」


  ◆


 それから一時間、宿の部屋は静かだった。


 ガルドが扉の前に立ったまま動かない。誠がMAPを確認しながらSTORAGEに状況を記録し続ける。


 MAPの中でアリアの宿周辺に小さなアイコンが一つある。ミラだ。動かずにそこにいる。護衛として待機しているのが、地図越しにわかった。


 深夜の王都は表向き静かだった。


 しかし午前二時を過ぎた頃、MAPの様子が変わった。王宮方向の人影が急速に動き始めている。同時に、宿の周囲のアイコンも動き出した。


「始まりました」


 ガルドが剣の柄に手をかけた。


「ここへの攻撃は」


「来ます。ただし王宮の結果を確認してから動くはずです。少し時間があります」


 誠はガルドを見た。


「ガルドさん、今から私が転移します。ガルドさんを一緒に連れて行くことができます。今夜は向こうで夜明けを待って、朝に戻ってきます」


「俺を連れて行くんですか」


「ガルドさんをここに一人残すわけにはいきません。十人以上が相手では、勝てても怪我をします」


「俺は旦那を守るためにいます。旦那が逃げるなら、俺は残ります」


「それが困るんです」


 誠はガルドを見た。


「ガルドさん、私は必ず逃げられます。でもガルドさんが傷ついたら、私はその後の仕事ができなくなります。あなたがいないと動けないので」


 ガルドがしばらく誠を見た。


「……それは本心ですか」


「本心です」


 外から足音が聞こえ始めた。複数の人間が建物の周囲を囲み始めている。


「今すぐ決めてください」


 ガルドが一瞬だけ考えて、頷いた。


「わかりました」


「手を繋いでください。数秒で移動します」


 ガルドが右手を差し出した。誠はGATEを起動した。光の輪が部屋の中に現れた。


 ガルドの目が、その光を見て少し見開いた。しかし足は止まらなかった。


 誠はガルドの手を取って、輪をくぐった。


  ◆


 現代のアパート、深夜の荒川区。


 ガルドが固まっていた。全身が、ただただ固まっていた。


 誠は少し待った。


「……ガルドさん、大丈夫ですか」


「……あぁ」


「呼吸できていますか」


「……できている」


「ここは安全な場所です。誰も来ません」


 ガルドがゆっくりと部屋を見渡した。電球の明かり。テーブル。段ボール箱。窓の外のコンビニの看板。


「……ここは」


「私の故郷です」


「……故郷」


「はい。遠い東の地方、というのはここのことです」


 ガルドが窓に近づいた。外を見た。コンビニ、道路、街灯、ビル。どれ一つとして異世界に存在しないものばかりだ。


「……あの光は何ですか」


「魔力ではない照明です。電気という力で光っています。この地方では魔法の代わりに使われています」


「この地方では……」


 ガルドが窓の外を見たまま、しばらく何も言わなかった。


 誠はお茶を淹れて、ガルドの横に置いた。ガルドが少し我に返った。


「……旦那、あなたはここから来ているんですか」


「そうです」


「あの光の輪で、行き来できるんですか」


「そうです。最初から、ずっと」


 ガルドがお茶を手に取った。一口飲んで、また窓の外を見た。


「……だから逃げ場がある、と言っていたんですか」


「そうです」


「誰も追ってこられない場所だから」


「はい」


 ガルドが深く息を吐いた。


「……なるほど」


「怒っていますか」


「怒る理由がわかりません。旦那が秘密にするのは当然のことです」


 誠は少し安心した。


「今夜はここで夜明けを待ちましょう。異世界の朝になったら戻ります」


「わかりました」


 ガルドが床に座った。背筋は真っすぐで、剣を膝の上に置いている。異世界の夜番と同じ座り方だ。


「ガルドさん、ソファに座っていいですよ」


「いいです。慣れているので」


 誠はテーブルに向かって、STORAGEに今夜の記録を入力した。クーデターの開始時刻。武装集団の動き。転移でガルドと離脱。ミラがアリアの近くで待機中。


 しばらくして、ガルドが静かに言った。


「旦那」


「はい」


「あの光の輪を最初に見た時、おかしな道具だとは思っていました」


「そうでしたか」


「でも、あなたが信頼できる人間だということは最初からわかっていました。だから聞かなかった」


「なぜ信頼できると思ったんですか」


「戦えないのに逃げない。自分より他の人間のことを先に考える。そういう人間は、何を持っていても使い方を間違えません」


 誠はしばらく何も言えなかった。


「……ありがとうございます」


「今夜、一緒に来て良かったです」


「私もです」


 窓の外で、コンビニに一人の客が入っていった。深夜の荒川区の、普通の景色だ。


 ガルドがその光景をしばらく見ていた。


「……この場所では、夜中も人が動いているんですね」


「夜中も開いている店があります。ここでは普通のことです」


「不思議な場所ですね」


「慣れると普通です」


「……旦那は、この場所が好きですか」


 誠は少し考えた。


「嫌いではないです。ただ、最近は向こうの方が落ち着く気がします」


「向こうというのは」


「王都の方です」


 ガルドが少し頷いた。


「……それは良いことだと思います。居場所があるということだから」


 誠は何も言わなかった。


 ガルドの言葉が、静かに頭の中に残った。


  ◆


 夜明け前、誠はさやかにLINEを送った。


 深夜に送るのは気が引けたが、何か書いておきたかった。


『色々ありましたが、今は大丈夫です。土曜日のご飯、楽しみにしています』


 しばらくして、さやかから返信が来た。まだ起きていたらしい。


『ちょうど起きてました。大丈夫ならよかった。何かあったんですか』


『少し大変な夜でした。でも全部うまくいきそうです』


『田中さんが「うまくいきそう」って言う時は、本当にうまくいくんですよね』


『今回は特に、色々な人が動いてくれました』


『その人たちに感謝してください』


 誠は少し間を置いた。


『土曜日、ちゃんと話します。今まで言えていなかったことも含めて』


『楽しみにしてます。今夜はもう寝てください』


『もう少ししたら寝ます』


 スマホを置いて、誠はガルドを見た。ガルドは窓の外を見ながら、静かに座っていた。


 東の空が、窓越しに少し明るくなってきていた。


 現代の夜明けだ。


「ガルドさん、そろそろ戻りましょう」


「はい」


 ガルドが立ち上がった。剣を腰に戻して、誠を見た。


「旦那、一つだけ言ってもいいですか」


「どうぞ」


「今夜、この場所を見せてくれてありがとうございました」


「こちらこそ、一緒に来てくれてありがとうございます」


 誠はGATEを起動した。光の輪が部屋に現れた。ガルドが今度は最初ほど驚かなかった。光を見て、少し目を細めてからついてきた。


  ◆


 王都の朝は、いつもより静かだった。


 昨夜の騒ぎの名残で、通りを歩く人が少ない。しかし石畳は変わらずそこにあり、石造りの建物も変わらず立っている。


 二人がギルドに向かうと、アリアが入口の前に立っていた。隣にミラがいた。


 二人とも無事だ。


 誠と目が合うと、アリアが歩いてきた。


「無事でしたか」


「はい。ガルドさんと一緒にいました」


「……どこにいたんですか」


「いつか話します」


 アリアが少し呆れた顔をした。それでも今日は追及しなかった。


「クーデターは失敗しました。第二王子派の首謀者が複数拘束されています。ケント様も含まれているという話です」


「ケントが」


「不干渉の書面を交わしていましたが、今回の件に関与していたようです」


「証拠があれば書面違反として使えます。確認します」


「はい」


 ミラが誠を見た。


「田中さん、昨夜はアリアさんの近くにいました。何もなかったです」


「ありがとうございます。助かりました」


「経費は」


「請求してください」


「ありがとうございます」


 アリアが少し間を置いた。


「昨夜ミラさんが来た時、理由を聞きませんでした。田中さんが言うならと思ったので」


「それで良かったです。ありがとうございます」


 誠が歩き出そうとすると、アリアが小さく言った。


「田中さん」


「はい」


「全員無事で、良かったです」


 短い言葉だったが、今朝の空気の中で十分だった。


「ありがとうございます。アリアさんも無事で良かったです」


  ◆


 エレナの屋敷に着くと、エレナが玄関先で待っていた。


「無事でしたか」


「無事です。ガルドさんと一緒に逃げ場にいました」


「逃げ場……」


 エレナが誠を見た。


「いつかの話ですか」


「そうです。ただ、ガルドさんには見せました」


「……私にはまだですか」


「エレナさんにも、近いうちに」


「近いうちを待っています」


 エレナが少し笑った。それから真顔に戻った。


「王宮の状況を報告します。クーデターは未遂に終わりました。第二王子派の中心人物が複数拘束されています。ダグラス殿下ご本人は関与を否定していますが、状況証拠が多い」


「第一王子の立場は」


「強くなりました。父王が昨夜の件を受けて、レイン殿下に王位継承を正式に検討すると伝えたという話が出ています」


 誠は少し考えた。第一王子の即位が現実的になってきた。それはこれまで積み上げてきた全ての問題が、一つの方向に向かって動き始めた瞬間でもある。


「田中さん」


「はい」


「昨夜の件を振り返って、何を思いますか」


「全員無事で良かったと思っています」


「それを最初に言ってください」


「すみません」


「わかればいいです」


 エレナが立ち上がった。


「朝食がまだなら、ここで食べていってください。騒ぎの後だから大したものは出せませんが」


「ありがとうございます。そうします」


 エレナが奥に行った。


 誠は窓の外を見た。王都の朝が続いている。昨夜の騒ぎが嘘のように、空は晴れている。


 ギルドの腐敗、教会の圧力、ガランの外交問題、第二王子のクーデター未遂。全部、何とか乗り越えた。


 一人では何もできなかった。アリアが帳簿を写した。ガルドが守り続けた。ミラが情報を集めた。エレナが王宮の内情を教えてくれた。オーレンが法的な根拠を示してくれた。さやかが、ご飯を届けてくれた。


 誠はSTORAGEを開いて、記録を入力した。


 クーデター未遂、失敗。全員無事。第一王子の即位が現実的に。


 それから少し考えて、もう一行書いた。


 感謝を、ちゃんと言葉にする。今日から。


  ◆


 その夜、現代に戻ってさやかに電話した。


「田中さん、どうしたんですか急に」


「LINEじゃなくて、声で話したかったので」


「なんかあったんですか」


「色々ありました。でも全部、無事でした」


「……声、少し疲れてますよ」


「疲れています」


「ゆっくり話してください」


 誠は少し間を置いた。


「さやかさん」


「はい」


「今まで色々と心配してもらって、ありがとうございます。言えていなかったので」


 電話の向こうで、さやかが少し黙った。


「……なんか、改まって言われると逆に心配になります」


「大丈夫です。ただ、言っておきたかっただけです」


「そっか」


「土曜日、ご飯行きましょう。その時に少し、話します」


「全部ですか」


「全部ではないですが、今より少し多く」


「わかりました。楽しみにしています」


「おやすみなさい、さやかさん」


「おやすみなさい、田中さん。ちゃんと寝てください」


 電話を切った。


 部屋の中が静かだった。


 誠はスマホをテーブルに置いて、窓の外を見た。荒川区の夜。変わらない景色。


 でも自分は変わっている。リストラされた翌日の、面倒くさいだけだった男から、少しずつ。


 GATEを確認する。クールタイムは明日の朝に明ける。


 やることはまだたくさんある。新しい王と、特区の設立と、GATEの謎と、まだ言えていない秘密と。


 めんどくさいことは、まだたくさんある。


 でも今は、それでいいと思っていた。

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       第二幕 完

       次話予告:第21話「新しい王と誠の条件」

     レイン・アルデナが正式に次期国王として宣言される。

     新体制の発足と同時に、誠への要請は更に大きくなる。

     誠が提出した「条件書」の全容とは。

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